土浪早月の魔法――ルーン&オガム
※【】は見出しを、<>は魔法の名称を表す。
【ルーン】
<ルーン>の伝統はヨーロッパでもいちど断絶しており、近代に入ってから神秘家たちによって再発見され研究され始めた歴史がある。
<陰陽道>や<宿曜道>とは異なり、日本で認知されてからほとんど年数が経っていない。よって日本人の精神性や文化に合ったカスタマイズもされておらず、SSSはイングランド生まれの母を持つ土浪早月が加わったことで初めて組織として運用できるようになった。
<陰陽道>や<宿曜道>では考えられない利点が、かなり多くの魔法をルーンマスターでない者と共有できるところ。力を高める<ウル>、守りの効果を持つ<ベオーク>などの<ルーン>を対象者の爪に書いたり、文字を刻んだルーン・ストーンを持たせたりすると、その者がたとえ魔法使いでなかったとしても<ルーン>の効果が及ぶ。
早月のここだけの話:
「向こうで<ルーン>が廃れた理由って、ボクらの<鬼道>とそっくりなんだよ。あっちの人たちも案外、外国のモノ好きでさ、印刷技術が発達してラテン語で書かれた魔術書が大量に流入してくると、『何が書いてあるのかよく分からんけどスゲー!!』ってなって、当時の魔法使いたち、みぃんなラテン語の言霊を利用する魔法を研究し始めた。で、<ルーン>はあっという間に忘れられちゃったんだ。ひいお婆ちゃんから聞いたんだけど、ひいお婆ちゃんがイギリスで会った魔法使いは全員ラテン語ベースの魔法の使い手で、<ルーン>の存在を知ってる人さえ2、3人しかいなかったんだって」
【オガム】
<ルーン>と同じく文字を介して効力を生じるタイプの魔法で、使い方はあちらとほぼ共通。全く同じ意味を持つ文字が<ルーン>にもある<オガム>も多い。
<オガム>は本来ドルイドの間で受け継がれてきた魔道の一部だったが、ドルイドの伝統は長い歴史の中で完全に途絶えてしまい、<オガム>以外の魔法は痕跡程度しか残らなかった。<オガム>は近代以降<ルーン>と共に神秘家たちによって再構築され、辛うじて魔道と呼びうる程度の体系を取り戻した。<ルーン>は全ての文字の意味が解明されたが、<オガム>の復元はいまだ途上で、現在も使用に堪えない文字がいくつかある。
<ルーン>にもない<オガム>に固有の特徴として、補助や回復の魔法の種類が豊富という点がある。これは<オガム>が「木の魔力がこもった文字」であるため。<オガム>は全ての文字がいずれかの木と対応し、その木の持つ呪術的な特性に応じた効果を発揮する。
また、ドルイドは杖で対象者を「打つ」ことによって魔法を行使した。杖は材料となる木によって使える魔法の種類が異なるので、ドルイドは目的に応じて何本もの杖を使い分けていた。意識的にか無意識にか客体に「触れる」ということを魔法のトリガーとして毎回やっていたので必然的に、<オガム>は明確に対象を定め、それの状態を変化させる魔法ばかりとなった。
【フレイル】
原始的なフレイルは2本の棒を紐などでつなげた武器で、農民の反乱などで用いられた。後世、それらをより攻撃的に改良した、棘の付いた鉄球を鎖で振り回すフレイルが騎士の間で普及した。日本では「多節棍」という訳語で知られるが、字義通りの形状をしているのは前者で、土浪早月が使うのもこちら。早月の場合、頑丈なナイロン製の糸で2本の棒を連結させ、両方のバトンにルーン・ストーンやオガム・スティックを嵌めこむための窪みを開けている。
<ルーン>が刻まれた武器で現実に出土しているのはほぼ剣だけで、フレイルに彫られたという例は恐らくない。
早月がフレイルを使う理由は主に2つ。第一は射程の問題。敵の爪や牙が自分に届き得るような距離まで接近して白兵戦を演じるような度胸は早月には(というより、SSSの魔法使いには誰一人)ない。
