第12話 イゼルの夕暮れ
ミオッカとエアは、まずは狩ってきた雁を売ることにした。
「こんにちは、ダラーの村から来る途中で狩ってきたんだけど、新鮮な鳥の買取りを頼むよ」
狩人ギルドの買取り所にやって来たミオッカは、見覚えのある男に声をかけた。すると職員の男は「おや、レットクのところの嬢ちゃんじゃないか」と、笑顔で言った。
「どれどれ……これはよく太ったいい鳥を狩ってきたな。しかも五羽か、いいぞ」
「高値で買ってよね。わたしの名前はミオッカだよ、覚えておいて。この付近で狩りをするから、また獲物を持ってくる。今日は父さんは来ていないんだ。でも、子分のエアと一緒。新米の狩人なんだ、よろしくね」
男は、ミオッカの隣に立つ男の手にも同じく雁が五羽ぶら下がっているのを見て「子分?」と呟いた。
「こんにちは、ミオの子分のエアです。狩りを覚えているところです」
男は、白い服を着た金髪頭の美青年をまじまじと見た。
「……この兄ちゃんも、狩人だというのか?」
「狩人と楽師の兼任なんだけどさ、見た目はひょろっとしているけど力があるし、新米にしてはなかなか腕がいいんだよ」
そう言うミオッカもひょろっとした少女であるが、彼女もかなり腕がいい。
「ほら、この鳥はエアが自分で狩ったのさ」
エアは持って来た雁を誇らしげに持ち上げて「しっかりと血抜きもしてあります。美味しい鳥です」とアピールして笑った。だがその笑顔はあまりにもきらびやかすぎたので、男は「レットクのところの嬢ちゃんが言うのなら、本当なんだろうが……もしかして貴族の坊ちゃんじゃあるまいな? その細腕で鳥をどうやって捕まえたんだ?」と、まだ疑わしげに彼を見た。
「意外だよね、わたしもこんなに使える子分になるとは思わなかったんだよ。エアとなら、楽に鹿も狩れそうだから、この町にいる間に大物も持ってくるよ。あっ、そうだ、わたしは歌い手も始めることにしたんだ。よかったらわたしたちの演奏を聴きにきておくれよ」
「はあ?」
買取り手続きのためにふたりが身分証を見せると、男は「楽師に歌い手ときたか。狩人と兼任なんて珍しいけど、そういえばレットクのところの娘は歌が上手いっていう評判を耳にしたことがあるな」と頷いて、雁を引き取ってくれた。
以前このイゼルの町に来た時、夜の飯屋で酔っ払いたちと盛り上がって、ミオッカが景気のいい歌を歌ったことが何度かあるのだ。かなり多くのチップを集めることができたので、エイリナにちょっとした土産を購入することができた。
「音楽もだが、狩りの方もぜひがんばってくれよ」
「ありがとう」
丸々と太った雁は予想以上の高値で売れたので、ふたりはそこそこ良い宿の部屋を取ることにした。
ベッドがふたつ入った部屋は少し狭いが、鍵のかかる物入れが付いているので重い荷物を置いて出かけることができるのがありがたい。もちろん、部屋にも鍵がかかるので、比較的安心だ。
「エア、用心のために貴重なものは必ず持ち歩くんだよ」
「はい、大切なものは手元に置きます」
いくら鍵が付いていても万全ではないので、ミオッカはマントを羽織ると腰にナイフを下げ、弓を背負い、お金の入った袋をふたつ、服の中にしまった。エアはというと、竪琴だけを持った。
「いい判断だね。マントがあれば日が落ちても寒くないから、夕飯を取りながら夜の町を散策しよう。噂話を集めるんだ。もしかすると、エイリナを閉じ込めた変な服の男たちに関する情報が聞けるかもしれない。馬車を使ってナト村に来るためにはこのイゼルを通り抜けるはずだからね、見た人がいるかもしれないよ」
「わかりました」
旅の間に、エイリナの身に起きた悲劇とミオッカの出生の秘密について説明されたので、エアは事情を知っている。ミオッカと出会った時には言葉もよくわからない様子だったのに、異常なほど急速に理解が進み、今では会話に困ることもなくなっている。
