新人遊び人のパーティレストア ~その解散、ちょっと待った!~
その日、冒険者ギルドの窓口で小さな問題が起こった。
この街屈指のB級冒険者チーム『紺碧の一番星』が解散を申し出たのだ。
「そ、それで…宜しければ解散の理由をお聞かせ願えますか?」
対応したのは受付嬢のキューテさん24歳、職歴6年目のベテランだ。
少し太めだが愛らしい笑顔が人気の受付嬢で、隠れファンクラブまで存在する。
そんなキューテの前には20歳台の男戦士、女魔法使い、女僧侶が立っていた。
全員が憮然とした表情をし、視線を合わせようともしない。
誰も口を開こうとしなかったが、長い沈黙に耐え切れずに戦士が口を開いた。
「なんつーの?性格の不一致?的な?」
「はぁ?って~か、パーティとして成り立たないから解散するんでしょうが!」
「そうです!満足に後衛を守れない戦士なんて、コッチから願い下げです!」
「しょーがねーだろ!タンクだったウォルが抜けたんだ!それより呪文の発動が遅いマジカが悪い!それにキュレルもメイス持ってんだろ!ちっとは戦え!」
「こちとら一語一句間違えられないの!不発に終わったら全滅するわ!」
「酷い!女の子に前衛をやれって言うんですか!オリアは鬼畜過ぎます!」
戦士の言葉に魔法使いと僧侶が反論する。
それは冒険者ギルドでは週一回で見られる、よくあるパーティ解散の光景だった。
このパーティの解散理由はメンバーの脱落である。
タンク役だったウォルの父親が腰を痛め、農家を継ぐために田舎に帰ってしまったのだ。お陰で連携はガタガタ、ここ数回のクエストは失敗続きである。
「え、えっと…タンク役の補充という訳には……いかないですもんね…」
キューテがギルド内を見回すが、視線を合わせようとする冒険者はいなかった。
『紺碧の一番星』は高難度クエストを受ける分、一人当たりの役割が重大となる。
酒場で語られる武勇伝を知っているからこそ、その代役に立候補する者はいないのだ。
「つーわけで、今日で『紺碧の一番星』は解散っすわ」
「アタイも賛成、もう1日たりとも一緒に居たくな~ぃ」
「私も賛成です!」
「あ、あの…そういう訳にはいかないんです…」
「「「なんで!?」」」
キューテの言葉に3人が見事にハモる。
「そ、それはですね…過去4回のクエストが失敗してまして…その違約金が未納なんです」
冒険者ギルドは他の商業ギルドや王国から仕事を委託され、仲介手数料を差っ引いた額でクエストを発注する。クエストが成功すれば冒険者に報酬が渡されるのだ。
しかしクエストを失敗した場合は冒険者ギルドが委託元に違約金を支払う。
そして冒険者には違約金と仲介手数料の合計が請求されるのだ。
システムを見ると冒険者ギルドがボッタ喰っているに見えるが、仲介やクエストのランク査定、はては冒険者の身元保証などの雑務を行っているので、これでもカツカツだったりする。
「…ぁー、違約金か…俺、金ねーぞ?」
「あ、アタイは呪文書買ったばかりだからお金無いわよ…」
「今後の生活もあるので、お金を払いたくありません…」
3人が異口同音を口にする中、キューテは溜息を吐きつつ口を開いた。
「そ、それでは…新人冒険者の教育をしませんか?それなりの報酬が出ますし、3回ぐらいすれば違約金を返済できますが…」
「…ぁー、新人教育か…」
新人冒険者の教育とは、その名の通り新人冒険者を教育するのだ。
内容は簡単なクエストに新人を同行させ、冒険のイロハを教えるのである。
「あれって、ずぶの素人を連れてくんだよね~かっタルいわぁ…」
「けど報酬は美味しいんですよね…」
3人は頭を寄せ合って相談すると、諦めたように頭を掻いた。
「しゃーねーな…それ、引き受けるわ」
「で、では…出発は5日後になります。依頼はゴブリン退治、新人候補はこちらで決めますのでよろしくお願いします」
5日後。
街の入り口には戦士オリア、魔法使いマジカ、僧侶キュレル、そして2人の新人が集合する。新人の一人は大きな盾を持ち、もう一人は身長が3m程あった。
「どうも、タンクをいたしますカベィと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
