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花粉症令嬢シリーズ

続々・花粉症令嬢は運命の香りに気付けない。~巻き込まんといてください。~

作者: 藤 都斗

 


 春の国。それは、草木が年中花をつける、常春の楽園。つまり。


「花粉症には地獄なんよこの国」


 プラチナブロンドと同じ色をした瞳を、かゆみから守るために出た涙で濡らしながら、ぐすぐすと鼻をすする。

 キャロル・リンドブルム子爵令嬢、通称『鈴蘭の君』。そんな通り名を付けられるほどに可憐で、天使のような彼女だが、そんな儚い外見に反して中身は粗野で適当、そして儚さとは真逆の図太い神経を有した、巨大過ぎる猫を被った令嬢である。

 何の因果か、草木の花々が咲き誇る春の国に、前世と同じ重度の花粉症として生まれてしまった彼女は、現代日本からの転生者である。

 とはいえ『花粉症対策の知識』以外は殆ど覚えていないので、この世界で生きる分にはそれなりに上手くやって行けていた。花粉以外。


「うん、キャロルは頑張ってるよね。猫もちゃんとかぶれてるし」

「むしろなんで兄者は花粉症じゃないん。腹立つんじゃが」


 そんな彼女から理不尽な怒りを向けられながらも、慣れているのか全く気にせず、よしよしと優しく笑って彼女の頭を撫でるのは、実の兄、ローランド・リンドブルム子爵令息である。


「うーん。その、かふんしょー、って免疫力が高過ぎてなるものなんだろう? じゃあ僕は免疫力がキャロルよりも低いんじゃないかなぁ」


 はんなりと微笑む兄は、父譲りのミルクティーブロンドの癒し系美青年である。瞳の色は母譲りのエメラルドグリーンだが、それを見た者は少ない。

 昔からおっとりしていた彼は、小さな頃から幽霊が見えたり妖精が見えたりしているらしいので、妹とは全く違う理由で常に目を細めて生活していた。だって怖いもん、とは彼の切実な言である。


 ちなみに、そんな兄を持つ妹、キャロルの感想としては『総受けっぽいなこの兄』である。ちなみにこの『総受け』が何かはあんまり分かっていないが、なんとなく雰囲気でどういうものなのかは理解出来てしまっているらしい。誰だこいつをこんな令嬢にしたのは。

 なお、キャロルと同じ白金色の瞳を持つ父はというと、瞳の色素が薄すぎるせいか紫外線とか太陽光に耐えられず、花粉関係なく薄目で生活していたりするので、リンドブルム子爵家は四人中三人が薄目で生活している事になる。が、今はこのくらいで割愛しておこう。


「解せぬ……つーかなんで仲間が誰も居ねーんよこの国……何が嬉しくて花粉と受粉させられそうになってんの……やだこれ……受粉はワシと同じ人間族でお願いします」

「キャロル。僕の前だからって猫脱ぎすぎだよ。ちゃんと着て。あと色々言い方とか考えて。お願いだから」

「え?」


 え? じゃねぇよ、と兄は思ったが、それでも口に出さなかったのは彼が優しいのではなく、面倒臭がりだから、というのが主な理由であったりする。だが、その主な原因はこの妹だからなのかもしれない。


「まあいいや、……色々と調べたけど、過去にはキャロルと同じ病気の人居たみたいだよ?」

「え、そうなん?」

「うん、全員が狂死したみたい」

「あー……うん、そっかぁ」


 今になって知らされた悲惨すぎる事実に、キャロルはついなんとも言えない表情をしてしまった。さすがにこれは仕方ないと言えよう。


「原因も分からないし、何をやっても治らないから、不治の病だと伝わってるみたい」

「かわいそうに」


 いやその病気お前もそうなんだけど。と口に出さなかった兄は本当に出来た兄である。


「だからキャロルは凄いんだよ」

「やったぜ。もっと褒めろください」

「うん、キャロルすごーい」


 本当に出来た兄である。大事なことなので二回言いました。


「えへへぇっべそん!」

「あー、ほら鼻水」

「うぇぇい」


 照れ笑いする妹がそのまま鼻水を噴出させたのを見て、優しい兄はハンカチでそれを拭う。


「はー、もーまじ花粉しね」

「ほらもう、また猫脱げてる」


 そんな二人は、傍目から見るととても仲睦まじい恋人同士に見えてしまいそうだが、血の繋がった実の兄妹である。

 二人がこうして共に居るのは、キャロルの婚約者。秋の国ルピフィーンの王子、セレスタイン・ポラ・ルピフィーンが、溺愛している『病弱なキャロル』を一人で放置したくないとキャロルの実家、リンドブルム子爵家に相談した結果である。