第二は法律の問題。刃物を持ち歩くことは通常どこの国でも違法である。
早月が実は映画史について素人同然だと分かる発言:
「どうしてバイキングみたいに剣を使わないかって? だってほら、考えてもみてごらんよ。ボクが剣の柄に<クウェオース>を彫ったら、そりゃ刀身が燃え上がると思うよ。もはや”翡翠の騎士”のアレだよね? で、それを日本人のボクがブン回してみなよ。たぶん、意識してなくても侍みたいな足取りだったり太刀裁きだったりするだろうさ。何か、ヤじゃない? 光る剣でチャンバラするの。――ああ何か想像しただけで恥ずかしくなってきた!!」
【バインディング・ルーン】
<ルーン>では伝統的に、複数の文字を合体させてそれらを合わせた意味を持つ新たな魔法を創造する手法が多用されてきた。これを<バインディング・ルーン>という。と言っても<バインディング・ルーン>がプラスに影響するのは、文字を掛け合わせることで意味をより具体的に絞り込む場合に限られる。全種類の文字を彫ったからといって全ての<ルーン>を一斉に発動させられる訳ではない。火を意味する<ケン>と水を表す<ラーグ>のように、反発する作用のある<ルーン>同士を組み合わせると使用者にとって危険である。
土浪早月は<バインディング・ルーン>を、同じ意味を持つ<ルーン>と<オガム>を結合させて威力を高めるために使用することが多い。<陰陽道>で説かれる五行比和の法則に着想を得たもので、1足す1を3にも4にも高める技法である。
らんの疑義:
「曲がりなりにも<陰陽道>やっとる身ぃから言わせてもらうと、1人で魔法2つ同時に実行して五行比和の特典にあずかるって、なあんかウサン臭い気ぃするんやなあ……。まあ、実際に間違いなくシナジー出とるんやけど。こればかりは<ルーン>とか<オガム>うんぬんっちゅう以前に、早月の個人技能やな」
【フェオ】
家畜のルーン。守護神は愛の女神フレイヤ。
<フェオ>は専ら金運アップのまじないなどに使われる<ルーン>で、戦いに関連した意味は全くない。
【ウル】
野牛のルーン。
運命の女神ウルズが守護神といわれる割に、<ウル>の効果はパワー系。腕力などが上昇する。
晴日の落胆:
「ゲームだったらさ、魔法で攻撃力を上げて物理で殴るのが結局いちばん強かったりするでしょ? 私たちはダメなの。式神には肉体が無いから、物理は全く効かないのよ。だから早月ちゃんの<ウル>、完全に宝の持ち腐れね。――ちゃんと試してみたわよ、石投げて……」
【ソーン】
いばらのルーン。
守護神は雷神トールで、<ソーン>は文字の成り立ち自体がミョルニルをかたどっているともいわれる。早月は専ら<ソーン>を雷の魔法として使用する。早月もまた<ソーン>に対し無意識にミョルニルのイメージを投影しており、そのため彼女がこの魔法を使うと、フレイルの片方が半円のような光跡を描いて、敵の真上から打ち下ろされる。
【アンスール】
知恵のルーン。
魔法の神オーディンを守護神とする。オーディンは元来は風の神といわれ、<アンスール>も四大のうちの風に対応する。早月は専ら<アンスール>を風の魔法として使用する。<ソーン>の場合と同様、早月はこの<ルーン>に対しグングニルの印象を抱く。それゆえ早月が<アンスール>を使用すると、フレイルの片方が槍のように一直線に敵に向かって進んでいく。
風の元素に属する魔法の全般に言えることだが、木火土金水の五行には含まれないため五行相剋の影響を受けることがなく、相手がどの五行に属するか判別しがたい場合でも安定したダメージが見込める。
【ラド】
車輪のルーン。テレビゲームふうに言えば、素早さを上げる魔法。
