第28話 熊を狩る歌姫
ミオッカたちの狩りはとても上手く行ったので、翌朝出発してその日の夜には荷車に見事な熊を乗せてクローニーの街に戻ってくることができた。
「こりゃあ、立派な獲物だな!」
ミオッカたちの身分証を改めた門番は、「あんたたちのような腕の良い狩人がいてくれると、この街も助かるよ」と嬉しそうに声をかけて、荷車を引くエアに「いつもご苦労さん。竪琴の方も聴かせてもらっているよ」と労った。
最初は『馬代わりにこき使われているのか?』と心配されたエアだが、今では門番たちに『怪力を持て余している変人』だと認知されていた。
だが、ここは大きな街なので狩人であるミオッカたちのことを知らない人ももちろん多くいる。
巨大な熊を乗せた荷車は見たものをギョッとさせるからそれだけで目立つのだが、引いているのは金髪が美しい華奢な青年だし、その脇を歩くのが弓を背負った背の高い少女なので、彼らを見た人々は「あれはなにかの出し物なのか?」「確か、歌姫と竪琴弾きだよね。きっと作り物の熊だよ」と熊が本物だと信じていない。
彼らが狩人ギルドの前に止まって、中から買取り担当者が出てきたのを見て「いったいどうなっているんだろう」と不思議そうに見ている。
「血抜きだけはしておいたから、解体はよろしく頼むね」
これほど大きな獲物となると、解体のための施設が整っていないと難しいのだ。それでも血抜きだけはしてあるし、新鮮な状態で持ち帰ってきたので、良い肉がたくさん取れそうだ。
「うん、良いな。さすがはミオッカのチームだ。余計な傷がないから、毛皮も高く売れるぞ」
買取り担当の男は、状態のいい熊を見て満足そうに頷いた。そして、解体係を呼んで荷車ごと熊を裏手に運び入れた。
と、そこへ知った顔の男たちがやってきてミオッカに声をかけた。
「歌姫さん! よかった、ちょいとばかり話を聞いてくれないか?」
「疲れているところを申し訳ない」
「あんたたち、昨日俺たちをつけまわしてた傭兵じゃねえか」
怖い顔をしたレキが、ミオッカを庇うように前に出た。すると傭兵たちは「待ってくれ、俺たちはあんたたちとは敵対する気はない、これっぽっちもないからな!」「こんなにでっかい熊を三人で狩ってくる狩人に逆らうなんて、大金を積まれてもごめんだから。良い傭兵ってのは身の程を知ってるもんだ、でなけりゃ生き残れないからな」と慌てて言った。
ミオッカはもう彼らに腹を立てていないので「ふうん。立ち話もなんだから、ギルドの中を借りてもいいかな?」と買取り担当者に言った。
彼は「おう、かまわんぞ」とミオッカに頷き、傭兵たちに「疲れた狩人に、あんまり手間をかけさせないでもらいたい」と釘を刺した。
「本当に済まない」
非常に低姿勢の男たちは、狩人ギルドの建物に入るとミオッカたちに言った。
「実は昨日の出来事を、洗いざらい依頼人に報告したんだ」
「貴族と言えども、腕利きの狩人と敵対したら大事になるしな」
ふたりはクローニー子爵の部下にミオッカたちを怒らせてしまったことと、三人は狩人のチームであること、熊を狩るほどの腕の持ち主であることを説明した。
「まあ、まさか歌姫が狩人だとは予想できなかっただろうと、小言は食らったものの幸い報酬は貰えたよ」
「で、引き続きというか、あんたたちへの連絡担当になるよう依頼されてな。一度伯爵の屋敷に来て演奏を聴かせて貰いたいって話だ」
ミオッカは考えた。
本来ならば、貴族と絡むのは面倒ごとの種になるから避けたいのだが、エイリナを助ける手がかりとなる情報をクローニー子爵が持っているかもしれない。そして、メイニャの娘であるエイリナを助けるために手を貸してくれるかもしれない。
夢とも幻ともわからないが、エイリナを救う方法を知っているという謎の男が言っていた、『竜の鱗』についての情報も、ナト村に現れてエイリナを閉じ込めた奇妙な服装の男たちに関しても、市井での聞き込みでまったく成果がないため、ミオッカはクローニー子爵家と関わることを決めた。
(貴族なら、特別な情報を持っているかもしれない)
ミオッカは、不快な思いをするかもしれないが、貴族の握る情報や伝手が必要であることを、エアとレキに話す。
忠実な子分であるふたりが、ミオッカに反対することなどなかった。
「それじゃあ、クローニー子爵家のお屋敷を訪問させてもらおうかな。いつがいい? 明日?」
「可能なら、明日歌姫が泊まる宿屋に馬車を回すと言っていた。では子爵家の家臣に伝えておこう」
「うん、そうしておくれよ。わたしたちの宿屋はわかっているよね?」
傭兵たちは苦笑しながら「もちろん、大丈夫だ」と言った。若い娘の暮らしをこそこそ嗅ぎ回って報酬を得たことが後ろめたいようだ。
ミオッカが「傭兵ってのも大変そうだね」と同情の目で見ると、彼らは「いやあ、本当にすまんって!」「屋台でなんか奢るから、もう勘弁してくれよ」と情けない顔をして頭をかいた。そこへレキが「肉の串をおなかいっぱい食べさせてくれるなら、勘弁してやらなくもないぜ」と話をまとめたので、彼らは無事に和解したのであった。
というわけで、翌日。
宿の朝食を食べて部屋でゆっくりしていると、なかなか立派な馬車が前に止まった。クローニー子爵家からの迎えらしい。
竪琴を背負ったエアとこざっぱりした服装(と言っても、狩人用のベストを着ているいつもの姿だが)のレキを従えて、ミオッカが建物から出ると、使用人らしい男が「ベールの歌姫一行だな。子爵がお呼びだ」と少々横柄な態度で言った。
ミオッカが「そうだよ。お迎えご苦労だね」と笑顔で声をかけると、少し眉根を寄せた。
「悪いけど、途中で狩人ギルドに寄ってくれないかい? お土産を用意してあるんだ」
「土産……だと?」
「家を訪問するんだから、手土産を持って行くのが礼儀だと思うよ。そう思わないかい?」
男は「まあ、うむ。なるほど、そうだな」と微妙な返事をした。彼はこうして何度も、才能がありそうな音楽家を屋敷に連れて行ったことがあったが、土産を用意する者は今までいなかったのだ。
彼は馭者に「狩人ギルドに寄ってくれ」と命じてから、三人を馬車に乗せた。
そして、狩人ギルドの中に入ったエアが大きな荷物を持って出てきたのを見て「それはなんだ?」と怪しんだ。
「妙なものを持ち込まれては困る」
すると、ミオッカが笑いながら「全然妙じゃないよ。これは熊肉さ」と男に告げたものだから、使いの男は「はあ? 熊肉だと? なんでそんなものを……確かに高級な品で、貴族家への手土産にはいいかもしれんが……」と、かなりの重さがある包みを見て首を傾げた。
「これは、昨日わたしたちが狩ってきた熊だよ。新鮮だから、鍋にすると臭みもなくて美味しいと思うんだ。とても精がつくから、お屋敷の皆さんで食べてよね」
「歌姫が、熊を、狩った?」
男は『ってことは、この三人は熊を狩れるほどの戦闘力があるということか?』とミオッカたちをまじまじと見つめて、そこからは横柄な態度はまったく見せずに、彼らを屋敷へと案内したのであった。




