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稀竜と精霊の乙女〜アーゲルバインドの風〜  作者: 葉月クロル


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第18話 演奏家たち

「この布をどうするの?」


「まあ見てなって」


 レキは少々汚れが気になる長方形の透けた布地を容赦なく石鹸で洗ってから、手でよく引っ張って伸ばしてから干して乾かした。がらくた屋で売られていたので、悪い虫が付いているといけないからだ。

 見せもの一座であらゆる雑用をこなしていたせいか、レキは仕事の手際がいい。もう少し身体が大きければ、もしくはもっと大きくて裕福な町であったら、いい仕事が見つかって食べるのに困ることはなかったかもしれない。辺境のイゼルは厳しい冬があるため、孤児がひとりで生き残るのは難しいのだ。


 まだ日が出ていたし、風が吹いて布を揺らしたので、レキの目の前で干した布はすぐに乾いた。


「ずいぶんと都合のいい風が吹くなあ……」


「そうかな、気まぐれな風はよくあることだよ」


 レキはミオッカに「いや、変だぜ?」と肩をすくめてから、「ちょいと屈んでくれ」と言って布をミオッカの頭にかけて両端を肩に乗せ、綺麗なドレープを寄せてから針と糸で縫い留めた。そして、ひもとボタンを縫い付けて、布を上手く固定できるように工夫した。


「これでいいだろう。姉ちゃん、自分でかぶってみて」


 布を渡されたミオッカは、頭にかけるとレキがやったように二カ所のボタンを留めた。すると、透けた布で顔が半分隠れて、歌い手らしい雰囲気が出た。端についている優美なレースのおかげで、がらくた屋で投げ売りしていたとは思えない立派な舞台衣装となっている。


「よし、これでいくか。こういう細工も芸人として大切なんだよ。観客の気持ちが盛り上がるからな」


「そうなんだね。レキは手先が器用だな、やっぱり狩人に向いている」


「見せもの一座にいた時は、言われたことをなんでもこなさないと飯がもらえなかったからさ、衣装のつくろい物なんかもやっていたんだ」


 たくさんのきらびやかな衣装を見てきたレキのおかげで、ミオッカはあっという間に流しの歌い手らしい姿になった。エアも「ミオ、とても綺麗です。レキの衣装がよく似合っていて素晴らしいです。レキは役に立つ子分です」と褒めたたえた。


「エア兄ちゃんは、髪を下ろした方がいい。金髪は光を反射して目立つからちょうどいいな。姉ちゃんは……」


 ミオッカは「わたしの髪はもつれているのでまとめた方がいいと思う」と言い、レキが「その通りだぜ」と同意した。


「大丈夫、その布をかぶっていれば見えないし。あとは、お金を入れるものが必要だな。帽子なんかでいいけど、持ってる?」


 ミオッカもエアも「ない」と首を振ったので、レキは「行きがてら、安い帽子を買いによらなくちゃ」と、ふたりに準備をさせた。

「弓はいらないんじゃねえか?」「これは手の届くところに置いておきたいからね。狩人の魂だよ」などというやり取りがあったが、宿屋を出るとレキはふたりを連れてがらくた屋に戻り、大きなシミがあって型崩れしている『帽子らしいなにか』を銅貨二枚で手に入れた。


「夕飯は、演奏が終わったらまた屋台でなにか買って食べようか」


 弓を背負ったミオッカからそれを聞いたレキは「夜も飯が食えるのか! 最高だな」とご機嫌だ。


「でも、首尾よく儲けられるかな? だいたい俺は、ふたりがどの程度の腕を持っているのか知らないぜ」


 彼は「夜の町で竪琴をかき鳴らしていれば、酔っ払いがうっかり硬貨を投げてくれるから大丈夫だと思うけど」と言う。


「心配はいりませんよ、レキ。ミオの歌はとても素晴らしくて綺麗で、聴いていて心地良いです。誰もが気にいることでしょう」


「エア兄ちゃんは贔屓目がすごいからな。ミオ姉ちゃんのやること全部が素晴らしいって言いそうだし」


「はい、ミオはすべてが素晴らしいです!」


 レキは『やっぱりあてにならないな』とため息をつく。だが、もう場所代は払ってあるし、やるしかないのだ。


 背中に弓を背負って顔をベールで隠した少女と、真っ白な服装の竪琴弾きの美青年が、賑わいはじめた夕暮れの大広場にやって来た。

 役場で指示された通りに、そこに設置されているランプに火を入れると、ほのかな灯りが辺りを照らした。予約のある場所のランプにはあらかじめ油が入れられているのだ。


「それじゃあ始めるか。俺がそれらしく前口上を述べるから、好きに歌ってくれよ。とにかくやってみて、それからどうするか考えよう」


 レキの言葉に、ミオッカとエアが頷く。


 市場の中央にあるこの広場には、今日も芸を披露する人々が集まった。許可制になっているため場所取りのいざこざもなく、皆割り振られた場所で行儀良く、歌ったり踊ったり軽妙なジャグリングをやって見せたりして、道ゆく人に硬貨を投げてもらおうとしている。