スピードの<ラド>、守りの<ベオーク>、勝利の<ティール>といった味方に対して使う<ルーン>は、爪などに書いて発動させる。これらの文字を彫ったルーン・ストーンを身に付けるのでも効き目はあるが、戦いで服が破れるなどして<ルーン>が体から離れることを恐れて、早月は体に直接記すようにしている。早月たちは<ルーン>や<陰陽道>など各種の魔道が持つ事象の予測に関する魔法を駆使して式神がいつ現れるかをピンポイントで割り出し、予定時刻よりも前に<ラド>や<ティール>の装備を完了している。
早月の補足説明:
「<ルーン>の持続時間? 用事が済むまで、かな。別段、時間制限はないんだ。いったんセットしてしまえば、丸一日でも威力は落ちないよ。ただ、1回こっきりでない魔法は全部そうだけど、目的を達成したら魔法を終了したことを明確にする儀式が必要なんだ。ボクの場合だと、フレイルに嵌めたルーン・ストーンを外すとか、爪に書いた<ルーン>の染料を拭き取るとか。魔法って、どれも多かれ少なかれ意識状態を変容させるものだから、使い終わったのなら『これから日常の意識に戻りますよ』って自分に言って聞かせなきゃならないんだって。でないとずっとオンのままで、そのうち心身に不調をきたすらしいんだ。ボクあんまり詳しくないけど、催眠療法とかでも似たようなルールがあるらしいよ」
【ケン】
松明のルーン。守護神は大地の女神ネルトゥス。
四大のうちの火に対応する。早月は専ら<ケン>を火の魔法として使用する。
【ギューフ】
贈り物のルーン。
処女を庇護する女神ゲヴィウンを守護神に戴くことから想像できるように、<ギューフ>は戦い向けの文字ではない。内面の充足感を与える、非常に精神性の高い<ルーン>である。
らんの嘆き:
「<ルーン>には<ギューフ>とか<フェオ>みたいな生活に密着した魔法も多少はあるんやけど、ウチらの知る限りやと、世界の魔法の大半は『戦いのための道具』なんやで。<陰陽道>と<宿曜道>に至っては、小さい子ぉによう見せへんようなエグい術しかないし。嶺の<トゥス>すらそんな夢のない技ばっかしやって知った日には、衝撃を通り越して哀しなってきたわ。ま、魔法もしょせん人間が自分らのニーズを満たすために考えたモンねんから、こうなるんも自然の成り行きなんかもな」
【ウィン】
喜びのルーン。
苦労に見合った報酬を確実に受け取れるようにするまじないなどに使用され、戦闘に関係する意味はない。
【ハガル】
雹のルーン。
事象の予測に関する魔法を使った時に<ハガル>が出ると、タロットカードの「塔」が象徴するような出来事を暗示するとされる。その割に<ハガル>の守護神は冥府の女神ヘルという。
<イス>と同じく氷の元素に属する。あちらが相手を凍らせることに主眼を置くのに対し、<ハガル>は氷そのものを作り出して攻撃する。
早月の解説:
「<ルーン>ってイングランドでも北欧でも、いったん伝統が途絶えた後、近代に入って再発見されて魔道として構築し直されたものなんだ。だから、西洋に普遍的な四大を元素として想定するよ。でもね、<ルーン>だと氷も1つの独立した元素なんだ。しかも水よりも根源的な。ヘ理屈っぽい気もするけど、水は火と氷の化合物だって、言えなくもないでしょ? あとボクが化学キライなのは<ルーン>と関係ないから」
【ニイド】
必要のルーン。守護神は運命の女神スクルド。
<ニイド>が意味する必要とは、何かをするために無くてはならないものを欠いて思うように動けない状況。早い話が束縛である。<ニイド>は相手を捕えて動けなくする<ルーン>。早月はフレイルを使って<ルーン>を発動させるため、視覚的にはフレイルの片方が敵の周りを動き回って、その軌跡が鎖に変わって対象物を締め上げるような格好だ。
【イス】
氷のルーン。運命の女神ヴェルザンディが守護神。
