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稀竜と精霊の乙女〜アーゲルバインドの風〜  作者: 葉月クロル


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第22話 人さらい

「これはとても引き心地が良い荷車です! 充分な速度も出るので、わたしはこの荷車が気に入りました!」


 ものすごく嬉しそうな顔で、店の前の道を荷車を引いて爆走する美青年を見て、道具屋はなんとも言えない顔をしながら「おう、そんなに気に入ってもらえて、道具屋冥利に尽きるぜ……」と呟いた。


「あんなことして喜んでいるとは、あの兄さんは犬っころの血でも引いているのか? それに、見かけによらず力があるな」


 確かに今のエアはおもちゃを貰って興奮する犬にそっくりだ。道具屋の目には、金色の尻尾がぶんぶん振られている幻さえ見えていた。


「うん、実はわたしも常日頃から、犬っぽい男だなとは思っていたんだよ」


 ミオッカは腕組みをすると、道具屋の男に向かって頷いてみせた。そして、道を何度も往復するエアに「そのくらいにしておきなよ、その荷車はまだ買っていないんだからね」と声をかける。


「彼は変わったところもあるが、役に立つ良い子分なんだよ。で、あの荷車を売って欲しいんだが……」


「おう」


 道の往復はやめたものの荷車から離れないエアの、金色の瞳が『これくださいな』と熱く道具屋を見つめている。無言の圧力に、男は思わず目を逸らしてしまった。


「なあおっちゃん、いい感じに負けてくれよな! 俺たち、他にもいろいろと買いたいものがあるんだぜ。おっちゃんの店を贔屓にして買うからさ、いいだろう?」


 レキが口を挟んで、道具屋と価格交渉を始めた。


「あの荷車は、中古だけど丈夫で質が良いんだ」


「そうみたいだね。たくさん荷物が乗りそうだし、いい荷車だよ。作りもしっかりしているしさ」


「値段を負けて欲しいのに荷車を褒めるのか? 変な子どもだな」


「俺はいいものはいいって言うのさ。でも、負けて欲しい。いいものを安く買うのが大好きなんだぜ」


「そいつは俺も好きだ」


 道具屋は苦笑すると「まあ、売り物を褒められて悪い気はしないから、少し安くしてやろう」と言って、値引いた上にレキが持っていなかった旅用のカップやスープ用の食器や小さめの背負い袋などの役に立つものをおまけにつけてくれた。


「あんたたちは、『ベールの歌姫』なんだろう。いい演奏を聴かせてもらったからサービスしてやる」


「大広場に聴きに来てくれたのか。おっちゃん、ありがとう!」


 道具屋は「おう、次の興行もがんばんな」とレキの頭を撫でた。


「そうだ、道具屋さん、『竜の鱗』っていうの知らない? 今までに売ったことある?」


 ミオッカの問いに、男は「いや、ないな。そういう貴重な物は国が管理しているんじゃないか? 俺たち下々の者はお目にかかることすらないさ」と肩をすくめた。


「それじゃあ、どこの国にあるのか噂を聞いたことはある?」


「ないが……『竜の鱗』には強い力があるから、魔導士が触媒に使うって話は聞いたことがあるぞ。だから、国が抱えている魔導士のところにあるのかもしれんな」


「魔導士か。魔法を使う人たちだね」


「こんな辺境の地では会うことがないが、王都にはいるらしいな。王族を守ったり、戦争があったら軍と一緒に出て行ったりするのが仕事らしい」

 

「なるほど、王都か……」


 道具屋は「新しい曲の題材にするのかい?」と笑った。竜や竜騎士が出てくる歌や物語は人気があるのだ。


「それはいい考えだね。『不思議な竜の鱗』という楽しい曲を作ってみよう」


 有名な歌姫のミオッカが喜んでそう言ったので、道具屋はいい気分になり、馴染みの肉屋を紹介してくれた。




 荷車や旅の道具を買い終えたミオッカたちは、荷車は出発まで道具屋に預けて肉屋に寄った。そこには質の良い干し肉を売っていたので、「良い店を紹介してもらえたね」とたくさん買い物をした。

 レキはミオッカのそのような行動を観察していた。本能的に『ミオッカ姉ちゃんはすごい人だ』と思い、振る舞いを彼女に見習っているのだ。


(姉ちゃんのことを嫌いっていう人は、ほとんどいない。姉ちゃんは他人を見下したり、上手く立ち回って変な儲け方をしようとしたりしないし、みんな平等に大切に扱っているし、自分のことも大切に扱うように要求しているからだろう。狩りをして獲物を売り、素晴らしい歌を歌って報酬を手に入れる真っ当な生き方をしているんだ。見せ物一座の座長とは違うな……)


 レキを育てた座長は儲けるためならかなり強引なこともやっていたし、レキも客に受けるようにと『食べ物を貰えず成長を制限される』という大きな迷惑をこうむっていたので、手放しに『育ててくれてありがとう』とは言えなかった。


「無事に良さそうな荷車が手に入って幸運だったよ。これでだいたいの準備が済んだね。明日の朝には出発しよう」


 ミオッカの言葉に、子分たちは頷いた。


 用事が済んだ彼らは宿に向かって歩いていた。今夜は最後の宿泊なので、宿で夕食を取る予定なのだ。


「みんなで一緒に旅をするのはとても嬉しいです。良い旅です」


「エア兄ちゃんは、荷車を引けるからいい旅なんだろう?」


 冷かしたのだが、エアが「その通り、わたしは誰よりも上手に荷車を引く役に立つ子分ですから」と胸を張ったので、レキは「兄ちゃんが楽しそうでなによりだよね」とミオッカと笑い合った。


「レキも早く大きくなって、立派に荷車を引けるようになりなさい」


「それ、人間の目標じゃない気がするんだけど」


 そんなことを和気藹々(わきあいあい)と話していたら、突然ガラの悪そうな二人組の男たちが前に立ち塞がった。


「見つけたぜ、レキ」


 にやりと笑う、無精髭を生やした悪党顔の男を見て、レキは「おっ、おまえらは!」と後ろに下がった。


「こっちに来い。俺たちからは逃げられないぞ」


「やだよ」


 レキは素早くエアの後ろに隠れた。そしてミオッカに「こいつらは、俺を人買いに売ろうとした見せ物一座にいた奴らだよ」と指さしながら言った。

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