第27話 つけてたね?
ミオッカたちは広い道から逸れて、細い路地裏を足早に進んで行った。そして角を曲がると走り出して、突き当たりを左に曲がる。この道はわかりにくく、進んでいくと元の道の入り口に繋がっていた。
「なんでこんな道を知ってるんだよ、姉ちゃんはさあ」
「わたしはクローニーでも朝の走り込みをしているからね。十日も走っていれば大抵の道は覚えるさ」
身体を動かしていないと狩人としての勘が鈍るので、ミオッカはランニングや毎朝の鍛錬を欠かさない。旅の途中でも、必ず剣と弓の練習をするのだ。
ちなみにレキはまだ子どもなので、成長のために眠りを優先しろと言われているし、エアはのん気で人並み外れた体力があるので、毎朝眠りを貪っている。
レキは心の中で『そんなの普通は無理だって、野生の勘じゃねえか』と突っ込みを入れた。
エアはにこにこしながらふたりの後ろにぴたりとついて走っているので、彼女たちのあとをつけていた男たちが路地に駆け込んできた時には、そこはすでに無人であった。
「なんだ、行き止まりじゃないか。あいつらどこに消えたんだ?」
「この壁を登ったのかな? 身軽そうだったし」
ふたりが辺りを見回していたが、背後に気配を感じて振り返った。
「あんたちち、なんでわたしたちをつけまわしていたんだい?」
背負っていた弓を手にしたミオッカが、低い声で尋ねた。男たちは「いや、別にそんなことはしちゃいないし」「勘違いじゃないかな」などと言って誤魔化そうとしたが、ミオッカは鋭く弓を振って言った。
「狙いは金か? お前たちは他人の上がりをかっぱらおうとする強盗ってわけだ」
男たちは青い顔をして「違うぞ! それは違う、金を盗もうなんてことはしていないぞ」「そうだ、妙な言いがかりをつけるなよ!」と声を張り上げた。
「金じゃないとすれば、人さらいかな。どうせわたしたちが弱そうに見えたから、ぶん殴って金を奪い、言うことを聞かせようと考えたんだろうが……あんたたち、狩人の懐を狙うとはいい度胸をしているじゃないか。この落とし前はきっちりとつけさせてもらうよ」
「狩人? ベールの歌姫じゃないのか?」
「馬鹿、余計なことを言うなって」
「あっ、しまった」
男たちが慌てていると、レキが「姉ちゃん、やっぱりこいつらは俺たちの金が狙いだな。腕を折って警備兵に突き出そうぜ」と言って、投げナイフを取り出した。エアはというと、にこにこしながら「悪い人間なら、頭を消してしまっていいと思います」と恐ろしい提案をする。
「なんなら全身を灰にしてしまえば、問題ないと思います。わたしはそちらを推奨します」
「兄ちゃんのアレ、金属も焼けるの?」
「溶けて塊になります。残りますが、塊がなんだかわからないでしょうし、大丈夫ですよ」
「そうだね、人間を焼いたってバレなきゃいいんだし、相手が強盗なら尚更だ」
子分たちの話を聞いていたミオッカが「こらこら、人は殺しちゃ駄目だっていつも教えているだろう? 食べられないものは殺さない、いいね?」とピントのずれた注意をした。
男たちは、ミオッカたちが見た目とは違って荒事に慣れているのを感じ取り『これはとんでもない失敗をしてしまったかもしれない』と冷や汗をかいた。
「済まない、歌姫さん! でも、本当に、俺たちは危害を加えるためにあとをつけてたんじゃないんだ」
「そうだ、観察して報告するのが目的だったんだよ。嫌な気分にさせて申し訳ない。この通りだ」
ふたりの男が地面に座り込んで頭を下げたので、ミオッカは「あれ? 剣を抜いて切りかかってこないのかい? そうしたら遠慮なくぶちのめそうと思っていたのに」と不思議そうな声を出した。
「いや、ぶちのめすのは勘弁して欲しい」
「それじゃあ、どうしてこんなことをしたのか、正直に話してごらんよ」
ふたりの男は『こんな若い女の子なのに、どうして身体が震えてくるんだ?』と思いながら、彼らの行動の訳を説明した。
