6.教養を身につける(裏)
わたくしの名前はリーリャ、デトロイト家に仕えるメイドでごさいます。職歴は長く、いわゆるベテランになります。このくらいの勤務年数になりますと、様々な行事や人間関係のあれこれも一通り経験し、想定外の驚きなどどは無縁で、心穏やかに、淡々と業務を遂行していくのが普通と思っております。
しかし3年前、長女様シンデレラが生まれましてからは驚嘆することが多く、また心穏やかとはいいかねる毎日となっております。
まず、お生まれになったときから、彼女は今まで見てきたお子様たちとは異なっておりました。難産でも何でもなく、出産に何も問題はありませんでした。だというのに、長女様はお泣きになりませんでした。冷や汗をかいたものです。なにせ生まれてすぐ泣かない赤子は知能に障害を抱えていることが多いのですから。
しかし、不敬を承知で懺悔しますと、「知能に障害があるほうがどれほど良かっただろう」と時々考えてしまいます。
と言いますのも、目を開けた時、死産なのかと思ったほど無表情に見えた長女様は、抱き上げていた家長フレディ様をじっと観察し、その後、四肢を1本づつ動かし動きを確認したかと思えば、口から泣き声とは明らかに異なる、しかも言語的な抑揚のある嗄れた音を発したのです。
フレディ様もこれは明らかに異常と感じたのでしょう。
「まさかとは思うが、私の言っていること理解してはいないよな」と話しかけると、彼女はおぞましい笑顔を作り、ケラケラと笑い出したのです。それを聞いてわたくしは不安になりました。何の根拠もないが、この赤子は危険だと。
長女様はシンデレラと名付けられました。
不気味な子供でした。一切泣かないし、騒がない。若輩のメイドには、体が弱いかもしれないが手間がかからず良いといっている者もいましたが、そんなのんきなことを言っていられるもの最初だけでした。
シンデレラ様は這うことができるようになると屋敷の中どこにでも移動しはじめました。屋敷中、どこにでも、です。子どもが怖がるであろう物置や掃除道具入れ、暖炉の中などにも。どうやったのか二階に上がっていたこともあります。
また、少し目をはなしている間にいなくなり、探して見つけ出したとき、たいていの場合彼女は笑っていました。
ある時はケンカする衛兵を見て
ある時は不自然な揺らぎ方をする蝋燭の火を見つめて
またある時は洗濯前の乙女の下着を見つめて
シンデレラ様は、口の中で何かをブツブツとつぶやいては、気持ちの悪い笑みを浮かべて笑うのです。それは生理的嫌悪を覚える笑みでした。
そんな頃、魔術により操られた毒虫が館に侵入したことがありました。恐ろしい出来事です。
しかし、それ以上に、シンデレラ様がその虫を叩きのめし「しょせん虫よ、噛まれたら大変?もっと痛い経験をしたことあるから大丈夫よ」と発言された事実を、わたくしはより恐ろしく感じます。一歳の幼児がこのご対応、明らかに不自然です……聡明さを超えた恐ろしい何かがあるのではと疑わずにはいられないのです。
そんなシンデレラ様は、先日3歳になりました。年齢不相応に、最近は武器の観賞と史実の勉強に熱中しておられます。もちろん一人で武器庫に入るなど許可されるはずはなく、付き添いがいるのですが、世話係としてわたくしに白羽の矢が立っています。従者として穏やかな笑顔を心掛けますが、人を殺傷する武器を見て喜ぶ彼女を見ていると、どうしても口元が引きつってしまいます。
また一方で、3歳とは思えない、恐るべき知能の高さを見せて、史実の勉強として悪魔との戦いを真剣に学ばれています。人類側が圧倒的な劣勢から、悪魔の慢心の隙をついて薄氷の勝ちを得た物語です。そんな物語を読み聞かせていると、シンデレラ様がポツリといいました。
「私はこんなマヌケにはならないからね」と。
震えました。わたくしは取り返しのつかないことを教えてしまっているのではないか、という恐怖があります。そういえば、数年前にメイドの間で、近年国のどこかに悪魔が転生するという噂話がありました。当時はくだらないうわさと一笑に付しましたが、もしかして彼女が……
デトロイト家にはよくして頂いた恩もあり、終身お仕えする気でいました。
しかし、先日よりお声がけいただいている王宮に移った方がいいように、今は思います。
どうか遠くない未来、大きくなった彼女と再会する機会が訪れませんように。