第15話 新入りは心配になる
「うわっ! と、兄ちゃんのツラかよ」
翌朝、レキが目を覚ますと、すぐ隣にエアの美しい顔があったので驚いて飛び上がった。
この部屋にはベッドがふたつしかないので、子分ふたりが一緒に使うことになったのだ。エアは華奢な若者だし栄養が足りていないレキも細っこいので、さほど狭く感じずにふたりともよく眠ったようだ。
「顔が良すぎるにも程があるってもんだよ。で、ミオ姉ちゃんはどこだ?」
ベッドですやすや眠るエア以外には、部屋に人はいない。『ひと部屋しかとっていないと言ってたはずだけどな』と思っていると、ドアが開き背中に大切な弓を背負ったミオッカが部屋に戻ってきた。
「おはよう、レキ。元気が出たみたいだね」
「おう、おはよう、ミオ姉ちゃん! どこに行ってたんだい?」
「裏庭で身体を動かしてきたんだよ。毎日鍛えていないと身体が鈍るからね」
「朝の訓練とか、どこの騎士様だよ。それとも狩人ってのは騎士並みに鍛錬しないとやってられない仕事なのか? 俺にできんのかなあ……」
レキは、自分がとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかと恐れ慄いた。
と、目覚めたエアが唐突にベッドに起き上がった。
「おはようございます」
「おはよう。よく寝ていたね。やっぱり、ベッドの上は地面で寝るよりずっといいよね、わたしも久しぶりにぐっすり眠ったよ」
ミオッカは髪を手ですいて空気を入れると、妹のエイリナにもらった髪紐で後ろに縛り直しながら言った。
「ミオ姉ちゃん、地面で寝るってどういうことだい?」
「ああ、わたしたちはダラーの村からイゼルまで歩いてきたからね、ずっと野営をしてきたんだ」
「夜に屋根と壁があるのは、とても良いです」
エアも、器用に髪を三つ編みにして、星読みのお婆にもらった布の端きれで縛る。
「はあ? 野営って? ふたりとも、馬車に乗らずに歩いてきたのかい?」
「そうさ。無駄にお金を使いたくなかったからね」
レキは予想以上にワイルドだったふたりの生活に驚き、「俺、大丈夫かな?」とますます不安になった。
部屋から出た三人は、井戸で顔を洗うと宿の食堂でパンと肉入りスープという朝食を食べた。
「美味いなあ、こいつはすごく美味いなあ、ミオ姉ちゃん、エア兄ちゃん、こいつはあったかくて美味いなあ」
大喜びで食べるレキの無邪気な姿に、ミオッカやエアのみならず、宿の主人も「そんなに美味いか」と顔を綻ばせた。
「このスープは骨をじっくりと煮込んで旨みを出しているからな。肉の脂もしっかり溶け込んでいるから、身体があったまるだろう」
「うん! それにとてもいい風味がするんだけど、これは野菜の味かなあ」
「特別な香草を束にして、それを香り付けに使っているのさ。うちのかみさんが工夫したもんだ」
「すげえな。料理上手なおかみさんなんだね」
「おうよ」
レキの人懐こい様子が気に入ったのか、主人がこっそりとお代わりのパンもくれたので、満腹になった少年はとても幸せそうだ。
「今日は身分証を発行してくれた管理官の忠告に従って、役場に予約をしに行こうと思うんだ」
部屋に戻ると、ミオッカは今日の予定を話した。
「役場に行って演奏の許可証をもらったら、レキにわたしたちの旅の目的を説明するよ。それから携帯食を持って鳥を狩りに行く。手持ちのお金が減ったし、レキに狩りとはどんなものなのかを見せたい。体力がもたなければエアに背負って貰えば良いよ」
「えっ、それはかっこ悪いよ」
不満げなレキに、ミオッカは「レキが今やらなければならないことは、旅に耐えられるように身体をたくましく作り変えることだけど、それには体力が必要なんだよ。決して無理はするな。かっこいいとか悪いとかくだらないことを言うもんじゃない」と諭した。
おまけにエアに「わたしは一番の子分としてレキの面倒を見ます。役に立つ子分に育てます。まずは早く太りなさい、か細い手足ではミオの役に立ちません」と笑顔で言われ、レキは小さくなって素直に「はい」と答えた。
身分証に『楽師』『歌い手』ときちんと記載されていたため、演奏の許可証と場所の予約はスムーズにできた。少し手数料がかかったが、仕事を終えた人が町にくりだし賑やかになる夜に演奏すれば回収できるはずだ。
三人は携帯食になる木の実の入った堅焼きパンを買ってから、屋台で果実の汁が入った飲み物を買って広場の石段に並んで座った。ミオッカはレキに、ナト村で起きた事件と眠ったままのエイリナを起こすための方法を探して旅をしていることを説明する。
身体は小柄だが聡いレキは、話の内容を理解して驚愕した。
「それが本当なら、ミオ姉ちゃんにはものすごい力があるってことじゃねえか? 竜に乗るってのはつまり、竜を支配下に置くことができるってことだろ? どれほど力があるかわからないけど、空を飛ぶ竜を操れるわけだから……」
レキはそこで口をつぐんだ。そして小声になり「ミオ姉ちゃん、この話はもう絶対にしちゃあいけない。貴族とか、下手をすると王族とかの偉い人にバレたら、そいつらは姉ちゃんを手駒にして良いように使おうとするだろうよ。そうしたら自由な狩人ではいられなくなる」と忠告した。
「おとぎ話とか冒険物語みたいな話だけど、身なりのいい連中はその話を本気で信じて姉ちゃんのうちに現れたんだ。でもって、人違いで妹がとんでもない目に遭ってるんだろ? てことは、姉ちゃんは『聖なる乙女』として狙われると思うぜ」
「そうしたら返り討ちにすればいいと思う」
「姉ちゃんが天涯孤独の身ならそれでいいだろうけどさ、親や妹を人質にされたらどうするんだよ」
「……それは困るな。レキは頭がいいな」
「レキはたくさんのことを考えられる子どもです」
感心するミオッカとエアを見て、子分になりたての少年は『こいつら、俺がしっかりと見てやらないとやばいぞ。世話の焼ける奴らと仲間になっちまったな』とため息をついた。