 年齢も近く、同じ学園に通う面倒見のいい兄が駆り出されてしまったのは仕方ないと言えよう。


 この世界での婚約とは、『運命の香り』をお互いに感じたからこそ結ぶものである。つまり、ゆくゆくは結婚するのが当たり前であり、それが覆ることはほぼ無い。

 しかしそれは、絶対に無い訳ではない、ということでもある。


 学園に通うことによって、婚約していても『運命の香り』を見付けてしまうということだってあるのだ。









「アデライン・ストローム! お前の度重なる蛮行は許されるものではない! この場を借りて、貴様とこの僕、ラインハルト・フィラキシスの婚約は破棄させてもらう!」


 なんかすぐ近くで大きな声がして、びっくりした。

 えええ、なにいきなり。と思った次の瞬間、誰かに抱きしめられた。


「そして僕は、キャロルと婚約する!」

「は?」


 なんでやねん。


「…………な、なんてこと……!」


 いや誰だか知らんけど止めてよこの人。なんてこと! ってショック受けてる場合ちゃうやろ。お嬢様か。あ、お嬢様しかおらんかったわこの学校。


「お前が彼女と僕の仲に嫉妬して、キャロルに嫌がらせしている事など、周知の事実!」

「そんなの、事実無根ですわ!」


 色々とツッコミどころしか無いねんけどなにこれ。

 あと嫌がらせってなに。ワシしらんけど。


「彼女の机に虫を入れたり、制服のポケットに土を入れたりしていたと聞くが、心当たりがない、と?」

「そんなこと知りません!」


 それはワシが捕まえたりしてたやつですのでその人どころか誰もなんも知らんと思うよ。

 なお土はカブトムシの幼虫と一緒に入ってたやつですね。

 クラスの皆に見付かって大騒動になりそうになったやつ。

 ちなみにワシが虫捕まえて何したかったかというと、冬虫夏草を作りたかった。ただ無意味に命が消えていっただけだった。かなしみ。

 ほんで冬虫夏草は蛾だったってあとから気付いたよね。結局ここが春の国だからどの道無理だったけど。


 もちろんオカンにはバチクソにキレ散らかされました。てへ。


「ふん、口ではどうとでも言える。往生際が悪いなアデライン」

「どうして……、わたくしは、あなたの為に生きてきたのに……!」


 涙ながらに訴える女子の姿は、なんだかとても痛々しい。毎日細目で生きてるからイマイチ見えんけど。

 うーん、まぁそりゃそうか。婚約してるんだからお互いに運命の何とやらだと思って色々して来たやろうしな。それを反古にするんやったらもうちょいなんかやっとかんとやろ。甲斐性なしか。


「僕の為、だと……!? 学園で僕よりも目立つ事がか!? お前の影に隠されてばかりで、どれだけ努力しようともそれが誰にも認められない、そんな僕に、彼女だけは言ってくれた! 『そのままでいて』と!」


 なにそれしらん。言うたっけそんなん。全く覚えとらんが。


「貴族として、男性として、パートナーとして。お前が言うのはそればかりだった。そこに僕の意思など存在していないかのように!」

「ですが、それは生きていく為に必要な……」

「うるさい!」


 いやそういうの良いからはよ離してくれんかなコイツ。セクハラやぞこれ。


「そうやってお前は僕の心を殺し続けていたのだ!」

「…………」


 マジで何の話これ。また変な状況に巻き込まれたなワシ。すげえ帰りてえ。なんなの。


「っこの、泥棒猫! わたくしが知らないとでも思ってるのかもしれないけど、フィラキシス様以外の男と密会してる所を見た人が、何人もいるのよ!」


 いや多分それ兄者。あと泥棒猫て何よ。確かにめっちゃでけぇ猫は被っとるけども。


「ふん、キャロルは人気者だからな。その程度普通さ」


 ほんで何言ってんのかなコイツは。


「えっと、あの……」

「どうしたんだいキャロル。大丈夫だよ。あの女はすぐに居なくなるからね」

「いえ、そうではなく」

「怖がらせてしまってすまない。だが、これだけはやっておかなくてはならないんだ」


 そういうのええから離してくれんかなぁ。セクハラまじでやめてください。

 反抗期の子供がたまになってる、獲れたてピチピチの魚のように暴れたい衝動を無理矢理におさえる。うおおおおがんばれワシ!

 ワシは令嬢ワシは令嬢美人で病弱な超絶可愛い令嬢がんばれがんばれワシがんばれ!


「アデライン。僕はお前の思い通りにはならない。キャロルと、結婚する!」

「それを俺が許すと本気で思っているのなら、その頭をかち割って、中身を確認しても構わないととるが?」


 誇らしげに言い放ったアホの言葉を、斬って捨てるみたいなスッパリとした冷静な話口で問い掛けるのは、とても聞き覚えのある声だった。


「セレスタインさま!」


 うおおおおおおおおおおお! これぞ天の助け! 今じゃあ!


 驚きに緩んだ手から脱出し、目の前に現れた婚約者の腕の中に飛び込む。

 ふおおおお! やっぱりここ落ち着くわぁー。めっちゃいい匂いする気がするしな。素晴らしいね。

 とか呑気に考えてたらそのままギュッときつく抱き締められた。

 お? え? あ? 待ってなにどしたの?


