第14話 新入り子分
宿屋の主人に尋ねたところ、宿泊費は部屋ひとついくらという計算なので、ベッドがふたつでかまわないなら子どものレキが増えても大丈夫だと説明された。そこで朝食一人前を追加して、子分ふたりは同じベッドを使わせることにする。
お金を払って桶に三杯の湯をもらい、裏にある井戸でレキをエアが洗った。石けんを泡だてようとしたのだが、あまりに汚れが酷くて難儀する。湯をさらに追加して、なんとか清潔な子どもにすることができた。
衣料品の店で購入した男の子の下着と、麻のシャツに、ポケットがたくさんついた中古の狩人用ベスト、そして同じく中古の子ども用ズボンにブーツを身につけたレキは、サラサラの茶色の髪に緑の目をした、なかなか見た目が整った少年になった。
おかげでミオッカの財布は軽くなったが、すられるよりもずっと良い軽くなり方なので、彼女は気にしない。この太っ腹なところが親分向きなのだろう。
「新しい服は気に入ったかい?」
「うん、とっても!」
さらに防寒用の厚いマントまでもらい、喜びで頬を赤くしたレキは感無量の表情だ。
「ミオ姉ちゃん、もらった服を着たらとてもあったかいんだ! 姉ちゃんの財布を盗もうとした俺に、こんなによくしてくれるなんて……俺、悪いやつなのに……」
罪悪感でうつむくレキの頭にぽんと手を乗せて言う。
「確かに悪いことをしたけれど、レキは反省できているし、なによりも今はわたしの子分だからね。これからたくさんのことを仕込んでやるから、しっかりと身につけて、わたしの役に立つんだよ」
「うん、俺、役に立つ子分になるぜ! ありがとう」
レキはぺこりと頭を下げて礼を言い、エアにも「兄ちゃん、頭と身体を洗ってくれてありがとう」と頭を下げる。石鹸が泡立たなくて、青年がかなり奮闘していたことがわかっているのだ。
「レキはきちんと礼が言えて立派だよ。狩人はたくさんの人とも関わる仕事だから、礼儀を知っていなくちゃならない。その調子でがんばるんだよ」
ミオッカに頭を撫でられたレキはさらに赤くなりながら「うん」と頷いた。エアも一緒になって「がんばるんだよ」とレキを撫でてから、はっとしてミオッカに言った。
「ミオ、レキの頭を上手に洗えたので、わたしも褒めてください」
「そうだね、エアのおかげでレキは髪も肌も綺麗になって、これなら獣に見つかりにくくなったよ。上手く洗えたね」
低く腰を屈めてにこにこしながらミオに頭を撫でられる金髪の美青年を見て、レキはちょっぴりだけ微妙な気持ちになった。
だが、大人のエアが堂々と撫でられているから、子どもの自分はもっと堂々と撫でられて良いのだ、ミオ姉ちゃんにたくさん褒められるようにしっかりと狩りを学んで役に立つ子分になろう、と明るい気持ちになった。
部屋に入って下着姿になり、ベッドの上でマントにくるまったレキは、あっという間に深い眠りについた。その細い手脚を見たミオッカは「子どもがあんなに痩せるのは良くないことだよ」とエアに話しかけた。
ふたりの手には、エアが屋台に走って買い足してきたソーセージパンがある。部屋の中にいい匂いがしたが、すでに満腹になったレキは目を覚ましそうにないので、落ち着いて夕食を食べた。ピリッと辛いソーセージパンは、まだ熱々でとても美味しかったので「これはもう一度買ってもいいね」と大満足のふたりである。
「レキの様子を見ると、少しこの町での養生が必要だと思うんだよ。竜や母さんの実家に関する噂話を集めつつ、広場で演奏してお金を稼ごうじゃないか」
飢餓状態だったレキがもう少し太らないと、旅に同行するのは難しい。馬車に乗るにしても旅には体力が必要なのだ。
ミオッカは、エイリナを救うためには、いたずらに急ぐのではなく、しっかりと情報を集めて、なにをどうすればあの繭が開くのかを理解しなければならないと考えている。イゼルの町での滞在は、決して足踏みではないと感じていた。
ミオッカの言葉に、忠実な子分は頷いた。
「はい。狩りと演奏、お金を稼ぐ手段がふたつあるのはいいことです。それに、ミオの歌をたくさんの人に聴いてもらいたいです」
エアは、歌い手ミオッカの一番のファンでもあるようだ。
「明日はまず、広場で演奏するための手続きをしてこよう。それから、レキの背負い袋や旅に必要なものも、少しずつ買い集めていかなくてはね。この子、すった手際がいいから最初は盗みに慣れた子どもなのかと思ったけど、礼儀も身についているし、素直な性格だし、きっと訳ありなのだろうね。わたしの子分になったからには、いつか独り立ちできるように仕込んでやるつもりだよ」
エアは「いい親分に出会えて、レキは幸せな子どもです」と微笑んだ。そして「わたしは独り立ちはしなくていいです。ずっとミオの側にいて役に立ちながら生きていきます!」と力強く宣言した。
ミオッカは軽く肩をすくめて言葉を流す。
「エアの好きにしなよ。もしもわたしから離れたくなったら離れて行けばいい。わたしは止めないから。もちろん、側にいてくれるのはとても嬉しいけどね。エアはもうわたしの家族みたいなものだから」
「……ミオの歌に上手な伴奏を付けられるのは、きっとわたしだけです。ミオの歌は特別なので、わたしがずっとずっと伴奏したいです」
エアは竪琴を手にすると、『夜の月は銀の弓』というミオッカのお気に入りの美しい曲を奏でた。日は暮れているが、まだ夜の早い時間なので苦情は来ない。というか、下の食堂ではお酒を楽しむ客でかなり盛り上がっているのか、大きなざわめきが聞こえる。
「りん、りん、るう りん、りん、るう 夜の風に響くは銀の弓」
ミオッカは、弦の響きにそっと歌を乗せた。
「白き指が弦をひく 月の雫の矢が天を駆け 星を貫き鈴を鳴らす」
窓から降ってきた、夜空にぴったりな歌を耳にした通りすがりの者は、しばらく足を止めて『これはいいものを聴いた』と嬉しく思ってから家路を辿った。




