第16話 狩り
飲み終わったカップをもてあそびながら、レキは言った。
「そういや、演奏する時はどんな格好をしてやるつもりなんだい? まさか、弓を背負って狩りの服を着たそのままではやらないよね。エア兄ちゃんの方は楽師っぽい服を着てるから、そのままで大丈夫そうだ。むしろよくそんな格好で狩人をやってるなって感じだけどさ」
「もちろん、このまま歌うつもりだけど。駄目なのかい?」
ミオッカの返事を聞いたレキは「えっ?」と驚いた顔をした。だが、ミオッカもエアも不思議そうな顔で首を傾げている。
「姉ちゃんたちは、これから旅の演奏家としてやっていくつもりなんだよな? 演奏で金を儲けたいんだよな?」
「そのつもりだけど。この先、狩りに適していない場所も旅していかなくちゃならないからね」
「はあ……」
レキはしばらく空を仰いでから言った。
「ふたりとも、芸で金をもらうってことがわかってねえな。あのさ。実は俺、馬車で旅をする見せもの一座に拾われて旅をしてきたんだ。ちっちゃな頃にひとりでいるところを、親方が拾って育ててくれた。でも、親方が病気で死んじまって見せものの商売が上手くいかなくなってさ。仲間だと思ってたのに、たちが悪い奴らが俺をろくでなしの人買いに売ろうとしたんで逃げてきた」
突然の重い過去の告白に、ミオッカは「それは、苦労してきたんだな」と真面目な顔でレキの頭を撫でた。どうやら慰めているつもりらしい。
彼は目をつぶってしばらく撫でられていたが、はっと目を開けると「いや、今はその話をしてるんじゃねえんだ」とミオッカに言った。
「だから俺は、出し物のやり方について、姉ちゃんたちよりもよく知ってるんだ。見せもの一座には歌い手も楽師もいたしな。つまり、歌を聴かせるのも大事なんだが、客に金を出してもらうにはそれだけじゃあ足りねえ。満足感が必要なんだ。そのひとつが、見た目をそれらしくして客を楽しませるってことなんだけど……うーん、これから衣装を揃えるのか……」
レキはしばらく考えた。難しい顔をする子どもの隣で、ミオッカとエアは神妙に黙って待っている。
「ミオ姉ちゃん、狩りが終わって金が手に入ったら、市場を回って衣装になりそうな布を見つけようぜ。なに、ちょっと羽織るだけでも雰囲気が出るさ。俺がなんとか見繕ってやるよ」
「ああ、わかったよ。レキは予想以上に役に立つね」
「役に立つ子分です」
ミオッカとエアに褒められたレキは嬉しくて頬を染めたが「こんなの大したことじゃねえよ」とそっぽを向いた。
「見せもの一座では、どんなことをしていたんだい?」
「チビのうちは雑用とか、投げナイフの的役かな。あとは軽技や、ナイフを投げる方も練習してた。投げられるより投げた方が怪我もないし気分がいいからさ」
ミオッカは『子どもに向けてナイフを投げるとは、趣味の悪い見せものだな』と顔をしかめた。狩人の彼女にとって、獣の命を取る凶器であるナイフを人に向けるのは最悪の行いなのだ。
「ってことは、投げナイフをそこそこ扱えるわけか。あとで腕を見せてもらおうかな。狩りの前に一本だけ買っていくか」
お金が飛ぶようになくなっていくが、先行投資なくして狩りはできないので仕方がない。
ということで、武器屋に寄って試し投げをしてから良さげな投げナイフを一本買うと、三人はウサギが生息する林へと走った。
「もう冬になるから、あまり狩人が来ていないようだ。ここまで来ると、鳥もウサギもかなりいるようだからよかったよ。あとで鹿の様子も見に行きたいね、あれは高値で売れるんだ」
「そうなんですね。ミオはいろんなことを知っていて頼りになる親分です」
にこにこするエアの背中では、レキが「もうおろしてくれよ」とふくれている。彼は体力がないため、途中からエアに背負われてきたのだが、それは『男としてすごくかっこ悪い』のだそうだ。
「雪が降る地方では寒くなると肉が痩せてしまうから、秋のうちに獣を狩って、干したり塩につけたりして保存食を作っておくんだよ。わたしは行ったことはないけれど、暖かな気候の場所では一年中美味しい肉が食べられるそうだ」