氷塊をぶつけるような使い方になじむのは<ハガル>で、あちらの方が視覚的にはテレビゲームの氷魔法のエフェクトに近い。<イス>はあくまで「凍らせる」ルーンであって、氷を作り出すものではない。まともに受ければ人体でも凍結するので、爬虫類型のモンスターのように低温に弱い相手には<イス>の方が有効。
らんと早月のある日の会話:
「なあなあ早月」
「どうしたの、らん。さっき晴日すんごいふて腐れてたけど」
「あー、いや……。突然やけど、あんた<イス>で氷の巨人とか作って、ウチらの代わりに戦わせることってできる?」
「できるワケないじゃん。いつから<イス>そんな万能の魔法になったのさ? もちろん<ハガル>でもダメだよ」
「じゃあ、氷の手綱つくってケルピー手なずけたりは?」
「『ケルピー』ってアクセントの場所ヘンだから! いやそんなことより、氷で手綱つくったって曲がらないじゃん」
「ほな氷のオブジェ作るんは?」
「無理無理無理! そんなのわざわざ魔法使わなくても、3Dプリンタでやればいいじゃない!!」
「やっぱ1個もようせんかぁ。ちょっとがっかりやなあ」
「……ねえ、らん。どっかの孤立の王国の女王様がそれ全部やってなかったけ?」
【ヤラ】
年のルーン。
秋の実りなどに関係する<ルーン>で、戦いには向かない。
【エオ】
イチイのルーン。守護神はイチイの谷に住む冬の神ウル。
西洋ではイチイは死を強く連想させる木で、<エオ>も魔法としては死をもたらす。早い話が即死魔法。
【ペオース】
ダイスカップのルーン。
ダイスカップとは博打でサイコロを振るのに使う賽筒のこと。おまけに守護神が火の神ロキとくれば容易に想像ができるように、非常に気まぐれな<ルーン>。使うことでかえって不利になる可能性もあるので、慎重な早月がこれに頼ることはまずない。そもそも戦いが始まったらこの<ルーンの>存在自体を忘れている。
早月のマメ知識:
「ダイスカップってさ、アレだよ。時代劇とかでよく見る、サイコロの出た目の合計が奇数か偶数か予想して『丁!』、『半!』って叫ぶやつ。あれで中にサイコロを入れるのがダイスカップ。それを表わす<ルーン>文字があるってことは、ヨーロッパにも似たような賭け事があったってコトだよね。ちょっとオドロキだね」
【エオロー】
ヘラジカのルーン。
事象の制御に関する魔法における効果は防御で、早月は戦いが始まる前から自分や味方の爪にこれを書いておく。
【シゲル】
太陽のルーン。守護神は当然ながら太陽の女神ソール。
強い光を放つ。人間にとって直接的な脅威とはならないが、ヴァンパイアやトロルといった光自体が苦手な相手には十分に致命的である。
【ティール】
チュールのルーン。チュールは戦いの神で、このルーンの守護神でもある。
直接に戦闘における勝利を求める<ルーン>。これを爪に刻むなどして身に帯びておくと、とっさの判断が最良の一手となったり、風向きが常に自分にとって最も有利な方向だったり、といった幸運に恵まれやすい。明らかに無謀な戦に勝利できる訳でも、百戦百勝を約束する訳でもないが、<ティール>を使うと様々な場面で軍神の加護を受ける。
強いて難点を挙げれば、<ティール>のもたらす恩恵ははっきりそれと分かる形では現れないということ。それを己の力だと勘違いして<ティール>を使わなくなった時にこそ、この<ルーン>の魔力の強さを実感するものである。
【ベオーク】
白樺のルーン。守護神は愛の女神フリッグ。
保護を与える<ルーン>。同じく守りの意味を持つルーンに<エオロー>があるが、両者の間にははっきりした違いがある。
<エオロー>はヘラジカのルーンであり、ヘラジカが大きな角で外敵を自分の周りに寄せ付けないのと同様に、敵の攻撃が使い手に伝わりにくくなる。言い換えれば見えない壁に包まれているかのような状態になる。つまり<エオロー>は相手からもたらされる害を防ぐ魔法であり、「守る」という言葉をストレートに実行する。
