第19話 夕食
軽妙な曲で盛り上がったので、次にミオッカは美しい姫君と敵国の王子との決して結ばれることのない悲恋をテーマにした歌を、情感たっぷりに歌った。
こうして雰囲気の違う曲を演奏していくようにとレキに言われたのだ。
ちなみにこの曲は、意外なことに星読みのお婆から教わったものである。
若い男女の悲しみの物語を聴いたイゼルのご婦人たちの瞳からは滂沱の涙が流れ、なんて心打たれる歌だろうと感激の声が漏れた。
曲が終わると、ハンカチで目元を押さえながら、ご婦人たちはたくさんの硬貨を帽子に投げ入れたので、もうすっかりいっぱいになってしまった。
レキは硬貨の山を見て考える。
(ミオ姉ちゃんの歌は上手いだけでなく、万人の心に響く歌だ。初めての夜なのにあっという間にこんな大金を稼ぐなんて……これで腕利きの狩人だっていうんだから、神様に愛されてたくさん才能を貰ってるんだな)
と、そこでなにかが心に引っかかった。
(いや、むしろ精霊に愛されている、とか?)
そういえば、歌の盛り上がるところで妙な風が吹き、彼女のベールをドラマチックにたなびかせていたことを思い出す。
(まさかな、おとぎ話じゃあるまいし。でも姉ちゃんは精霊の血を引く人だというから、もしかするともしかするぞ。これは厄介ごとの種がまた増えちまったのかもしれないが、俺がなんとかしてやるぜ! それより今夜はこれくらいにしておいた方が良さそうだな)
レキは頭の中で、ミオッカの歌をより効果的に売り出すことを計算した。
「姉ちゃん、もう次は終わりの短いやつにしなよ」
レキがそう声をかけたので、ミオッカは「それじゃあ、次の曲は『星におやすみ』の歌にするよ」とエアに合図をした。
レキはミオッカの前に立つとひとつお辞儀をしてから言った。
「このひと時に集いたもう皆さまに、良き夢を送りましょう。こちらが歌姫の最後の曲となります。それではまた、一日置いて明後日の演奏をお楽しみに!」
レキが終わりの口上を述べると、竪琴がゆったりと前奏を奏でる。
ミオッカは『一日置いて?』と怪訝な顔をしたけれど、『なるほど、レキのような小さな子どもを毎日夜の町を連れ歩くのはよくないからね』と見当違いの納得をした。
彼女は美しい低音域の声を響かせて、あらかじめ最後の曲にと決めていた美しくもの悲しい子守唄を歌い、ちょっぴり切ない気持ちになった皆の安らかな眠りを星の神に祈って演奏を終えた。
「皆さん、今夜はありがとう! よかったらまた歌を聴きに来ておくれ」
ミオッカが集まった人々に言うと、「ああ、また寄らせてもらいたいよ」「あんたはいい歌い手だね」「とてもいい歌だったよ、絶対にまた来るからがんばりな」と温かい言葉を残して客たちが帰って行った。
先ほど歌をリクエストした行商人の男も「明日は大儲けしそうだよ、ありがとうな」とご機嫌で去って行った。
ランプの火を消して頭のベールを外すと、ミオッカはいつもの元気な狩人に戻る。
「ちょっと冷え込んできたね。マントを持ってくるべきだったかな、レキ、寒くないかい?」
「俺は大丈夫」
ずっしりと重い帽子の中を持ち上げていくら入っているのかと覗き込みながら、子どもは真剣な顔で言った。
「ちょいと相談があるからさ。食い物を買ったら宿に戻ろうぜ」
ミオッカは硬貨が詰まった帽子を受け取った。
「わかったよ。ふたりとも、屋台で美味しそうなものを選ぶといい」
「肉、買ってもいいかい?」
「甘いものが食べたいです」
「好きなだけ買いな」
気前の良い親分は笑って言った。
肉の串はもちろん、焼いた芋やソーセージや砂糖のかかった揚げ菓子やらをたっぷり買い込んで、三人は宿屋に戻って来た。部屋に戻るとテーブルにご馳走を置いて、下で買って来たエールを飲みながら今夜の大成功の打ち上げをする。
「ふたりとも、とても良い演奏だったぜ」
「ミオの歌は世界一素晴らしい素敵な歌です」
「ああ、こればかりはエア兄ちゃんに賛成だ」
美味そうに肉を噛みしめながら、レキが頷く。
「これからふたりを売り出していくんだけどさ、安売りをしないように気をつけていく必要があるから、そこんところは覚えておいてくれよ」
レキは「間違っても、毎晩声が枯れるまで歌う、なんてことをしちゃなんねえからな?」と念を押した。
ミオッカとエアが『どうして?』と仲良く首を傾げるので、レキは丁寧に説明した。
「ミオ姉ちゃんとエア兄ちゃんの演奏は、俺の目に狂いがなければ一流なんだ。本当ならその辺の広場じゃなくてちゃんとした舞台でするような演奏なんだけど……それはまた、おいおい、だな。とにかく、今夜の演奏はとても良かったよ、お疲れさま」
レキに労われたふたりはとても嬉しそうな顔をしたので、レキは『このふたりは、素直すぎてヤバい。俺がしっかりと守ってやらなくちゃ』と改めて決心する。
餓死から救ってくれて、痩せ細ったすりの子どもを仲間にしてくれたふたりへの恩を、レキは決して忘れないのだ。
「短めの演奏で、少ない労力で多く稼ぎたいというのと、あの場所で長くやり過ぎると周りの芸人たちの客を奪っちまって迷惑をかける。それで恨まれるなんてことを避けるためだ。姉ちゃんたちは幸い狩人としても稼げるから、イゼルの町での演奏の仕事は一日おきでやっていきたい」
「恨まれるって?」
「他の奴らの稼ぎの邪魔をしちゃなんねえってこと。みんな食いっぷちを稼ぐのに必死なんだからな。ぱっと人を集めて演奏を終わらせれば、まだなにか見たい客が他の芸人のところに回るだろうし、むしろ感謝されるんじゃねえかな。この仕事は共存するのが大切なんだ」
世慣れているレキは『出る杭は打たれる』ことをよく知っていた。
「てことで、明日は狩りに連れてってくれよ」
「わかった、そうしよう。レキはたくさん食べて力をつけてよ。そして、少しずつ長く歩けるようにしよう。子どもはたくさん寝て大きくなるんだよ」
「こっちの肉も食べますか? 疲れたらわたしが背負いますから、がんばって一緒に狩りに行きましょう」
「うん」
敏腕マネージャーから幼い子どもに戻ったレキは「美味いな、これ!」と嬉しそうに言いながら美味しい夕飯をたくさん食べて、温かいマントにくるまってぐっすりと眠ったのであった。




