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豚、魔獣を斬る

 グルングルにおける薬草採取とは、決して初心者が受ける簡単な依頼ではない。

 グルングルは荒れ地と紅い鉱山に囲まれた街。流通は悪くないものの、目立って立地が良くはない。

 故に困るのは肉や鉄ではなく、薬草や果実、野菜のような自然の実りの方。流通で日常分を手に入れることは難しくはないが、それ以上を望むのであれば当然自ら趣くしかない。だからこその冒険者である。

 

 そんなわけで、街を出てから紅い地肌の荒れ地を暫し歩き、やがて現れる大空洞。

 その名を紅山の緑地(レッドオアシス)。この辺り一帯の総称である紅蓮山脈(サラマンガルド)の中にある、緑と水の楽園。近辺において最も確実に、けれども辿り着くことが容易ではない緑の育み場である。


「しかし相変わらず良い声ですねぇ」

「それはどうも。……で、何故付いてきた?」 

「いや、あははっ、いいじゃありませんかぁ。あはははっ」


 指定されていたいくつかの薬草を摘みながら、近くの岩場で腰を下ろした少女に問いただす。

 けれど黄金髪の少女──ヘルナは曖昧に苦笑うだけ。

 道中で語られたのは名前と一人旅に出ているということだけ。それ以上は露骨に濁してくる。

 街中でも確認したが実力は確か。旅には慣れているのか大したお守りも必要なく、俺が足を緩める必要もなかった。

 道中での会話に悪意はなかったが、それでも疑念は拭えない。付いてくる理由も意味も、頭を使うのが苦手な俺では推測出来なかった。


「迷惑、でした?」

「……いや。だが物好きだな、こんな豚に付いてくるなど。その腕であれば、早々にギルドへ向かう方が利口だろうに」

「えへへぇ、その予定だったんですけどね。その前に目的の人物が見つかったー、的な?」


 まるで俺がその目的の人物であると言わんばかりに、ちらりと視線を向けてくるヘルナ。

 その視線を流しながら最後の一房を積み終えて、紐でまとめてから鞄へと放り込む。

 

 これを納品すれば依頼は完了。後は自分で必要な分を見繕い、街へと帰還するだけで終わりだ。

 ただその前に、この少女について片付けておきたい。

 こちらはもうすぐ旅立ちの身。この出で立ちの少女に下手に粘着されれば、それはとても面倒極まりない自体に繋がりそうだ。


「生憎だが、いくら問われても答えは変わらない。()()()()()()()()()、そしてヘルナという名。まるでどこかの第三王女を思わせるが覚えはない。……そういえば、君の歳もその王女に近いのではないか?」

「な、何言ってるんですか! 尊き血筋であるお、王族がこんな所にいるわけがないじゃないですかー! やだなもうー!」

「だろうな。俺もこんな場所で不敬罪など問われたくないからな」


 第三王女と例えた際に、えらく大げさな焦り様で誤魔化そうとしてくるヘルナ。

 嘘が下手なのか、或いはそれすら欺くための小芝居なのか。

 どちらにせよ、やはり悪意の色は見られない。……やはり分からんな、どんなに考えようと無駄か。


「あ、あのー、ちなみにわたしが本物の王族だったら……どうします?」

「早急に街までお送りしましょうヘルナ殿下。後はあの街の長めに頼っていただきたい。下賎な冒険者の身である私めは、それでお役御免でございます」

「あーうそうそうそっ! わたし王族じゃない! 何の変哲もない、ただの旅人ですよーっ!」


 何を言うか。その剣、その佇まい、その清潔さ。どれをとってもごろつきとは思えないだろう。

 ……やはり王族、いやまさか。流石にそれはあり得ないか。

 王族が一人で旅をするなど聞いたことはない。もしもにしても、護衛の一人は付けるはずだ。

 そもそも金髪など珍しいものでもないし、琥珀色の瞳も王族唯一のものというわけではない。

 更にはヘルナという名が偽りという可能性もある。何にしても、所詮はこの場だけの出会いと関係。そういうことにしておくのが利口な生き方であろう。


「そ、そういえば王族と言えばあの捜索願についてはどう思います? 小太りな冒険者、もしやピグスさんのことだったり?」

「ぶふっ、確かにそうかもな。だが自ら王城に顔を出すには、あの一枚は少々端麗すぎるというものだ」

「あー……確かにちょっとやりすぎたかなぁ。結構記憶だけで描いたから……」


 ?? 小声で聞こえないな。まあ、乙女の秘密に深入りするのは男としても豚としても野暮だろう。


「俺はこれで帰るが、ヘルナ、君はどうするんだ?」

「あ、はい。ご一緒させていただこうかなと。わたしも、ここに用がありませんし」


 どうするのかを尋ねてみると、付いてくるとぴょんと岩から飛び降りるヘルナ。

 果たして何がしたいのか。一体どんな意図があるのか、やはり繊細な女心など豚には分かるまい。

 