対して<ベオーク>の守護はより無形的。母性あふれる女神に常に見守られているかのように、なぜか自分の方にあまり矢が飛んでこなかったり、万一当たっても急所を外れたり、といったことが起こりやすくなる。
影響の現れ方は<ティール>のそれに近いが、<ティール>は「戦いに勝つ」という目的に適った現象を招き寄せ、<ベオーク>は「自分が傷つかない。せめて生き残る」ことを優先する。
【エオー】
馬のルーン。
効果は<ラド>と同じくスピードアップ。若干、<エオー>は短距離走的、<ラド>は持久走的といった違いはあるが、大きな差はない。いずれにせよ、早月は式神が襲来する前にどちらの<ルーン>も発動させておく。テレビゲームに喩えると、<ウル>が攻撃力、<エオロー>が防御力、<エオー>と<ラド>が素早さ、<ティール>と<ベオーク>が運の良さを上げる魔法、とでもいえようか。
【マン】
人間のルーン。守護神は人類の祖先神ヘイムダル。
人間関係の円滑化や人脈を求めるまじないに使う文字で、戦闘にはあまり適さない。
【ラーグ】
水のルーン。
四大のうちの水に対応し、守護神も海神ニョルズ。早月は専ら<ラーグ>を水の魔法として使用する。
晴日のヤキモチ:
「<宿曜道>にも<バルナストラ>っていう水の魔法があるんだけど、元々専ら火を防ぐ技だったのをおばーちゃんが『切る』魔法としても使えるようにしたのよ。工業用のウォータージェットにヒントを得て。早月ちゃん、おばーちゃんに出会って<バルナストラ>の応用法を知ったら、さっそく自分の<ラーグ>でも試してみたの。そしたら1回目で成功したのよ。『今までの積み重ねもあるから……』とか早月ちゃん言ってたけど、初見でって何よ、初見でって!!」
【イング】
イングのルーン。イングは豊穣の神フレイの別名で、フレイはこのルーンの守護神でもある。
必勝の剣を自ら手放したフレイに対応するだけに、<イング>は戦いには縁のない<ルーン>である。社会的な成功や子だくさんなどを祈念する。
【ダエグ】
昼のルーン。
光の神バルドルを守護神とすることからも分かるように、元来穏やかな<ルーン>で戦闘には不向き。ただ、<シゲル>ほどではないがある程度の光を発するので、<シゲル>の光をさらに強めたい場合は有効。
【オセル】
先祖のルーン。
四大のうちの地に対応する。早月は専ら<オセル>を大地の魔法として使用する。
【オーク】
樫のルーン。
<オガム>にも同じく樫の木を表わす<ダル>がある。象徴する事柄はどちらも雷。早月は雷の魔法としてはルーンの<ソーン>とオガムの<ダル>を選ぶ傾向があり、<オーク>はあまり使わない。
【アッシュ】
トネリコのルーン。
俯瞰するような視点から問題の全体像を把握したい時に使う<ルーン>で、戦いには不向き。
【ユル】
斧のルーン。
「斬る」という動作に何らかの意味がある場面では役立ち得る<ルーン>だが、早月たちは攻撃には五行相剋の働く火や雷(木)の魔法を好んで使うので、<ユル>にはあまり出番がない。
【イアー】
墓のルーン。
<エオ>と同じく死を与える<ルーン>だが、早月は使用例の多い<エオ>を主に使う。
【イオー】
蛇のルーン。ここでいう蛇とは一説にはヨルムンガンドとも。
早月は毒を打ち込む魔法と解釈している。ただ、相手の生命力を奪うのであれば素直に攻撃した方が手っ取り早い訳で、SSSの魔法使いはこの手の技をあまり使わない。
【クウェオース】
火のルーン。
同じ火のルーンである<ケン>と比べて制御が難しく、早月は<クウェオース>にどことなく危険な印象を抱いている。
早月の補足説明:
