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稀竜と精霊の乙女〜アーゲルバインドの風〜  作者: 葉月クロル


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第29話 対面

 クローニー子爵家には数人の文官が仕えていて、実際の内政を行っている。

 領地がかなり広く、クローニーの街以外にも広大な農地があり、それぞれの地域を担当する文官がいるのだが、彼らをまとめるのが文官長のガードナーであった。


 ガードナーは子爵家の屋敷で働いていて、子爵の個人的な用事を担当することも多い。もちろん、音楽家への支援活動についても担当している。

 そんな彼は、厨房で巨大な熊の肉を見ながら「うーん」と唸っていた。


 クローニー家の料理長は、美しい赤身の新鮮な食材を前にしていささか興奮していた。


「ガードナーさん、これはかなり上質の熊肉ですよ! 見てくださいよ、この美しい断面を。このレベルの熊肉はなかなか手に入るものではありません、新鮮で下処理もしっかりとされていて、申し分のない状態です。しかも、こんなにたくさんの肉とは……というのはですね、もしもこれを購入するとなると……」


 料理長がガードナーに熊肉の市場価格を囁くと、文官長は「そんなにも高価なものなのか!」と目をむき、腕を組んでもう一度「うーん……それほどの価値があるとは少々困ったことになる」とまた唸った。


「これは流しの音楽家が持ってくるような土産ではないのだ。というか、屋敷に招かれたとはいえ、音楽家が手土産を持参してくるとは予想外だな。マナーに通じているとは、もしや、どこかの貴族と関係がある者たちなのだろうか?」


 貴族としての訪問のマナーを知っている庶民は、あまりいないのだ。

 ちなみにミオッカは、母のメイニャに教わったので知識として知っていた。彼女が暮らしてきたナト村では皆気安い関係なので、気軽に行ったり来たりして土産がどうのなどは気にしていなかったのだが。


「それでガードナーさん、これ、もう料理してしまってもいいですか? せっかくなので、今夜出そうと思うのですが」


「いただいたものを突き返すわけにはいかないからな、構わないだろう」




 ガードナーはクローニー子爵に、『ベールの歌姫』一行が待機していることと、彼らが高価な土産を持参したことを告げた。


「ほう。もしかすると彼らは、わたしに頼み事でもあるのだろうか? 便宜を図ってもらいたいことがあるとか?」


 クローニー子爵は貴族らしく、見返りを求めての行動ではないかと推測している。だが、ガードナーは首を振った。


「そのようなことは、まだなにも伺っておりません」


「そうか。では客間に迎え入れて、それなりにもてなしておけ」


「承知いたしました」


 ということで、屋敷に到着して玄関脇の小部屋で待機させられていたミオッカたちは、ガードナーにより「お待たせいたしました。こちらにお茶の用意をしておりますので、どうぞお進みください」と客間に案内された。


 ミオッカは「ありがとう」と当然のような顔をしているし、エアは相変わらず綺麗な顔でにこにこしているが、レキだけは『おい、いいのかい? お貴族の屋敷で、庶民がなんの企みもなく歓待されるとか、絶対ありえないぜ?』と、不安で身体を固くしながら、いざという時にはミオッカの盾になろうと注意深く周りの様子を伺った。




 客間のソファーに座り、お茶を振る舞われながら(この時も、ミオッカとエアはなんの遠慮もなくお茶とお菓子を楽しんでいて、レキだけが警戒を緩めずにいた)「さすがは子爵家のお菓子だね、とっても美味しいよ」などにこやかに会話をしていたが、やがてガードナーに連れられて子爵本人がやって来た。


「おまえたちが『ベールの歌姫』一行か」


 ミオッカたちは一応立ち上がり、子爵に頭を下げた。だが、頭を戻した途端にミオッカが「おや、意外に若いんだね。もっとお年寄りだと思っていたよ」と砕けた口調で言ったので、ガードナーに「失礼な口をきくものではない。子爵に自己紹介をしなさい」と叱られてしまった。


 なぜ叱られたのかわからないミオッカは「別に失礼な口をきくつもりはないよ。この話し方しか知らないだけ」と笑ってから、仲間を紹介した。


「この金髪でやたらキラキラした容姿の男は、竪琴弾きのエア。こっちの男の子は小さく見えるけどもう十二歳で、しっかり者のレキだ。で、わたしはミオッカ。この土地の出身のメイニャ・クローニーの娘なんだけど、うちの母さんのことを知ってるかい?」


「なっ!」


 クローニー子爵はその場に飛び上がりそうになる程驚いた。


「今、メイニャ・クローニーと言ったのか?」


「ああ、そうだよ。茶色の髪に青い瞳をした、三十を過ぎてもまだ綺麗だと言われてるメイニャだ。わたしはあまり似ていないんだけどね、確かに母さんだ」


「メイニャが……生きて、子どもを産んでいた、だと?」


「生きてるよ。あんたたちは殺そうとしたらしいけれどね、わたしはこうしてこの世に生を受けて、狩人として育てられたよ。下にはもうひとり妹がいるし」


「待ってくれ、ちょっと待ってくれ! メイニャを殺そうとしてなどいない!」


「でも、母さんは身の危険を感じてこの家から逃げ出したと言っているよ! まだ十五かそこらの箱入り娘なのに、身重の母さんを追い詰めたのだから、殺そうとしたのと同じじゃないか!」


 メイニャの言葉を思い出したミオッカは、強い口調で子爵を責めた。


「それは……」


 ミオッカの鋭い視線で射抜かれたクローニー子爵は、額に汗をかいて口ごもった。


「その気の強さや……鼻と口元が、メイニャに似ている。ミオッカと言ったな。わたしはメイニャの兄だから、おまえは姪ということになる」


「おや、伯父さんだったのか。母さんの父さんはどうしたんだい?」


「それが、父も母も流行病にかかり、亡くなってしまったのだ。そうか、メイニャが生きていたのか。メイニャが懐妊して騒ぎになった時、わたしは騎士として遠征に出ていたから事情がよくわからないのだが……誰かの子どもを宿していたが、その名前を明かさずに『精霊の子どもだ』と言い張ったとか聞いている」


「言い張ったんじゃなくて、本当にわたしは精霊の子どもらしいぞ?」


「そんなまさか!」


 クローニー子爵も、側で話を聞いていたガードナーも信じなかったが、ミオッカは「わたしがどれだけ長く母さんのお腹にいたのかを聞いたら、信じざるを得ないと思うよ」とため息をついた。


「とにかく伯父さん、まずは情報をおくれよ。わたしの妹が奇妙な事件に巻き込まれてしまってさ、助け出す方法を探してこうして旅をしているんだよ」


「事件、だと?」


「竜に関わる出来事なんだ」


 ミオッカは、疑いの目で彼女を見るクローニー子爵たちに、エイリナの身に降りかかった不幸と謎の男たち、そして彼女を呼んでいる竜と、手に入れなければならない竜の鱗についての話をした。

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