「その男たちが良い身なりだったのなら、貴族や裕福な家の関係者だった可能性が高いですね。この町の、ちょっと高い店や宿がある辺りにも行ってみましょう」
「うん、壊しちゃうには惜しいような馬車に乗ってきていたし、お金持ちだったに違いないよ」
男たちの痕跡はすべて消さなければならなかったので、馬車は炭にしてしまったのだ。
夕飯を取りがてら町の中をうろつこうということで、宿には朝食しか頼んでいない。懐が暖かいし、歩いて行ける森では鹿が増えてきていると聞いたので、幸いこの先も金に困ることはなさそうだ。
町の中心には大広場があり、その付近には屋台が並ぶ通りがある。
「この町は毎日、ちょっとした祭りみたいに賑やかだよ」
「広場で演奏している人がいますね」
「わたしたちも、明日からはあそこで歌ってたくさんお金を稼ぎたいな」
町の雰囲気を観察しながら歩いて、良さそうな店を見繕う。
「あっ、あれが美味しそうだ」
「パンと細長い肉の料理ですか?」
「うん、細長いのはソーセージって言って、動物の腸に香草を混ぜたひき肉を詰めて、燻製にしたものだよ。パリッと焼くととても美味しいんだ」
「いいですね、ソーセージ、食べてみたいです」
ふたりはパンの間にソーセージと炒めた野菜が挟まって辛いソースが塗られている、それだけで一食になりそうなボリュームのソーセージパンを買うことにした。
「これはとても美味しそうだね。おばさん、ソースはたっぷり塗ってよ」
「はいよ、美味しすぎてほっぺたを落とさないようにお食べよ」
「あはは、気をつけるよ」
ミオッカが銅貨を四枚渡すと、焼きたてのソーセージパンがガサガサした紙に包んで渡された。と、子どもがミオッカにぶつかった。
「やられた! エア、これ持ってて」
ミオッカは素早くエアにふたつのパンを渡すと、人混みにまぎれそうになる子どもを追いかけた。お金の入っている袋をすられたのだ。
子どもは人々の間をすり抜けて走ったが、足場の悪い森を常に駆け抜けているミオッカの身のこなしには敵わない。
しばらく走って、人気のない路地に入ったところで子どもが振り返ろうとすると、脚に激痛を感じて転倒してしまった。
「いてっ!」
思わず舌打ちをして「くそ!」と吐き捨てた子どもは、転がったまま後ろを振り向いて固まった。
「あんた、狩人の財布をすろうなんていい度胸だね」
背の高い少女、ミオッカが、弓をびゅんと一振りして低い声で言った。
「それ以上痛い目に遭いたくなければ、そいつを返しなよ」
冷たく子どもを見る彼女がもう一度弓を振ると、再びびゅん、と空気が唸った。さっき子どもの脚を打って倒したのは、武器にもなる木でできた強い弓なのだ。本気で振るったら打たれた骨が折れるくらいの威力がある。
「それとも両手をちぎられたいのかい? スリは両手を切り落とされるらしいじゃないか」
「ちっ!」
子どもは脚の痛みに涙を浮かべながら、お金の入った袋を投げ捨てた。
「これでいいだろう! もうどっかに行っちまえよ!」
子どもは虚勢を張りながら、少し震える声で怒鳴った。だが、弓を持つ少女は「よくないよ。人のものを盗んでお咎めなしで放免されるとでも思っていたら、大間違いだよ」と恐ろしい顔でにらんだ。
すりの子どもは『この女は、ただものじゃなかった……』と、今更ながら標的に選んだことを後悔する。
狩人は身体を張って獣の命を奪う者たちだ。ミオッカもたくさんの命を狩ってきたベテランの狩人で、そこらに暮らす少女とは迫力が違う。
狩人に追い詰められた獲物には、喉を切られる未来しかないのだ。
「……くっそ! ああ、わかったよ、煮るなり焼くなり好きにするがいいさ!」
子どもは諦めて手足を投げ出し、大の字に横たわった。
「寒くて腹が減って、失敗した俺が間抜けなんだ。さあ、ひと思いにやれよ!」