「たか~いトコからコンニチワ!僕、遊び人のスインドで~す!」
カベィは40歳前後の普通のオッサンだった。
新人冒険者らしい厚手の服と皮の帽子、全身を隠せるような大きな木の盾を持っている。顔には新人らしからぬ疲れが見え、中年に相応しい腹回りをしていた。
挨拶の際に頭を下げたのだが、礼法なのかキッチリ45度まで腰を曲げている。
スインドと名乗った者は奇妙な格好をしていた。
赤白縦縞のピエロの衣装に赤鼻、フワフワ金髪に三角帽子を被っている。
声は変声前の少年の様で、派手な外見の為に年齢や性別も判らない。
本人の身長は子供ぐらいだろうが、身長よりも高い高下駄を履いていた。
「んぁ?てめー、冒険者ナメてんのか!?」
「え?うわっとっとっと!?」
戦士が高下駄に足払いすると、スインドがフラフラと彷徨い始めた。
右に左によたつき、最後にはバランスを崩して盛大に倒れ始める。
「うわ!あああああああぁぁぁぁ!」
スインドは倒れながら必死に両手を伸ばし、地面に接触する前にオリアを掴んだ。
すると掴まれたオリアのズボンとパンツが脱げ、晴天の下に下半身を晒してしまう。
「んぉっ!てめー、何してくれてんだッ!!!」
「い~からさっさとズボンを上げなさいよ!」
「わ、私は見てません!ナニも見てません!!」
「ててて、ひっどいなぁ~ちょっと遊んだだけじゃないかぁ~」
「スインドさん、大丈夫でありますか?」
カベィがスインドを助けていると、オリアが真っ赤な顔をして叫んだ。
「こんなバカの相手をしてられっか!キャンセルだ!」
「何言ってんの馬鹿、違約金が発生するっつ~の!」
「ここは半日我慢して、取り合えず新人教育を達成しましょう!」
「ゥングヌヌヌ…解散の為だ、解散の為だ…」
宥める2人に動きを止めるオリア。
「そうそう、さっさと終わらして帰ろ~よ~」
「スインドさん、ここは謝罪すべきだと思いますよ」
スインドは高下駄を脱ぎながら呟き、カベィは彼の言動を窘める。
オリアは腰の剣に手を伸ばそうとしたが、最大限の忍耐で抑えることが出来た。
森を探索して30分ほど、パーティは5匹のゴブリンを発見した。
一行は物陰に隠れ、オリアは剣を抜き、マジカが呪文詠唱、キュレルが祈り始める。
「いーか新人、冒険は舐められたら終わり、ゴブリンは気合いと根性だ」
「わかった!気合いと根性だね!」
スインドは復唱するとナイフを構え、躊躇いなく物陰から飛び出した。
その光景に3人の背筋が凍る。
ゴブリンは最下級の魔物だ。
子供の様に非力で作戦を考える頭もない。しかし子供の様に手加減を知らず、底無しに残忍なのだ。
新人冒険者はゴブリンを侮り、真正面から戦おうとする。
しかしゴブリンは1対1なんて行儀のよい戦いはせず、仲間が傷付こうがお構いなしに躊躇いもせずに攻撃してくる。ゴブリンとの戦闘は毎年、新人冒険者の最大の死亡原因に数えられるのだ。
「な、バカ、戻れ!」
オリアが手を伸ばすが、スインドを捕まえる事はできなかった。
勢いよく飛び出したスインドがナイフを構えて突進する。
「やぁ!ってってってって…」
しかし足を滑らせたのか、スインドは数回ケンケンすると盛大に転んでしまった。その手から放れたナイフが宙を舞い、一匹のゴブリンの顔にぶち当たる。
それがビギナーズラックで致命傷になる事もなく、ゴブリンは鼻血を垂らしただけだった。
「ギギギギギッ、ギギャ!」
「わ、わ、わ、たす、助けてぇ!」
「「「ギャギャギャギャギャッ!」」」
怒り狂うゴブリンが棍棒を構え、へっぴり腰で逃げるスインドを追いかける。
それを見て他のゴブリンは腹を抱えて笑い転げた。
「今だ!」
オリアの合図でマジカの呪文が発動、4匹のゴブリンが炎に包まれる。
奇襲で目と喉を潰されたゴブリンは成す術もなく、オリアの剣撃で倒れていく。
スインドを追っかけていたゴブリンは驚き、そのまま森の中に逃げていった。
「よっしゃ楽勝!」
「危ないッ!」
オリアの勝ち鬨の声をスインドが遮り、小石を後衛の背後へ投げる。
そこには棍棒を構えたゴブリンが2匹おり、1匹は小石で痛めた目を庇っていた。