 エアが竪琴を手に取ると、レキは慣れた態度で前に立ちお客を集めるために呼びかけた。


「さあさあイゼルの夜を楽しんでいる皆さん、ちょいと足を止めておくれ! ここにやって来たのは、類稀たぐいまれなる響きを紡ぎ出す竪琴弾きと、楽神の加護を受けて旅する魅惑の歌姫だよ。今宵はイゼルの夜に新たなる伝説を生み出すべくこの市にやって来たんだ、心震わせる美しき演奏にしばし耳を傾けておくれ!」


 よく通るレキの声を聞いて、何人かの人がミオッカとエアを見、まず青年の美しさに感嘆する。こういう時には彼の美貌が役に立つようだ。

 金の髪を夜風に揺らしたエアは、始まりにふさわしい華やかなパッセージを高らかに奏でてからミオッカが得意とする『夕日のホーレイ』の前奏を響かせた。そこへ夜の空気を震わせて、ミオッカの歌が広がっていく。


「茜色の乙女を乗せた 金の馬が駆けて行く

 淡き光のたおやかなる手が 夜を迎える我らを包む」


 夕日を司る神に、今日一日無事に生き延びることができたことを感謝して、安らぎの眠りを与えてくれることを望む『ホーレイ』は、一日を終えた人々の心に染み渡っていった。


 そして、レキは違った意味で身体を震わせていた。


「うわあ、なんてこった! エア兄ちゃんの贔屓目じゃねえよ、こいつは本物だ! ミオ姉ちゃんは本物の歌姫じゃねえか、こりゃあ……とんでもねえことになるわ……」


 ミオッカの歌を耳にした者はすべて足を止めて聴き入ったので、彼らの前には人が集まっていた。


「幼きしもべはただ たかふところに抱かれて

 優しき眠りにいざなわれていく

 閉じた瞳に与えたもう夢は 進みゆく足と 紡ぎ出す手と

 昇る日を見つめる眼差まなざし」


 『ホーレイ ホーレイ ホーレイヨー』で歌の終わりを締めると、しばしの静寂の後に「今のは『夕日のホーレイ』だ。一日の終わりに捧げる祈りの歌だよ」と、少女の屈託のない声がした。


「さあ、共に感謝を捧げて明日の幸運をお祈りしよう」


 そう言いながら両手を広げて、ミオッカはホーレイを繰り返す。すると誘われるようにホーレイの声が加わり、広場いっぱいに響き渡った。


「もうこれで、明日のみんなは幸せだよ! よかったね」


 すると、帽子の中に続けて硬貨が投げ込まれていった。


「あんた、すごいな。他にどんな歌を歌えるんだ?」


「そうだねえ……」


 ミオッカは尋ねてきた男に「あんたは商売人なのかい?」と尋ねた。


「そうさ、行商をしていてこの町に立ち寄ったのさ」


「ならば『金貨と銀貨が転がった』なんてどうだい? 商売が繁盛してたくさんのお金がやってくる、楽しい歌だよ」


「そいつを頼むよ!」


 行商人の男が帽子に銀貨を三枚も投げ込んだので、拍手が起きた。


 ミオッカがエアに目で合図をすると、コミカルなイントロが竪琴から響いた。


「金貨と銀貨が転がった 大きな樽から転がった」

 

 どこかの店にあった硬貨が、突然旅に出たくなり、転がり出て冒険をしてたくさんの仲間を連れ帰るというおめでたい歌は、軽妙なリズムと軽やかなメロディーで聴く者を楽しませる。

 客たちの手拍子に乗りながら、ミオッカは明るい声で二枚の硬貨が楽しく冒険する様子を歌い、客の中から踊り出す者も現れるほど盛り上がった。


「なんともこいつは驚いた こんなにどっさり増えるとは

 金貨と銀貨が転がって 樽の中にはざっくざく!」


 景気のいい歌が終わると、大きな拍手が起き、あやかろうとする客たちからたくさんの硬貨が帽子に投げ入れられたのだった。

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