第31話 従姉妹
「お嬢さん、彼は竪琴弾きのエアだよ。この子は管理や運営の仕事をしているレキ。まだ小さいけれど、とてもしっかりした考え方を持つ少年だ。そしてわたしが歌い手のミオッカだ」
エイリナによく似た少女に丁寧に紹介するミオッカだったが、残念ながら彼女の心はエアにつかまれてしまったようで、「あら、そう」という生返事が返ってきただけだった。
「エアというのね。おまえ、子爵家付きの音楽家になりなさい。お父様、いいでしょう?」
娘が竪琴弾きに強く惹かれてしまった様子を見て、クローニー子爵は渋面になりながら「やめなさい、無作法だよヒルディアンヌ」と注意をした。
だが、当のヒルディアンヌは自分の申し出はエアにとって良い話だと信じていた。
「どうして? 才能ある音楽家ならばうちで保護をしてやりましょうよ。なんなら『ベールの歌姫』全員でもいいわ。まだ演奏を聴いていないけど、街で評判になっているんでしょう? そこそこ優れた演奏をするということだわ」
子爵が答える前に、ミオッカが「それは引き受けられないよ」と断った。
「わたしたちは目的を持って旅をしているんだ。ここに止まるわけにはいかないよ」
旅の歌い手ごときに否定されたヒルディアンヌは、ムッとして言った。
「それなら、そのエアとやらを置いて行きなさい。おまえたちふたりはいらないわ」
エアは自分の話をされているのだが、不思議そうな表情でヒルディアンヌを見ている。
彼は自分の外見が女性を惹きつけることがあまりわかっていない。ミオッカの恋愛感情がまだ育っていないせいで、エアが彼女に男性扱いされていない、というのも理由のひとつである。
一番の子分であるエアは、ミオッカの影響を多大に受けているのである。
「それも駄目。エアは置いていかないよ」
エアは当然だというように頷いた。
「なぜ? おまえにそれを決める資格などないでしょう」
ヒルディアンヌは、貴族家の令嬢に逆らうミオッカに厳しい視線をやった。だが、ミオッカは尻尾を膨らませた子猫を見るような優しい目で彼女を見て微笑んだ。
「資格? それならお嬢さんにもエアの身の振り方を決める資格なんてないよね。エアはわたしの子分だから、わたしが責任を持って育てているんだよ。エアがもうわたしから離れたいというのなら……」
「離れません。わたしはミオの一の子分です。まだまだずっとミオと共に旅をします」
「だってさ。本人もそう言ってるよ」
「だけど」
「やめなさい!」
厳しい口調の父親に驚いて、ヒルディアンヌは振り向いた。
「お父様、この人は不敬だわ」
だが、クローニー子爵はため息をつくと「ヒルディアンヌ、失礼なことを言うものではない。彼女はおまえの従姉妹なのだよ」と告げた。
「ミオッカは、長い間行方がわからなくなっていた、おまえの叔母のメイニャの娘なのだ」
「ええっ、まさか……メイニャ叔母さまはもう死んでしまったと聞いているわ」
ヒルディアンヌの言葉を聞いたミオッカがぷっと笑ってから「まだ生きてるよ」と言ったので、子爵はほっとした。
「娘が……すまないな」
「いいよ。まだ子どもだから仕方がないよね。うちのエイリナと同じくらいに見えるけれど、もっと幼いのかな」
「失礼なことを言わないで! わたしはもう十四歳よ」
「おやおや、もう立派なお姉さんじゃないか。なるほど、ヒルディアンヌは淑女になろうとして、今日もしっかりとお勉強をしていたんだね。可愛いだけではなくて努力家で偉いね」
ミオッカがにこにこしながら褒めるものだから、ヒルディアンヌは面食らった顔をして、「あ、あら、そうかしら」と呟いた。
少し頬が赤い。
