第3話 封じられた乙女
「この小娘、田舎の下民のくせに我らに楯突くとは無礼であるぞ!」
男たちは剣を抜き、ミオッカに向けて振り下ろそうとした。ミオッカは吊し上げていた男を投げ捨てるようにぶつける。
「ぎゃあっ」
投げられた男は抜き身の剣の刃で負傷してしまった。
「おのれ、許さぬぞ!」
「争っている場合ではない。早く娘を運び出して馬車に乗せるのだ」
「あれを持ち帰らねばならない」
男たちがエイリナを狙っているのがわかったので、ミオッカはエイリナを背中にしてナイフを抜いた。レットクが「よせ!」と彼女を制したが、ミオッカは藍色に星のような金が散った特徴的な瞳をギラギラさせながら、男たちに歯を剥き出して威嚇した。
「出ていけ! ここはおまえたちがいる場所ではない!」
「おとなしくその娘を渡せ。そうすれば命だけは助けてやろう」
「黙れ不審者。エイリナは渡さない。今すぐ出ていけ! 消えろ!」
ミオッカはぶわっと髪の毛を逆立てながら、鋭く「去ね!」と命じた。
母のメイニャは時折り、平民にしては強い言葉を放つことがある。激昂すると、この『去ね』がミオッカに叩きつけられた。
そして、ミオッカがこの言葉を発した時、エイリナを包む繭がぶるりと震えて、全体が淡く光った。
「去ね!」
彼女がもう一度言葉を発すると、繭から解き放たれたように、水色に輝く光が五人の男たちに襲いかかった。
男たちが絶叫し、すぐにその場が静まりかえった。
「……消えた? 今のはなんだ? あいつらはどこへ行った、なにが起きたのだ?」
ミオッカを加勢しようとしていたレットクは、目と口をぽっかり開けて男たちの行方を探した。だが、騒ぎを起こした者達はどこにもいない。
一瞬のうちに、奇妙な服装の侵入者たちの姿がかき消えていた。
そこからのレットクの行動は速かった。
彼は家の前につけられていた豪華な馬車から馬を外すと、村の外に追いやって放った。そして、斧を振るって馬車をばらばらに壊すと、火に焚べて燃やしてしまう。残った金属は山に持って行き、崖から投げ捨てた。
もちろん、力持ちのミオッカも手伝った。
何事かと様子を覗きに来た村人たちは、ふたりの恐ろしい形相を目にして何も言わずに遠巻きにするばかりだった。
こうして男たちの痕跡をすべて消し去ると、ふたりはエイリナを前にして泣くばかりのメイニャの元に帰った。
「あいつらは、いい服を着ていたし、身分がありそうだったね。母さん、いったいなにが起きたの? エイリナは顔色も良く、表情も柔らかい。ただ眠っているだけのように見えるけれど……」
繭の中の美しい少女は、身動きすることなく眠り続けている。ミオッカがそっと繭を押したが、それはびくともしない。力を入れて押しても同じだ。
「奴らはエイリナを迎えに来たとか、おかしなことを言っていたが、他にもなにか言っていたか?」
夫に尋ねられたが、メイニャはカクカクと首を振るばかりだ。
「わからない、わからないのよ。突然家に押し入ってきたかと思うと、エイリナに質問を浴びせかけて、ガラスの瓶を開けてからこの子に押しつけて『人にあらざる乙女』とかなんとか、訳のわからないことを言ったの。そうしたらエイリナが倒れて、でも空中に浮き上がって、そのまま気を失ってしまったこの子を瓶の中から出てきた糸みたいなものが包み込んでしまって……レットク、これは呪いなの?」
「……俺にはわからない。瓶の中にはなにが入っていた?」
「光る石のようなものが見えたわ」
三人は、うたた寝しているとしか思えないエイリナを見た。
「母さん、エイリナは苦しんだ顔をしていないから、呪いではないような気がする。きっと、この子をここから出す方法があるはずだ。それを探さなくては」
ミオッカは呟いて、繭を撫でた。
「これも、この子を守っているように見えるね」
「メイニャ、あの男たちはエイリナのことを『聖なる乙女』だとか、誕生日がどうとか言っていたが、それに関しては、他にもなにか話していたか?」
「やっと見つけた、と話していたわ。でも、エイリナがこうなるとひどく驚いていた様子だった」
「……こんなことになるのは、奴らにとって予想外だったということか」
レットクも、繭のような殻のような、透明な水色と白とでできた不思議なものの表面を撫でた。
「だが、どうしてエイリナなんだろう?」
「……ミオッカよ。ミオッカのせいで、エイリナはこんな目に遭ったのよ!」
メイニャは恐ろしい目でミオッカを睨みつけた。
「エイリナじゃなくて、ミオッカが……」
「黙れッ!」
レットクが、いつになく厳しい口調でメイニャの言葉を封じた。
「それ以上は口にしてはならない。ミオッカもエイリナも、俺たちの可愛い娘だ」
メイニャは顔を歪めてミオッカを見た。
「……うん。わかった。母さんはわたしのことが嫌いなんだもんね」
ミオッカは淡々とした口調で言った。
「エイリナがとても可愛い子だから、あの子が好きなのは仕方がないかなって思っていたよ。わたしはお姉ちゃんだし、エイリナは妹だから、わたしが守ってやらなくちゃ。だから、母さんは……わたしよりも少しばかり……エイリナのことが好きでも……仕方ないよ……」
ミオッカの目からほろほろと涙が零れ落ちた。
「仕方がないけどさ、母さんに嫌われるのは、辛いなあ……」
レットクは『それは違う』と言ってやりたかったが、言えなかった。ミオッカの心を酷く傷つけているのはわかっていたが、自分の心の中にある固くて冷たいなにかが重くて、言葉が出せない。
「ミオッカ……」
メイニャは言いかけて、口をつぐむ。『母親なのだから、おまえのことを嫌っていない』と告げて謝るべきだ。
だが、それは嘘だ。メイニャは確かにミオッカのことを疎ましく思っていて、エイリナに対するような愛情を感じていない。
それはミオッカも感じとっていることなのだから、心にもないことを言ってこの場をごまかそうとしても意味がないような気がした。
「あんたは悪くないのよ」
かすれた声で、そう言って俯く。
「あんたのせいじゃないの」
「そうか」
ミオッカもかすれた声で言うと「今日はなんだか疲れてしまったよ。少し眠らせてもらうね」と言って寝室に行き、二段ベッドの上に登って布団の中に丸まった。
しんと静まり返った家の真ん中で、エイリナが幸せそうに微笑みながら浮かんでいた。




