第24話 人を殺すなかれ
「鳥を狩るのって、実は難しいんだよ。空を飛ぶ生き物にとどめを刺すのは、陸の生き物にするよりも十倍は難しいと思う。鳥は身体が小さいしね」
ミオッカは、隣を歩くレキに言った。
「だから、投げナイフで鳥を仕留められるレキは、すでに狩人としてのいい腕を持っているんだよ。それに、命を狩る覚悟ができているのがいいね。生き物の命を奪って、肉を食らい毛皮を着るのが狩人なんだ。それがいいとか悪いとかはどうでもいい。わたしたちは生きるために狩る。狩人として生きるのならば、それをきちんと受け止める必要がある」
「ああ、わかったよ」
褒められた子どもは、嬉しそうな顔をして頷いた。
「立派な狩人は無駄な狩りはしない。利用できない獲物は狩らない。危険な生き物は別としてね、食べられない生き物は狩らないことだ」
そしてミオッカは、心の中だけで付け加えた。
(この先は、人の命を狩るのはなるべく避けなければいけないってことを教えなくちゃね。わたしが父さんから教わったように)
『人を殺してはいけない』ではなくて『なるべく避ける』であるあたりが、『食べられない人を狩るのは良くない』と考えるミオッカである。父親が精霊であるせいか、彼女は人とそれ以外の生き物との間に壁を感じない少女なのだ。
さて、彼らはすでにイゼルの町を出て、次の町へと移動を始めているところだ。昨夜は大広場で最後の演奏を行い、たくさんの餞別をもらうことができた。夜はぐっすりと寝て宿の朝ごはんを食べ、早朝に町を出ている。
朝早くに道具屋に行って荷車を受け取ったので、彼らの前には荷車がごろごろ進んでいる。とても楽しそうなエアが引いているのだ。背負い袋もその他の旅の荷物も荷台に乗せているので、身軽なふたりはかなりの速足なのだが、むしろ張り切るエアがスピードを出そうとしてミオッカに諌められていた。
「ミオとレキは、荷台に乗ればいいと思います。もっと楽しくなるので、わたしは喜んで荷車を引きます」
そう言いながら、見た目は美麗な青年だが、人並みはずれた力の持ち主であるエアが、ふたりに早く荷台に乗るよう促したのだが、ミオッカは断った。
「レキに力をつけたいから、今は歩かせる。疲れて歩けなくなったら乗せるからそれまで待つんだよ」
「わかりました。わたしはミオの言う通りにします。……レキ、疲れましたか?」
「まだたいして歩いてねーよ」
「そうですか」
エアが残念そうな顔をしたので、ミオッカは「本当に荷車引きが好きなんだねえ」と笑った。
「レキは旅慣れているみたいだけど、徒歩では初めてだろう?」
「うん、見せもの一座は馬車での移動だったんだ」
「今夜は早めに野営の準備をしよう。布と紐を買ったから、簡易屋根を作ってその前で火を起こすんだ。水辺の近くの林が一番いい野営地になるから探すんだよ。荷車があるから鍋や食材も持って来れたし、料理もしよう」
資金にゆとりがあるので、イゼルの町で蝋を塗り込めた厚い布を買うことができた。テントまでいかないが、木と枯れ葉を集めた上でこれを使えば野営の快適さが増すはずである。
「料理か。それは豪勢な野営だな」
「これからの時期は、温かい食べ物で身体を温めることを意識するんだよ。料理ができなくても湯を沸かして飲むんだ。レキはたくさん食べて大きく育たなければならないから食事は重要だ。身軽なのはいいけれど、ある程度身体ができていないと、獣に力負けしてしまうよ」
「チビじゃ解体もやりにくいし、早く大きくなりたいぜ」
天気も良く、レキもまだ元気なので、小走りになりながらものんきな会話をしながら進んでいると、ミオッカが「止まって」とふたりを制した。
「姉ちゃん、どうしたの?」
「どうやら待ち伏せされていたみたいだよ」
彼女は踏み固められた街道の先を指さした。すると、道の脇にある木立の中からふたりの男が現れた。レキを人買いに売り飛ばそうとしていた、見せもの一座の男たちだ。
ふたりは手に片手剣を持ちながら、ミオッカたちのところに近寄ってくる。
「死にたくなければ俺たちの言う通りにするんだ。とりあえず、そのガキを渡せ」
「逆らっても無駄だからおとなしくしろ。まとめて売り飛ばしてやる」
抜き身の武器を持っているため強気の男たちは、にやにや笑いながら「鶏ガラみたいな女だが、一応は女だしな」とミオッカを値踏みするように眺めた。
だが、彼女は刃物を見てもまったく動じる気配がない。ため息をつきながら「あんたたちは、救いようのない馬鹿どもだったんだね」と言った。
「なんだと?」
脅すつもりなのか、ひとりが剣を振り上げた。
その瞬間、背中の弓を手にしたミオッカが動いた。肉を打つ音がふたつ、そして固いものが砕ける音がふたつ響き、男たちは地面に倒れて呻き声を出した。
「ひゃあ、さすがだぜ姉ちゃん! でも、なんで殺さなかったの?」
無邪気な子どもの声でそんなことを言われて、地面に転がって激痛に苦しむ男たちは背筋をぞくりとさせた。
「人は食べられないから、かい?」
「それもあるけれど、どうするかを選ばせてやろうと思ってね。あんたたち、足の骨は折っちゃいないよ。剣を持つ手は砕いたけど」
固い木の弓は、振り回すと立派な凶器になる。ミオッカは彼らの足を強く打ち、しばらく動けないようにした。
「ねえ、なんで狩人に剣を向けたの? 馬鹿だから? それとも、ひと思いに殺してもらいたかったの? それならきちんと息の根を止めてやるよ。今なら大サービスでホーレイも歌って弔ってやるし……どうする?」
「や、やめろ」
「死にたくねえっ」
痛みに苛まれても、命を落とすのは怖いらしい。そしてレキは「大サービスってなんだよ」と突っ込みながら笑った。
「そんなヒョロヒョロの剣の腕しかないくせに狩人に武器を向けるなんて、死にたいとしか思えないんだけど、違ったのか。本気でわたしたちに勝てると思っていたとは、こりゃあ驚いたねえ」
心底呆れる少女に腹を立てて、掘られた芋のように土の上を転がるしかできない男たちは顔を真っ赤にした。
「それじゃあ、ここに置いておくか。運が良ければ生き延びられるだろうし、獣に食われちゃったらその時だ。あんたたち、次はないよ。わたしはレキを狩人として育てているから、あんたたちが根に持って出直して来ても、その時は一撃で息の根を止めるくらいになってると思う。この子は日に日に身体つきがしっかりして来ているからね、あんたたちよりも体格が良くなるんじゃないかな」
レキは「へへっ」と笑って自分の腕を触った。まだ毎朝の鍛錬の効果は出てきていないが、そこは気の持ちようである。
「命拾いしたんだから、今度こそ真っ当に暮らしなよ」
ミオッカは弓を背中に戻すとエアとレキに「さあ、行こう」と出発を促した。
死なずに済んだ男たちは、強い痛みを堪えながら、彼らの背中を見送った。そして「こんな状態で、どうやって次の町に行けばいいんだ?」「夜になったら肉食の獣が闇から現れるぞ!」と気づくと怯えながら「おーい、戻ってきて荷台に乗せてくれーっ」と助けを求めたが、小走りになったミオッカたちの姿はみるみるうちに小さくなり、彼らには絶望しか残らなかったのであった。