「本当に可愛らしいお嬢さんだね。今日のドレスの色も、とてもよく似合っているよ。まるで薔薇の蕾が咲いた拍子に生まれてきた、小さな薔薇の乙女のようだよ」
「まあ……」
背の高いミオッカは、少年めいたところのある中性的な少女だ。そんな彼女に微笑まれたヒルディアンヌは、思いがけずに胸の鼓動が早まってしまう。
「そんな、お世辞を言ってわたしをなだめようとしても……その、効き目はありませんわよ」
「可愛いお嬢さんに可愛いと言うのは、お世辞ではないと思うよ、ヒルディアンヌ。ヒルディアンヌはお父さんのように、音楽が好きなのかな?」
「ええ、好みますわ……あの、ミオッカお姉様、わたしのことはヒルダと呼んでもよろしくてよ。従姉妹なのですもの」
ヒルディアンヌがもじもじしながら言うと、ミオッカが「ヒルダと呼ばれているんだね。愛らしい呼び名で、あなたのような可愛いお嬢さんにぴったりだよ。ね、ヒルダ? ヒルダはふんわりと柔らかな頬に果実のような唇をしていて、本当に愛らしいね」と、いつも妹のエイリナに言っているように褒めたものだから、今度こそ顔を真っ赤にしてしまった。
「ミオッカ……君が男の子でなくて、本当に良かったよ」
子爵が呟くと、腕組みをしたレキが「うんうん、まったくその通りだぜ。ミオッカ姉ちゃんのたらし具合が恐ろしすぎる。あれでなにも企んでいないっていうんだから、かなりタチが悪いな」と激しく同意した。
そしてエアは「会ったばかりの人にそんなに優しくするなんて……わたしは一の子分なのに。ずるいです」と密かに焼きもちを焼いて、美貌を曇らせているのであった。
「そうだ、可愛いヒルダにぴったりの歌があるんだよ。薔薇から生まれた小さな愛らしい小鳥が空高く飛んで、森の上でダンスを踊るんだ。エア、頼むよ。エアの竪琴はとても響きが良くて、軽やかに飛ぶ小鳥が目の前にいるように感じるからね」
ミオッカにそう褒められたエアは「はい! ミオの素晴らしい歌にはわたしの竪琴が必要ですから!」とたいそう機嫌よく返事をすると、歌の前奏を奏でた。
子爵家の屋敷いっぱいに、エアとミオッカの演奏が広がった。伸びやかで、金の鈴が鳴るように技巧がこらされたミオッカの歌は、聴いたものの心を浮き立たせ、爽やかな風と小鳥の羽ばたきが部屋を通り抜けていくように、聴衆たちを包み込む。
大好きな妹を思わせるヒルディアンヌに向けて、いつもよりも張りきって歌ったミオッカの歌声は少女の心を容赦なく揺さぶり、彼女は初めて聴く『ベールの歌姫』の演奏に夢中になってしまった。
「ああ、なんて素晴らしいの! ミオッカお姉様はきっとこの国一番の歌い手に違いないわ!」
ふらふらと近寄ったヒルディアンヌの頭を優しく撫でながら、ミオッカは「ありがとう、ヒルダ。可愛い素敵な女の子に会いたくて、どこからか薔薇の小鳥が飛んできてこの部屋を飛び回ったのかもしれないね」と笑った。
「本当に……男の子じゃなくて……良かった……」
もうエアのことはすっかり忘れた様子で、完全にミオッカに夢中になる娘を見て、子爵は頭を抱えた。
「畏れながらクローニー子爵、ミオッカ姉ちゃんは本当に、他意なくお嬢様を喜ばせようとしているだけなので。でもって、ミオッカ姉ちゃんの歌はお聴きの通り、ググッと聴くものの心をつかんでしまう、とんでもない力があるもんで。まあ、姉ちゃんの歌はこういうものだと諦めていただけると幸いです」
レキがまるで口上を述べるように子爵に言ったので、彼は「いやはや、我が姪は予想以上に音楽の神に愛されているようだ。喜んでいいのか、大き過ぎる才能に畏怖すればいいのか、よくわからないな」とため息をついた、