「俺、そういうところを旅したことがあるぜ。で、おろしてくれよ」
ミオッカが合図をして、子どもはようやく自分の足で立つことができた。
「レキ、エアに礼をしな」
ミオッカに言われて、素直に「エア兄ちゃん、連れてきてくれてありがとう」と頭を下げる。なんだかんだ言っても素直な子どもなのだ。
「さて、レキのナイフ投げの腕はどうなんだ? 向こうの茂みにウサギがいるのが見えるか?」
「うん」
「あれに当ててみろ」
「どこでもいいのかい?」
「一番なのは首だけど、まずはどこに当ててもいいよ」
「わかった」
風下から近寄ったので、ウサギはまだこちらに気づいていないようだ。レキはナイフをかまえると、力みのない綺麗なフォームでナイフを投げた。刃がウサギの頭を貫いて、即死させた。
「当たったぜ」
「お見事。かなり手慣れているね」
「旅の途中で、ウサギや鳥を狩って食料にすることもあったからさ」
ミオッカは『なるほど、これなら即、戦力になりそうだ』と満足する。
ウサギは首を切り裂かれ、エアに逆さ吊りにされて血抜きをされた。よく太ったいいウサギなので、高値で売れそうだ。
「鳥も狩っていこう」
少し歩くと水場があり、大きなアヒルの群れがいた。レキが『ナイフじゃあそこまでは届かないな』と見ていると、ミオッカが弓に矢をつがえて連続で射った。それらがすべて、アヒルの首を貫いていったので、レキは「凄え腕だな!」と驚いた。
「これだけ大きなアヒルなら、六羽もいればいいだろう。エアも狩りたいかな」
「はい。レキを背負うので四羽くらいにしておきます」
慌てて逃げ惑うアヒルたちに向けて、エアが口を開いて「かっ!」と光を放った。四つの光の線がアヒルの頭を消滅させるのを見て、レキが目を見張る。
「兄ちゃん、そいつは……」
「エアの魔法だよ。とても便利だろう?」
「いや、それ、魔法じゃないと思う……」
あまりにも殺傷性の高い技にレキは言葉をなくした。だが、すぐに気持ちを落ち着けると「ミオ姉ちゃん、エア兄ちゃん、話がある」と言って、今起きたことは絶対に、誰にも、決して漏らさない秘密にしなければならないことをこんこんと言い聞かせた。
「姉ちゃんも兄ちゃんも、世間知らずにも程がある! いいかい、姉ちゃんが『聖なる乙女』とかいうやつであることも、兄ちゃんが口から光を吐くことも、力を求めるお偉いさんに知られたらとんでもないことになるんだ。逃げ隠れしながらの暮らしになるだろうし……まあ、間違いなく、子分である俺は人質にされた挙句に殺されるだろうな……」
レキの予想外だったことに、自分たちが狙われるという話よりも『レキの命が危ない』というあたりで、ミオッカとエアが真剣になった。
「わかった、絶対に秘密にするよ。子分の命に関わるようなことになったら困るからね」
「わたしは一番の子分なので、二番の子分であるレキの面倒を見ます。殺されることは許しません」
「わかってくれりゃあいいんだ」
レキはあまりにもお人好しで無防備で秘密がありすぎるふたりを見て『俺がしっかりしなくちゃなんねえ。危なっかしいこのふたりを守ってやらなくちゃ』と子どもらしからぬ決心をしていた。どう見ても末っ子ポジションなのに、なぜかお父さん的な役割を果たすことになりそうだ。
ミオッカは六羽と四羽のアヒルの首を紐でくくって持ちやすくすると、バランスよく背中に担いだ。
「ウサギはレキが背負うんだよ」
「わかった」
エアが死んだウサギをレキの背中にくくりつけて、自分は四羽のアヒルを持つ。
「レキは行けるところまで走って、無理ならすぐにわたしに言いなさい」
「……わかったよ」
エアが見かけによらずたいそうな力持ちであることがわかったし、口から光を吐くこの青年がただの人間ではないことを感じ取ったレキは、おとなしく頷いた。そして、もう走れなくなってからはウサギごと背負われた。
ものすごいスピードで走るエアの背中で、彼は『早く体力をつけて、最後まで走れるようになろう』と心に誓ったのだった。




