第21話 謎の男
こうして10日ばかりイゼルの町に滞在して順調に旅の資金を稼ぎ、レキの身体つきもしっかりしてきたある夜に、ミオッカは不思議な体験をした。
誰かに呼ばれたような気がしたミオッカが、目を覚ましてベッドの上に起き上がると、隣りのベッドで眠っているエアとレキの姿が霞のように揺らいでいる。
『なにが起きた?』
狩人としての本能ですぐに頭がはっきりしたミオッカは声を出そうとしたが、自分の視点がおかしいことに気がついた。いつもよりも高いのだ。
ふと下を見たミオッカは、声のない悲鳴をあげた。
『わたしがもうひとりいるよ!?』
ベッドの上に、彼女が横たわっている。その隣りのベッドでは、ぼやけたエアとレキが仲良く並んですやすやと眠っている。異常にまったく気づいていないようだ。
『エア、レキ、どうなっているんだ? いったいわたしは……』
「ミオッカ」
はっきりと名前を呼ばれて窓の方に視線を向けると、壁が透けて建物の外がはっきり見えていた。そして、そこには見慣れぬ男が浮かんでいた。
毛先がだんだんと青くなった奇妙だが美しい銀色の髪に、夜の空のように深い紫色をした瞳を持つとても色の白い男性は、少し薄い唇を開くと「精霊の子ミオッカよ、我のところに来るのだ」と言った。
「妹を助けたいのならば、竜の鱗を奪い返して我の元に来るがいい。竜はミオッカを助けるもの、鱗はミオッカに力を与えるもの。資格なき者たちの手にあるのは良い状態ではない」
『エイリナを? あんたはエイリナのことを知っているのかい?』
ミオッカは男性に向かって手を伸ばしたが、彼は手のひらで彼女を制した。
「竜の鱗を持たねば、辿り着くことができないであろう。鱗を探すのだ。そうすれば、妹を目覚めさせるためのやり方がわかる」
『それはどこに行けばいいの? 鱗は誰が持っているの?』
「望むものはいつもミオッカの進むところにある。そなたは人に『聖なる乙女』と呼ばれる特別な者。人が思うような存在ではないが、確かに力を持つ者なのだ。我の命が終わる前に来るがいい。待っているぞ」
『いや、あんたは誰なの? 来いって言われてもどこにいるのか教えてくれないと困るし、ちょっと待ってよ、待って……』
男の姿は唐突に消えて、ミオッカはそのまま意識を失った。
「ミオ姉ちゃん、起きなよ。もう日が昇っているぜ」
目を開けると、レキが自分を揺さぶっているところだった。
「姉ちゃん、どうしたんだい? 朝の鍛錬もしないで寝坊をするなんて調子でも悪いのかい? そういやいつもよりも顔が白いような気がするぜ」
ミオッカは毎日夜明け前に起き出して、外で身体を動かして筋肉を鍛えているのだが、今朝は珍しく寝過ごしたようだ。
「ミオ、身体が病気になっているのですか?」
心配そうなエアの顔も加わった。彼の顔を見たミオッカは『おや、昨日の変な男と顔が似ているような……いや、気のせいか』とじっと観察した。
(あの男も整った顔つきをしていたから、似ているように思ったのかな? それにしてもあれは変な夢だった……夢、だよね)
ミオッカが返事をしないので、エアとレキはいよいよ心配そうな表情になる。
「ミオ!」
「姉ちゃん!」
「ああ、ごめんよ。大丈夫だよ、ちょっと考え事をしていただけさ」
彼女は起き上がると、目元を押さえた。少しふらつくミオッカに、レキは「姉ちゃん、水を持ってくるよ!」と言って部屋を飛び出してカップに冷たい井戸水を汲んできた。ミオッカはそれを受け取り飲み干すと「ありがとうね、レキ」と少年の頭を撫でる。
「ちょっと夢見が悪くてさ。なんだろう、変な男が出てきて竜の鱗を持って自分のところに来いって言うんだよね。でも、たぶん、敵じゃないと思う。夢に対して敵も味方もないけれどさ」
そう言って笑うミオッカに、レキは真面目な顔をして言った。
「それって、夢のお告げなのかもしれないぜ。ちょっと詳しく話してくれよ」
と言うのと同時に、彼のお腹が鳴ったので、ベッドから降りたミオッカは「そうだね、朝食を取りながら話をしようか」と笑った。
パンとスープという宿の朝食を、レキは今朝も「美味いな、ここんちのごはんはいつも美味いな」と喜んで食べて、「坊主、たくさん食って大きくなれよ」と余分にパンをもらってから、ミオッカは昨夜の不思議な体験の話をした。
「見せもの一座にはさ、占い師の女がいたこともあるんだ。そいつはなんか変なものが見えたり聞こえたりして、未来を予知することがあったんだけど、夜中に身体から抜け出して、たくさんの本が並んだ場所に行くことがあるって話してた」
「身体から抜け出す? 死んじゃったの?」
「いや、ちゃんと戻って生きてたから大丈夫。俺についてもなんだかたいそうなことを教えてくれたけど……まあ、今はその話じゃねえな。姉ちゃんが見たのは、夢のようで夢じゃないやつかもしれない。この町で噂を拾ったけど、寝ちまった妹についての手がかりがなにもないだろ? だから、その竜の鱗ってやつのことを気にして調べてみてもいいんじゃねえかな」
一気にそこまで話すと、レキはパンをむしゃむしゃ食べた。ミオッカたちは、この町で買い物をしながら、身分が高そうで奇妙な男たちについての情報を集めようとしたが、残念ながらまったく手がかりがなかった。イゼルを通過しないとナト村には行くことができないはずなのに、まるでこの町を飛び越して行ったかのように、彼らの痕跡がないのだ。
「その謎のおっさんだか爺さんだかが『命が終わる前に』って言ったのが気になるしさ」
「見た目はそんなに老けてなかったよ。エアよりも歳上に見えたけど」
「じゃあ、兄ちゃんか。死にそうな兄ちゃんが死んじまう前にさ、」
パンを食べ終えて満足そうな少年は「早くこの町を出て、見つけてやろうぜ」と言った。
「そうだね。三人が馬車に乗れるくらいのお金は貯まっているし、レキが大丈夫ならそろそろ出発しようか」
「馬車?」
エアが、なぜか不機嫌そうに言った。
「レキを歩かせるのは、まだ無理だろうからね。乗り合い馬車で進むつもりだよ」
「荷車で良いと思います」
ミオッカは「荷車を買って馬に引かせるのかい? でも、荷車はともかく馬はとても高いし世話が大変だよ」と言ったが、エアは珍しく嫌そうな顔をした。
「馬なんかにわたしの荷車は渡しません!」
「え? なんで?」
「兄ちゃん、なにを怒ってるのさ」
ミオッカとレキが怪訝そうにエアを見たが、彼は手元の竪琴をかき鳴らして勇ましいパッセージを弾くと「荷車を引くのはこのわたしです! 役に立つ子分のエアは、レキとミオを乗せた荷車を引きたいのです!」と高らかに宣言した。