「<ルーン>はイングランドだけじゃなくて北欧でも広く知られてたんだけど、最後の9文字は実はイングランドでしか使われた形跡がないんだ。中でも<クウェオース>以降の4つはスコットランドに近い限られた地域でしか見つかってないんだって。実用性が低いから廃れたって考えるのはまだ早いと思うけど、使用例が少なすぎるってことは、まだ安全性が十分に確認されてないんじゃないかなって思うんだ。ワクチンの治験と同じ話でさ」
【カルク】
聖杯のルーン。
国政の安定といった神仏にでも祈るような内容の意味づけがされている。さしあたり、式神相手に役立つ<ルーン>ではない。
【スタン】
石のルーン。
生身の人間の命を奪える程度の殺傷力はあるが、もっと気軽に使えて威力も高い<ルーン>はいくらでもあるので、早月はまず使わない。
【ガー】
槍のルーン。
斧のルーンである<ユル>と同様に、「突く」ことに特別な意味がある状況でもなければ<ケン>や<ソーン>を差し置いて<ガー>を使用する理由が見出しがたい。
【ベフ】
白樺のオガム。守護神は花から生まれた女神ブロダイウェズ。
同じく白樺の意味を持つルーン文字<ベオーク>と全く同じで、相手の攻撃を直接防ぐのとは異なる方法で使用者を守護する。早月は戦闘開始前にどちらも自身や味方に対して使用する。
【リシュ】
ナナカマドのオガム。守護神は3人1組の竈・月・技芸の女神ブリギッド。
ナナカマドよりも、<リシュ>という文字自体が火を意味する。早月は<オガム>に比べ<ルーン>の方が使い慣れているので、火の魔法としてはまずルーンの<ケン>を用い、五行比和による強化を欲する時に<リシュ>を追加する。
【ファルン】
ハンノキのオガム。
ハンノキは楯の材料として好まれ、おまけに<ファルン>の守護神はブリテンの守り神ともいえる伝説的な王ブラン。<ファルン>は<ベフ>と同じく、防御の力を持つ<オガム>だ。<ベフ>が目に見えない形で対象者を保護するのに対し、<ファルン>の使い方は楯そのもの。フレイルで描いた円とその内側にだけ敵を阻む力が働く。
守りの魔法を、早月はルーンの<エオロー>と<ベオーク>、オガムの<ベフ>と<ファルン>の全部で4つ持っている。<エオロー>は全方位の壁、<ファルン>は局所的な楯、<ベオーク>と<ベフ>は敵の攻撃が当たりにくくなるお守り、といったところ。早月は他の3つを式神が現れるよりも前に爪などに書いておくのに対し、<ファルン>だけはフレイルで発動させる。
【サリ】
柳のオガム。守護神は3人1組の竈・月・技芸の女神ブリギッド。
柳は月と同調する植物とされ、<サリ>の効力もルナシーをもたらすというもの。テレビゲームでいう「混乱状態にする技」に近い。だが早月に言わせれば、そんなまだるっこいことをやる暇があるのならとっとと攻撃して敵を倒した方が早い。
【ニン】
トネリコのオガム。
早月は専ら<ニン>を水の魔法として使用する。もっとも先にルーンの<ラーグ>を試して、それでも足りなければ<ニン>を付け加えるような使い方だ。
【ウアバン】
より正確にはウアヴァン。サンザシのオガム。守護神はサンザシの女神オルウェン。
サンザシは鋭い棘のある木で、<ウアバン>もまた棘で攻撃する魔法。ただ早月には槍のルーン<ガー>があり、それさえもあまり使う機会がないので、<ウアバン>はさらに影が薄い。
【ダル】
樫のオガム。
樫の木は西洋では普遍的に雷と結びつけられ、<ダル>の守護神もまた神々の父で雷神でもあるダグダとされる。早月は専ら<ダル>を雷の魔法として使用する。同じ元素に属する<ルーン>と<オガム>を組み合わせて五行比和を発生させる手法も、<ソーン>と<ダル>で最初に成功した。
早月のマメ知識:
