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稀竜と精霊の乙女〜アーゲルバインドの風〜  作者: 葉月クロル


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第10話 音楽

「ミオッカ姉ちゃん、すげえ歌だな!」


「ミオッカちゃん、いつもながら素晴らしいよ。きっと神様もお喜びになるよ」


「兄ちゃんも上手いもんだな。旦那じゃなくて姉ちゃんの楽師さんだったんだね」


「素敵な竪琴がミオッカの声に合っていて、とってもよかったよ」


「子分だなんて言ってるけど、音楽の仲間じゃないの……」


 ダラーの村人たちは、ミオッカとエアによる『ホーレイ』を口々に褒めたたえた。

 エアがミオッカの子分だと聞いて眉をひそめていた年頃の女性たちは、見た目が麗しく、素晴らしい音楽を奏でるエアを見て「ちょっと、かっこいいじゃないの」と頬を染めた。


 もっと聴きたいと言う村人たちにミオッカは「そらそら、まずは新鮮なうちに鳥をさばいてしまおうよ」と声をかけた。


「おなかが落ち着いたら、また歌うからさ」


 大きなオグロヅルは羽をむしられ熱湯につけられて、丸裸になったところを手際よくさばかれて、美味しそうな鳥肉となった。

 野生の鳥の身はしまっていて味が濃く、旨味が凝縮されているので、塩と胡椒を振っただけで素晴らしい料理になる。

 滴り落ちる脂をかけながら焼かれた鳥は、皮までぱりっと香ばしく焼けていて、焚き火で焼いたじゃがいもや、骨を煮込んでスープを取ったところにキノコや玉ねぎやにんじんといった野菜を加えてぐつぐつ煮込んだシチューと合わせるとたいそうなご馳走ができた。


 もう日が沈み辺りが暗くなってきたが、村の広場にはかがり火が焚かれて明るくなっていた。今夜のようなご馳走の時には、みんなで一緒に食事をとるのが慣わしなのだ。


「エア、オグロヅルは美味しいでしょ」


「はい。わたしはこの料理が好きです」


 美麗な見た目にそぐわず、鳥の骨を握って肉にかぶりつくエアは「美味しいです」と笑顔で言った。ふたりは夕飯をたらふく食べると、脂の付いた手を土で擦ってから水で洗って綺麗にした。


「わたしは歌うけど、エアも合わせられたら演奏してみてよ」


「わかりました。役に立つ子分はミオのために演奏します。楽しいです」


「それはよかったよ。子分だからといって、やりたくないことはやらなくていいんだからね」


 エアは少し考えてから言った。


「……ミオの役に立つことが、わたしが一番やりたいことだから大丈夫です。旅も楽しいし、演奏も楽しいです。美味しいごはんも楽しいです。わたしはどこまでもミオについていきます」


 澄んだ瞳でミオッカを見つめながら素直な言葉で気持ちを伝えるエアを見て、彼女はなんだか不思議な気持ちになった。


「いい子分を持って、わたしは幸せだな」


 そう言って、彼女は「ありがとうね」とエアの頭を撫でた。

 母親からの愛を充分に得られなかったミオッカは、メイニャに甘えて頭を撫でられるエイリナのことが羨ましかった。だから、これは彼女が一番してもらいたかったことであり、精一杯の好意の表現なのだ。



「それじゃあ歌うね。なにが聴きたい?」


 ミオッカがそう尋ねると、口々にリクエストがかかった。


「星の女神と子鹿の歌!」


「お姫さまと騎士の物語がいいな」


「狩人の心得、聴きたい」


 ミオッカはいろいろな歌を知っている。

 それは、父のレットクが野営の時に歌った素朴な歌だったり、メイニャがエイリナに歌っていたものをこっそりと聴いて覚えたものだったりする。

 特にメイニャは貴族の出身で、乳母から子守唄を聴かされて育ったし、淑女のたしなみとして家庭教師から品の良い歌や器楽を習ったせいで、ストーリー性のあるレパートリーが多かった。

 妹のエイリナは歌の才能はさっぱりだったので、結果的にメイニャの歌はミオッカが引き継いでいた。

 それから意外なことに、星読みのお婆も様々な歌を知っていた。星の動きから予言書を読み解くお婆だが、古い伝承にも詳しく遥か昔の物語を歌として覚えているのだ。

 ひとり暮らしが長いお婆は、たびたび遊びにやってくるミオッカを(決して口には出さないが)可愛く思っていたので、彼女がねだると歌って聴かせた。


 焚き火を前にして、テンポのいい曲をミオッカが歌うと、まずは元気な子どもたちが踊り出した。星空から逃げ出した子鹿を追いかける女神のユーモラスな歌のリズムに合わせて手を打ち鳴らし、男衆や女衆が代わる代わる踊りに加わり、ちょっとした祭りのようになって盛り上がる。

 エアも少し曲を聴くとすぐに竪琴を合わせることができて、ふたりの息はとても合っていた。


 何曲か歌って夜が更けてくると、今度は美しき姫君と騎士の悲恋の歌や、気まぐれな美女に恋をした若者の求愛の歌などしっとりと聴かせる曲になる。このあたりで子どもたちはベッドに入れられる。


 最後に、この楽しい時を過ごすことができたお礼に、夜の神に『ホーレイ』を捧げると、今夜は解散となった。


 ご馳走と音楽をもたらすミオッカは、父のレットクと共に何度も訪れているダラーの村でいつも大歓迎される。

 ナトの村と同様、この小さな村には宿もなく、村長の家ですら客間がない。そこでいつものように、納屋の片隅の山と積んだ干し草の上で泊まることになる。

 シーツでよく包み込んだ干し草のベッドはこの季節ならば充分に暖かいので、ミオッカとエアはありがたく休ませてもらうことにした。


 ふたりはマントを身体にかけて、干し草に並んで横たわった。


「この村の人たちは、みんないい人だろう?」


「はい」


 ミオッカの言葉に、納屋の天井を見上げながらエアが答えた。


「とても楽しい、良い夜です。ミオの綺麗な歌と、楽しい踊りと、美味しい食べ物と、気持ちの良い焚き火と、たくさんの良いものがありました。ダラー、良い村です」


「エアの演奏も素晴らしかったよ。みんなに褒められたね」


「嬉しい気持ちになりました。笑っているたくさんの顔が、綺麗でした。歌、音楽、とても大切で良いものです」


「そうだね、わたしも音楽は素敵で、素晴らしいものだと思うよ。みんなで声を合わせて歌う『ホーレイ』も大好きだよ」


「神様に感謝する歌ですね。ミオの『ホーレイ』は、とても、素晴らしい、素敵、大切な歌です。ミオはすごいです」


「ん……ありがとう……」


 うとうとし始めたミオッカを見て、エアは横になったまま器用に竪琴を奏で始めた。とてもゆっくりと爪弾つまびかれる弦の音色を聴きながら、ミオッカはぐっすりと眠った。

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