第23話 頼りになる親分
突然現れた不穏な言動の男たちを見ても、ミオッカは動じなかった。
「ああ、なるほどね。あんたたちがレキを人買いに売り飛ばして金を儲けようとした、悪い奴らなのか。まだ諦めないで追いかけてきたのか? だが、わたしは大事な子分を渡したりはしないよ」
ミオッカの通る声が通りに響き、辺りを行き交う人々が「人買いだって?」と、いかにもタチが悪そうな男たちに注目した。
「この国の法律では、確か親子でも人身売買が禁止されていたと思うんだけど。しかも、レキはあんたたちとは赤の他人じゃないか。小さな子どもを売って金にしようとするなんて腐った考え方だし、他人の不幸で苦労なく儲けようとするなど図々しいにも程があるぞ」
恐れる様子をまったく見せないミオッカの態度に気押されそうになった男たちは、顔を赤くして虚勢を張った。
「なんだと? 関係ない奴が首を突っ込むんじゃねえ」
「このガキが生意気な口を聞きやがって!」
男たちは凄んだが、そんなことは歯牙にもかけずにミオッカは飄々と言った。
「関係あるよ、レキは子分だからね。見たところ、ふたりとも病気でもなさそうだし手足がちゃんと動くじゃないか。悪いことは言わないから、真っ当な仕事をして金を手に入れるんだな。いい大人が、お天道様に顔向けできないようなことをするんじゃないよ。そんな振る舞いをして、子どもに恥ずかしいと思わないのか?」
「うるせえっ!」
他の人々の目がある場所で少女に諌められて、男たちは頭に血が上ったようだが、その時聞こえた「警備兵さん、こっちだよ」という声に身体をこわばらせた。
「あいつらは人さらいだ」
「子どもを人買いに売り飛ばす悪人だよ!」
そんな声が人々の間に起こったので、ふたりの男は「くそっ」と悪態をついてその場から逃げ出して消えた。
「逃げ足の速い奴らだ。念のためにイゼルの町中に手配をした方がいいな、町の子どもが攫われたらたまったもんじゃない」
「それなら似顔絵を作って手配をかけるか。おまえは絵が得意だったしな」
「おう、任せろよ」
男たちを逃してしまった警備兵たちは、そんなことを話している。
安心した町の人たちは、自分の用事へと戻って行った。
「おや、あんたたちは歌い手一座じゃないか。確か『ベールの歌姫』って名前で人気があるよな」
絵が得意な兵士がミオッカたちを見て言うと、もうひとりの警備兵も「へえ、名の売れた歌姫なのか。それは芸術には疎い俺でも楽しめるやつなのか?」とミオッカを見た。
「村の祭りなんかじゃ、みんな楽しく一緒に歌って踊ってくれるから、大丈夫じゃないかな? 兵士さんは踊りは得意かい?」
ミオッカが尋ねると、兵士は「うちの母ちゃんが踊り好きなんだ」と笑った。
「そうか。そうするとあんたたちは、厄介な奴に目をつけられやすいかもしれんな」
エアの後ろからそっと顔を出したレキは(以前に、この町で犯罪スレスレなことをして生きていたので、警備兵が怖いようだ)「兵士さん、それはどういう意味だい?」と尋ねた。
「歌が上手い若い女、楽器が弾ける見た目が整った若い男、それに小さな子ども。どれも人買いが喜んで買い取る商品だぞ」
ミオッカとエアは『うわあ、いやだな』という顔になったが、レキは噴き出した。
「ミオ姉ちゃんとエア兄ちゃんを売り飛ばすのかい? そいつは命懸けの所業になるぜ!」
レキは怪訝な顔をする兵士たちに、ミオッカとエアが狩人であり、鹿でもイノシシでも空高く飛ぶ白鳥でも一撃で命を刈り取る手練れであることを丁寧に説明した。
「でも、あんたたちは歌い手一座だろう?」
ミオッカとエアとレキは身分証を兵士に見せて「この通り、歌い手一座と狩人との兼業でやってるんだよ。冬になると獲物が減るからね、歌って稼ぐつもりなんだよ」「ミオの子分の狩人です」「俺も、まだ見習いだけど狩ってるぜ」と言った。
「わたしは生まれてからずっと父に狩りを仕込まれて、ほら、この通り、十五の歳には一人前の証として弓をもらっているんだ」
ミオッカはいつも背負っている大事な弓を見せた。
「このエアとレキはわたしの子分で、狩りを仕込んでいるんだけれど、ふたりともとても筋が良くてね。このレキなんて、もう鳥を狩るだけでひとりで生きていけるし、イノシシの解体もできるんだよ」
ミオッカに頭を撫でられたレキは「ミオ姉ちゃん、ひとりで鹿が狩れるようになっても姉ちゃんと一緒にいるからな!」と、少年らしいぶっきらぼうさで強く言った。
「そいで、いつか姉ちゃん以上に稼げるようになって、楽をさせてやるんだ」
「レキ、あんたってば……」
ミオッカが急にレキを抱き上げてぎゅうっと抱きしめると「兵士さん、この子、ものすごく可愛いだろう! これはわたしの大切な子分なんだよ、こんないい子をさらおうとする悪い奴らは、捕まえてとっちめてくれよね!」と叫ぶように言った。
普段、とても冷静なミオッカを知っているレキは「ねっ、姉ちゃんっ、なんだようっ」と驚き狼狽えながら、胸の奥から甘くて熱い嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。
そして、エアは。
「レキばかりずるいです! わたしはミオの一番の子分なんですから、一番役に立って、肉でも毛皮でもお金でも宝石でも服でも、なんでも一番たくさんミオにあげて楽をさせるんです!」
彼がそんなことを言いながら、ふたりをまとめて抱き上げたので、警備兵たちは「なんて力持ちの楽師なんだ」「竪琴を弾くのは意外に力仕事なのか?」と驚いた。
「まあまあ、落ち着くんだ。俺たちも巡回を増やして人さらいを炙り出すつもりだが、身の回りには充分に気をつけるんだぞ」
「うん、ありがとうね」
「おう。今夜も演奏をするのか?」
「最後だけどね。というのは、明日にはこの町を旅立つんだよ。もう準備ができているしね」
「そうだったのか! 町の外には目を配らないから、気をつけて行けよ」
すると、レキが言った。
「兵士さんありがとう。あのさ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
レキが確認したのは、もしも町の外で人さらいたちに襲われた場合に、返り討ちにしても罪に問われないのかということだった。
「あいつらは、ずっと前から俺をさらおうと考えている、とてもしつこい奴らなんだ。まだ追いかけてくるだろうからさ」
兵士の話では、その場合は盗賊と同じ扱いで構わない、つまり返り討ちにしても犯罪者にはならないということだった。
「奴ら、とんでもない相手に目をつけたもんだな。無知というのは恐ろしい……」
「イノシシを一撃にできるんじゃ、人間なんて……」
警備兵たちは「姉ちゃん、殺しちゃってもいいんだってさ! よかったね」「それなら簡単ですね。一番の子分のわたしが綺麗に消し去りますから、ミオは気楽にしていてください」「いや、一応、殺さずに済むように工夫をしてみようよ。それもまた狩人としての修行になるからさ。失敗してもまあ、それはその時ってことでね、いい練習相手になるよ」という会話を聞いて、少し顔を引き攣らせたのであった。