「ふうん。つまり、傭兵ギルドに所属するあんたたちは『ベールの歌姫』という音楽家の為人を観察して、有害な人物なのか否かを見極めて依頼主に報告する、という仕事を受けたんだ」
「そうなんだ。今朝、傭兵ギルドに来た依頼で、報酬が良かったから引き受けたんだが……」
「まさか、こんなことになるとはな」
ミオッカが「立ち上がってギルドの身分証を見せな」と言い、レキが男たちから受け取ってきたカードに目をやった。
「傭兵ギルドか。傭兵って、戦争に行ったり、用心棒をやったりするんだと思ってたよ」
「平和なご時世だからな、どちらかと言うとなんでも屋に近いな。護衛の仕事もあるから、ある程度腕もないと駄目だが、御用聞きみたいなことばかりやる奴もいる」
「専門の業者に頼むほどのことじゃない、ちょっとした困りごとにも駆り出されるぞ。他の町への配達なんかもあるしな」
ミオッカはカードをよく眺めてから、ふたりに返した。
「依頼主は誰?」
「それは言えない……クローニー子爵家だ」
ミオッカの圧に負けて、男は喋った。
「お貴族様か。わたしたちを見極めて、どうするつもりだったんだろうね」
「そりゃあ、子爵のお屋敷に招待するためだろうよ。『ベールの歌姫』といえば、今この街で一番熱い演奏をするって評判じゃないか」
「芸事が大好きでいろいろと保護をしているクローニー子爵だけど、危険な奴を屋敷に招き入れる訳にはいかないから、あらかじめ調査するのは当然のことだろう。あと、普通の歌姫は探られていても気がつかないもんだぜ」
「まあ、素人だったら、観察の目を熱狂的なファンの視線だと勘違いするかもしれないね」
「まったくだ。なんだって狩人が演奏しているんだよ」
「狩りも歌もやりたいんだよ。そら、わたしの身分証だ」
ミオッカが狩人ギルドの身分証を見せると、彼らは「これは……かなり古くからやっている狩人じゃないか」「あんた、まだ若いのにいつからやってるんだ?」と驚いた。
「父親が狩人でね、物心ついた時から狩りをしてきたからこれでもベテランなんだよ」
「兄ちゃんたち、下手に抵抗していたら頭を落とされて血抜きされてたぜ。危なかったな」
あははと笑うレキ(ナイフはもうしまってある)だったが、傭兵たちは『いや、狩人なら本当にやりかねない、冗談にならないぞ』とそっと首を撫でた。
「済まなかった。お見それした」
ふたりは改めて頭を下げた。貴重な肉を命懸けで手に入れてくる狩人は、このような大きな街でもたいそう尊敬されている仕事なのだ。
「俺たちは依頼主に報告しなきゃならないが、狩人であることも伝えていいのか?」
「ああ、かまわないよ。ただし、呼びつけられてもお屋敷に行くかはわからないからね。これでも忙しいんだ」
「了解した、それも伝えておく。昼間も夜も働いているんじゃ、なかなか時間も取れないだろうよ」
「そうだね。明日は熊を狩りにいくからさ、日中はいないし、もしかすると野営してくるかもしれない。連絡を取りたければ狩人ギルドに頼んでおくれよ」
「熊?」
「熊ってえと、あの熊だよな? たったの三人で熊と戦うつもりか?」
「そりゃあ危険すぎるぜ!」
ふたりの傭兵は職業柄、熊の恐ろしさをよく知っていたし、熊の具体的な戦闘力もわかっていたので、ミオッカたちを止めようとした。だが、ミオッカに「大丈夫だよ、わたしは父さんとふたりで何度も熊を倒している。こう見えてもうちのチームは手練れ揃いなんだよ。このレキはまだ見習いだけど、イノシシだって冷静に狩れるんだからね」と余裕の笑みを見せた。
「最初はビビったけどな、慣れれば所詮は獣、動きは読めるし急所も覚えたし、今ではかすり傷も負わずに倒せるぜ」
レキは得意そうな顔をした。
「そうですね、最初は怖くて脚をガクガクさせて動けなくて、わたしが担いで逃げましたよね。懐かしいです」
「兄ちゃん! あん時はいきなりイノシシが出てきたから仕方ないだろ! こっちは鴨を狩るつもりだったんだからさ!」
レキは恥ずかしくて赤くなったが、傭兵たちは『こんな子どもが、イノシシに立ち向かうのか?』と呆然となっていた。