 小さな泉で水を汲み、忘れ物はないかと確認してから紅山の緑地(レッドオアシス)を後にする。

 いつもの七割程度の歩に、ひょこひょこと隣を付いてくるヘルナ。

 それにしても二人旅、それも可憐な少女とは少しばかり緊張してしまう。

 依頼を受けるにしても一人が常。所詮は豚であるが故、年頃の娘との接し方など心得ていないのだ。


「ふんふんふー♪」

「上機嫌だな」

「そうですか? いやまあそうかもですね♪」


 弾んだ足で荒れた地面を進んでいくヘルナ。

 こんな豚の横を歩いて何が楽しいのか。搾る金など、この自慢の脂肪ほどもないというのに。


「そうだ。一つお願いがあるのですが、良いですか?」

「……聞かせてくれ。無理でない範囲で、叶えられる程度であれば応じよう」

「ほんとですか! あ、あの! もしお時間があるのなら、この後一つ手合わせを──」


 そう言いかけたヘルナの口が止まってしまう。

 同時に俺も、正面からひしひしと感じる殺気を捉える。人が発する濁り渦巻いたものではなく、混じりのない純然たる殺の念を。

 

「……っ」

「鎧豚、魔獣か」


 遠方にて留まる禍々しき魔の気配を帯びた赤錆色の肌。人の背丈を越える大きさの四足の獣。

 魔獣。魔に汚染され異なる構造へ成り果てた、(けもの)であってそうでない(けだもの)

 学者ではないので細かい理屈や原理は理解していない。故に少し特殊で強力な、生存をより優先して人を襲う獣だと俺は定義している。

 しかし妙だ。グルングル周辺で魔獣の発生など滅多にない。それに鎧猪の生息地域はこの辺りではなく、紅蓮山脈(サラマンガルド)から少し離れているはずなのだが……はぐれ個体が運悪く堕ちたのだろうか。

 

「思わぬ稼ぎ時か。……どうした、怖いのか?」

「え、ええ。昔魔獣とはちょっとあって。……大丈夫です」


 俺をというより、どこかヘルナに狙いを定めているかのように見受けられる魔獣。

 そんな殺気に震え声ながら気丈にも笑い、ヘルナは震えた手で自らの剣を抜き応戦しようとする。

 抜かれたそれは細い刀身。斬るというより突くことに特化した、予想通り刺剣の類であった。

 だがその様では戦闘はさせられない。勇気を奮っての抜き損だが、ここは俺に任せてもらおう。


「そうか。では下がっているといい。こいつは俺が斬るとしよう」

 

 腰に携える自らの剣を抜き、怯えに瞳を揺らしたヘルナを手で制す。

 意外にもヘルナは素直に下がり、俺はどしどしと自らの身体を弾ませながら魔獣の下へと近づいていく。

 結構。下手にプライドや恐怖を優先せず、自らを見つめることの出来るのは美徳。俺が駆け出しの頃よりも、よっぽど立派な選択だ。


「堕ちた命よ。せめて安らかに」


 巡り会ってしまった不幸に、そして既に堕ちてしまった哀れな命へ祈りつつ。

 それでも相手は魔獣。喰らうためでもあるが、同時に弄ぶために人を狙う我ら共通の敵である。

 故にその存在を放置してはおけず、相手もまた見つけてしまった獲物を逃がすことはない。

 

 三回ほど蹄で地面を蹴り、そしてこちらへ突進してくる鎧猪。

 その風貌らしく真っ向から、魔中は自らよりも小さな豚を挽き潰すべく向かってくる。

 硬い皮膚に巨躯。単純で、単調で、けれど圧倒的なまでに摂理にかなった殺し方。加えてこの細道では、逃げ場所はないだろう。


 構えは大きく。されど、決して敵から視線を放さずに。

 魔獣に負けじと力強く。されど豚ではあるが人らしく、割れ物を扱うような繊細さで。

 そして跳ねるように地を踏み蹴り、肉薄した魔獣の腹へと一閃。その一太刀にて魔獣を二つに両断する。


「す、すごい……」

「終わりだ。さて、解体してしまおう」


 数度振り、血を払ってから剣を鞘へと収め。

 それから倒れるこの巨体を、どのようにして持ち帰ろうかを少し頭を悩ませていると。

 まるで信じられないもので見たかのような驚愕と、されど同時に感動を滲ませたような輝く琥珀の瞳がこちらに向けるヘルナ。

 ……ふむ、魔獣の討伐が珍しかったか。確かに鎧猪ほどの獣が堕ちた(けだもの)を、単独で討伐出来る冒険者など少ないからな。

 しかし豚が豚を狩ったのだ。一度引けば後に残るは感動ではなく、絵面の滑稽さだろうがな。

 

「あ、あの! すごいです! こんな魔獣を一刀両断って、あのときみたい……!!」

「あのとき?」

「やっぱりわたしに間違いは無かった! あなたは間違いなく、あのときのふとっちょ冒険者さん……!!」


 こちらへ駆け寄って俺の手を掴み、ぴょんぴょんと跳ねながら腕を振ってくるヘルナ。

 快活なその姿に少しばかり困惑しながら、しかしやはり彼女の言葉の真意を掴みきれない。

 あのときの冒険者……うーむ分からん。

 このように可憐な少女であれば、それこそ記憶の片隅でも残っているとは思うのだが。


「お願いがあります! わたしの、どうかこのヘルナの依頼を受けてくださいませんか?」

「……なに?」


 ヘルナはその琥珀色の瞳で真っ直ぐ俺の顔を見上げながら、そう俺へと頼んでくる。

 思惑でどうであれ、手を握られそのような目で見つめられるとつい鳴いてしまうぞ。それはもうぶひぶひと。

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