しかしもう1匹がキュレルに狙いを定め、躊躇いもせずに棍棒を振り下ろす。
「キャァッ!」
「お任せを!」
いつの間にか移動したカベィが盾を構え、棍棒を難なく受け止める。
カベィはそのまま体格の劣るゴブリンを盾で圧し潰し、腰の短剣で止めを刺した。
キュレルも目の潰れたゴブリンをメイスで叩き潰す。
「オッサン、やるじゃねーか!」
「なに、お客様の罵詈雑言に比べれば、全然大したことはありませんよ」
「え、カベィさんはどっかの商会で働いてたのですか?」
「えぇ、これでも営業をしておりました。暴言や暴力の矢面に立つ事には慣れています」
「人に歴史ありってやつね~本当に助かったわぁ」
「何にしてもこれでクエスト完了!お疲れ様!」
「「「お前が言うな!!!」」」
3人のツッコミが見事にハモる。
帰り道、スインドが3人から説教を喰らったのは言うまでもない。
「し、新人冒険者の教育…お疲れさまでした」
「あー本当に疲れた!もう新人教育はコリゴリだー!」
「あと、このスインドって~のは駄目ダメ!絶対冒険者に向いてないわ~!」
「カベィさんに関しては、経験を重ねれば良い冒険者になると思います!」
労うキューテに3人が矢継ぎ早に苦情と報告を伝える。
キューテがそれを手短にメモると、カベィとスインドに目を向けた。
「と、ところで…初めての冒険はどうでしたか?」
「はい、とても勉強になりました。これからも精進しようと思います」
「僕はムリ~!楽しくもないし怒られてばっかりなんだもん!」
「そ、それでは…カベィさんは冒険者継続、スインドさんは資格返納で良いですね?」
「はい、よろしくお願いします」
「僕もそれでい~よ!」
スインドは首元から冒険者証を外すと、キューテに渡して外に行ってしまった。
カベィは腰を叩くと、3人とキューテに頭を下げてギルドを後にしようとする。
その背中にオリアが声を掛けた。
「なぁオッサ…じゃなくてカベィ、良かったらウチらのパーティに入らねーか?」
「え、私の様な新人で良いのでしょうか?」
「経験積めば問題ないっしょ!根性あるし、枯れ専のキュレルには持ってこいよね~!」
「助けていただいた事は感謝してます!ただその…恋愛感情は…まだ…」
会話が盛り上がり飲み会の相談をし始めた4人を、キューテは優しい眼差しで見送った。
4人と入れ替わるように、一人の女性がギルドを訪れた。
細身の女性はギルドの制服をしっかりと着込み、カツカツとヒールを鳴らしながら従業員入り口へ向かう。そして音もなくドアを開けると、その奥に姿を消した。
「あ、お疲れさまです…ギルドマスター」
「お疲れ」
キューテは執務室の奥に座る女性に紅茶を給仕した。
ギルドマスターと呼ばれた女性は紅茶を一口含み、小さく息を漏らす。
「『紺碧の一番星』…口は悪いが責任感があり、連携もきちんと取れている…良いパーティだ」
「は、はい…あのまま解散しては勿体なかったものですから…」
「キューテ君、あの人選は素晴らしかった。新人から礼節を教われば、きっとA級も近いだろう」
「い、いえ…ギルドマスターの尽力がなければ、上手くいきませんでした」
女性は薄く微笑み、紅茶を飲み干すと大きく伸びをした。
「さて、午前中の仕事の遅れを取り戻すか…キューテ君、重要度の高い書類から回してくれ」
「わ、判りました、ギルドマスター…ところで…」
「ん?何だ?」
「赤鼻、付けたままですよ?」
指摘された女性は目を丸くし、そして微笑みながら赤鼻を外す。
女性は指の間でそれを弄ぶと、何も無かったように消してしまった。
500年前、世界を救ったS級冒険者達がいた。
名を『黒曜石のナイフ』という。
神速剣のセヴェリオ、金剛盾のドゥルカネレ、溶鉄炎のクリシュトフ、天治癒のルエミーア。彼らの100にも及ぶ武勇伝は、今でも伝説として語り継がれている。
しかし『黒曜石のナイフ』に5人目のメンバーがいた事はあまり知られていない。彼女は1500歳のトレントと知恵比べをし、古代龍を諭し、3万の魔王軍を欺いた。最後には神すらペテンにかけ、不老不死を得たという。
その名も千面顔のガセネ、Lv999の詐欺師と伝えられている。