「ルーンの<オーク>とオガムの<ダル>が表わす木って、英語でoakって呼ばれてるやつなんだけどね……。日本語には樫って訳すのが通例だけど、学問的には楢の木の方がより近いんだって。どっちもoakに含まれるのは間違いないみたい。でも英語圏の人がoakって聞いて真っ先に連想するのは楢らしいんだ」
【チーン】
ヒイラギのオガム。守護神は雷の神タラニス。
ヒイラギは命を象徴する木。<チーン>もまた生命力自体が弱まっている者に使えばある程度は活力を蘇らせることができる。ただ外傷を治す力はなく、それは<ギルカッハ>の領域である。
早月のマメ知識:
「『ヒイラギ飾ろう、ファララララ~♫』ってウィンターソングがあるじゃない。あのヒイラギ、春の訪れを祝うインボルクまでに家の外に出すのが習わしだったみたいだよ。――は? イワシの頭? 何か別の行事と混同してない?」
【コル】
ハシバミのオガム。愛の神オィングスを守護神とする。
知恵を求めるまじないなどに使われる文字で、戦いに関連した意味はない。
【キェルチュ】
リンゴのオガム。守護神は豊饒の女神ケリドウェン。
ドルイドはリンゴを万能薬と考えた。<キェルチュ>も毒や病気ぐらいならば治療することができる。なお傷口を塞ぐ魔法は<ギルカッハ>、生命力を補充するのは<チーン>である。
【ミン】
ブドウのオガム。守護神は光の神ルー。
ブドウ、ワイン、酩酊といった連想が働くためか、<ミン>の効果は「幻」。もっとも、何もないところに幻影を出現させるのではなく相手の精神に働きかけて幻覚を見るような不安定な状態に置く魔法なので、若干使いにくい。
【ゴルト】
キヅタのオガム。守護神は銀の輪の女神アリアンロード。
キヅタは他の木に寄生する植物で、大きく育つと宿主を完全に包み込み、一点の光も届かないようにして枯らすこともあるという。
事象の予測に関する魔法で<ゴルト>が出ると、内面的思索の迷宮に囚われるなどといった事態を暗示する。事象の制御に関する魔法では「闇」にまつわる事柄を司る。といっても周囲の光を奪って暗がりに変えるのではなく、敵の視界を奪うような効力である。
【ギルカッハ】
エニシダのオガム。
エニシダは治療を表わす木だが、<ギルカッハ>は文字としては「傷つける」という正反対の意味を持つ。<ギルカッハ>の本義は外科手術と同じで、その力は傷を塞ぐことを最終的な目的として行使されるが、いったんは体内への侵襲を伴う。要するに、最後は治るけど痛い。
早月の自虐:
「ロープレとかだとさ、回復役さえいれば他が欠けてもどうにかなるじゃん。でもボクらの場合、<チーン>も<ギルカッハ>もほとんど出番がないんだよね。現実問題、1回でも攻撃当てられたらたぶん死ぬし。そうならないように探知とか防御とか姿を消すとかいった魔法、戦いが始まる前から重ね掛けしてるんだし。――『魔法使いだけでパーティー組むからそうなるんじゃないの?』だって? はいはい、そーですよ!」
【ドライン】
リンボクのオガム。
守護神である戦いの女神モリグーは槍を携えることで知られるが、リンボクも同じように鋭い棘を持つ。この木は強力な、どちらかというと闇に通じる魔力を持つとされ、<ドライン>で突かれた者はたちまち深い眠りに落ち通常の手段では目を覚まさない。おとぎ話でいう王子さまのキスのような、いかなる呪いにも打ち克つ奇跡のような力(西洋では「愛」こそがそうだという)でもなければ、<ドライン>のもたらす眠りを破ることは不可能だ。
【リシュ】
ニワトコのオガム。
日本語表記は<ナナカマドのオガム>と同じだが、ナナカマドの音価はLで、対してニワトコはRから始まる。
ニワトコは非常に復讐心の強い木で、いちど受けた苦痛を、それを与えた者ともどもいつまでも覚えているとされる。同様に<リシュ>の効力は、言ってみてば「倍返し」。要するにカウンター系だ。
