4.虫退治(裏)
密室で2人の男が唾棄すべき悪事を企てていた。1人はデトロイト家と敵対する貴族、もう一人はお抱えの暗殺者である。貴族は水晶玉をのぞき込んでいる、一方で暗殺者はソファにもたれかかり、閉眼して微動だにしない。
「ふん、虫への憑依魔術とは気味が悪い。金のもかかるしのう。とはいえ効果は折り紙付きか」
貴族の男はひとり呟く
暗殺者は魔術によりムカデを改造した毒虫に憑依し、その視覚を水晶玉を通して貴族の男と共有していた。これは魔術の中でも外法に位置し、猛毒の激痛でショック死させる方法としてかって猛威を振るった禁術である。現在は「防虫の結界魔術」という対策が確立したことと、「憑依対象のダメージは術者に跳ね返ってくる」というデメリットが大きすぎることから、この術の使い手はほぼいない。ただ、暗殺者の男は数少ない例外であった。
例外となれた理由は2つ
ひとつは、男が凄腕で、ある条件下では結界魔術の影響下であっても多少は動けること。
もう一つは、弱体化した状態でも低リスクで暗殺可能な対象がいること、である。
「防虫の結界魔術は月の魔力を使うので昼は効力が落ちる。とはいえ足音は消せず動きも鈍く、夜より目立ち危険となる。ただし、うまく潜伏しつつ、赤子が一人の時を狙えば虫の脅威に気づかず反撃の危険もない……だったか。まったく恐ろしいものよ、敵にまわさんでよかったわい。」
そう、二人は、1歳になったばかりのデトロイトメタル家の長女、シンデレラの暗殺を企てていた。言語の理解もあやしい、ようやく歩けるようになった程度の幼子を、である。
「しかし、圧倒的な優秀さで頭角を現してきたあの両親の子供だ、幼いうちに芽を摘むに越したことはない」
敵対する男の一族は、まっとうな貴族としての才覚ではデトロイトメタル家に大きく劣っていた。それでも今まで貴族としてやってこれたのは、今回のような裏工作を、代々行ってきたからである。お抱えの暗殺者一族とも長い付き合いだ。
「と、好機が来たようだな」
水晶玉には、リビングで一人絵本をめくっている幼子が見える。乳離れをし、母親から離れる時間も増えたのだろう。メイドも現在は離れているようだ。カサカサと暗殺者が憑依した毒虫が近づいていくが、幼子は一度ちらりと視線をむけたきり、こちらを気にする様子もない。
「よし、もう少しだ……と、なに!?」
幼子は急にこちらを向き、両手で本を持ち、こちらを攻撃してきた。
「ゴハァ!!」
「ひぃ!」
暗殺者の男の口から苦悶の声と吐血が漏れる。貴族の男は悲鳴を上げた。
続けてベキベキと全身の骨が砕ける音が聞こえる。水晶玉の映像を見ると、幼子は明確な害意を持って、憑依した虫を何度も踏みつけているようだった。こちらを、はるかな高みから冷徹に観察するように見下す顔と、靴の裏が交互に映り、そのたびに暗殺者の男の四肢があらぬ方向へ曲がっていく。
グロテスクな光景に半狂乱となりながら、貴族の男は思った
(まさか、憑依魔術で暗殺に来たことに気づいておったのか?そして、いつでも殺せるのに、まるで虫をいたぶるように楽しんでいる!?)
と、そこで本来なら邪魔、今回では救いの手がはいる。騒ぎを聞きつけて屋敷のメイドが駆けつけてきたらしい。混乱に乗じて瀕死の虫は家具の隙間へ身を潜めた。そこでじっと身を潜め、耳を立てていると幼子が話すのが聞こえた。
「しょせん虫よ、噛まれたら大変?もっと痛い経験をしたことあるから大丈夫よ」
恐ろしいセリフを聞き、震え上がった貴族の男の股に温かい液体がシミを作っていく。そして思う、あの幼子……いや「奴」は明らかに魔術のことを知っていた、そしてショック死させる毒より痛い経験とはなんだ?経典にある地獄の責め苦くらいしか思いつかない
そしてこう判断した。
この国のどこかに傾国の悪魔が生まれ変わるという予言……「奴」がそうに違いない
デトロイト・メタル・シンデレラ、奴こそ悪魔の子であると
彼女はこの世を地獄に近づけるため、これから嬉々として活動を始めていくのだと
余談であるが、この日以降、お抱え暗殺者を失ったこの悪徳貴族の一族は衰退していった。
また貴族を対象にした暗殺事件も多きく減ったという。