だがSSSに所属する魔法使いは、早月も含めて総じて紙耐久。打たれ強さは並の人間と変わらない。一発でも攻撃をもらえば危険なので、<リシュ>の出る幕はおよそない。
【ラウオーン】
モミのオガム。守護神は3人1組の竈・月・技芸の女神ブリギッド。現代アイルランド語でラウオーンは楡のことだが、Aの音価を持つ<オガム>には伝統的にモミか松を当てる。
モミは古くから楽器の材料に最適な木といわれ、同様に<ラウオーン>の象意も音に関連するもの。仮に相手がソナーのような器官を有しているのならば<ラウオーン>でそれを無力化することはできる。が、不確実であるため早月はおよそ使わない。
早月の補足説明:
「超音波で切断する? へー、まるで魔法みたいな話だね。でも<ラウオーン>じゃ無理だよ。どうもアレ、『共振させる』魔法らしくてさ、出せる音の高さは物体ごとに決まってるみたいなんだ。それ以前に、らんの<紅砂陣>はそれだけでも相手を切ったり砕いたりする力を持ってるからさ、わざわざ<紅砂陣>の砂に高周波をぶつけたって意味ないんだ」
【ハリエニシダのオガム】
未解明の文字の1つで早月も魔法としては使えない。
<ミン>と同じく光の神ルーを守護神とするが、あちらよりもより明確にルーの力を反映し、太陽に関連した意味を持つと考えられている。
【ウール】
ヒースのオガム。
文字としての意味は大地。早月は専ら<ウール>を大地の魔法として使用する。
【ポプラのオガム】
ポプラのオガムは2種類あり、そのうち1つは未解明で早月も使用不可。
【ウール】
イチイのオガム。守護神は大地の女神バンバ。
片仮名にすると<ヒースのオガム>と変わらないが、最後のRの発音が若干異なり、<ヒースのオガム>の方はロシア語の軟音にわずかに近くなる(「リ」のように聞こえる)。
<ルーン>にも同じくイチイの意味を持つ<エオ>がある。<エオ>は死をもたらす<ルーン>だったが、輪廻転生を信じるドルイドにとって死は新たな肉体をまとって再びこの世へやって来る契機でしかなく、単に別の生き物に姿を変えるのとほとんど同列に扱われている。
<ウール>の効能はまさにこの「転生」で、この魔法を受けると直ちに他の生き物に変容する。「いったん死を迎えた上で生まれ変わる」のか、「姿が変わるだけでそれ以前の人生が継続する」のか、厳密に区別することは不可能だし無意味だ。
【アウバ】
2種類ある<ポプラのオガム>のうちの2つめ。より正確にはアウヴァ。
ポプラは風と非常に強い関連性を持つ木。早月は専ら<アウバ>を風の魔法として使用する。
【オール】
マユミのオガム。
マユミは特に女性の祈りに深く共鳴する木といわれるが、<オール>はどちらかというとまじない向けの<オガム>で、戦いには実用性を見出しがたい。
【イリン】
スイカズラのオガム。
「香り」に関連した意味を持つ。もしも嗅覚が非常に鋭い敵がいれば攪乱することができるが、素直に攻撃した方が早いし確実なので早月は戦いでは使わない。
【ペーニェ】
松のオガム。
松は「らせん」を象徴し、ヨーガでいうチャクラと同様、スピリチュアルな力の伝達をうまくパスすることに長けるとされる。それゆえ<ペーニェ>の使用法も他の魔法の増強。<ベフ>やルーンの<ティール>などのように、戦いが始まる前に爪に刻んでおく文字である。
【ミル】
楡のオガム。
楡はトネリコと同じく、水との関係が非常に深い木。さらに<ミル>は文字自体も海を表わす。早月は水の魔法として最初にルーンの<ラーグ>、次いでオガムの<ニン>を選ぶことが多く、あまり<ミル>は使わない。
【ファー】
ブナのオガム。守護神は雄弁の神オグマ。
知識という意味があるが、これと言って式神を相手にして役立つ効果はない。