「あぁ、愛しいキャロル。大丈夫かい? あぁ、こんなにも怯えて。かわいそうに」

「ち、ちがいます、その、びっくりしただけで……」


 え、なんかめちゃくちゃ心配されとる。


「は? え? 一体、どういう……」

「生憎と、彼女の婚約者は俺だ。お前は他国の王族の婚約者に横恋慕しただけ」


 まあ、うん、そうなんよね。別に隠してる訳じゃないのになんでコイツ知らんかったんやろ。まじ不思議。


「そ、そんな、キャロル! 君はそいつを選んだというのか!?」

「え……、というか、あの……わたくし、貴方様とほとんど話したこと、ありません」


 ていうか最近兄者とセレスタイン様以外の男子とほとんど話してない。一番最近だと、なんか肩にトンボ付けてた男子が居たから、そのトンボ捕りたくて誰か知らん男子に声掛けたことはあったけど、それだけなんよな。なおトンボには逃げられました。

 ワシの冬虫夏草実験に命を散らさずに済んで良かったねトンボ。命拾いしたなお前。


「…………ラインハルト様、無関係のご令嬢を巻き込むなんて、感心しませんわね……」


 いや、アンタもワシのこと泥棒猫とか言うてたやん。手のひらドリルか。


「う、うるさい! キャロル! 今からでも遅くない! そんなやつはやめて、僕と共に生きてくれないか?」


 いや何言ってんだコイツまじで。


「…………キャロル、君はどうしたい?」

「なんか、臭いから、嫌です」


 タバコの匂いが移った生乾きの服みたいな腹立つ臭さしてるんよ。鼻詰まってても分かるよね、あの微妙な臭さ。


「えっ」

「……じゃあ、結婚は無理ですわね。彼女にとって、ラインハルト様は臭いんですもの」

「そ、そんな……」


 絶句するアホの人に向けて、周囲からクスクスと嘲笑が湧く。いやそんな虐めんといたげてよ。ワシからすると臭いってだけだから、他の人からするといい匂いかもしれんやん。ほっといたげようよ。


「……それと、婚約破棄、でしたかしら」

「はっ! そうだ、僕はアデラインと婚約など続けられない!」

「分かりました。婚約破棄、受け入れます」

「ふん、やっと自分の立場が理解出来たようだな!」


 お前は何を言っとるんだ。


「あなたがわたくしの運命だと思っておりましたのに、そうでないと仰るのですもの。仕方ありませんわ」

「ふ、ふん!」

「それで。もちろん慰謝料を払って、そして代わりの殿方を探すのを、手伝っていただけるんですよね?」

「は?」


 いや、は? じゃねーよ。その程度のことは当たり前だろアホめ。令嬢ってまじで大変なんだからな。

 毎日のスキンケアに体型維持の為の適度な運動と綺麗な姿勢にする為にコルセットで腹をこれでもかと締め付けながら生活とかなんかもうマジでしんどいんだぞこのアホめ。

 ……なんかちょっと違うこと考えてる気がするけどまあいいや!


「ま、待て、なんで僕がそんなこと」

「あら。だってわたくし、今までラインハルト様の為に沢山の先生から心血を注ぐように教育を受け、この身を磨き、ラインハルト様の為だけに育てられて参りましたのよ?」


 そりゃそうだ。コイツのために育てられたなら責任はコイツが取らんと。このアホの一存で破棄になるんだしな。当然だな。そらワシに泥棒猫言うわ。しゃーないな。ワシでもキレるもん。ゆるす。


「キャロル、もう行こう」

「え、あ、でも……」

「気にする事はない。あの令嬢が上手くやるだろう」

「…………はい」


 もうちょっと見てたかったけど、婚約者に促されたら仕方ない。

 後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。


 はー、なんとかなってよかったー。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ふいに見掛けたのは、愛しいキャロルの実兄、ローランド・リンドブルム子爵令息その人だった。


「ローランド殿」

「おや、セレスタイン殿下。どうされました?」


 声を掛ければ、落ち着く声で俺の名を呼ぶその響きが、愛するキャロルとほぼ同じで本当に兄妹なのだなと実感する。

 そのままふと、愛しい白金を視線が探してしまった。


「……キャロルは一緒では無いのか?」

「え? あれ、おかしいな、そこに居たはず……」


 驚く彼のその様子から、ついさっきまで共に居たのは明白。にも関わらず彼女の姿は無い。

 その事実に気付いた二人共が勢いよく周囲を見回す。


「アデライン・ストローム! お前の度重なる蛮行は許されるものではない! この場を借りて、貴様とこの僕、ラインハルト・フィラキシスの婚約は破棄させてもらう!」


 唐突に聞こえた声に二人共が同時に背後を振り向いて、見付けた。


「そして僕は、キャロルと婚約する!」

「は?」


 きょとんとしたキャロルから出たそんな声に、自分の殊更低い声が重なった気がした。

 俺以外の他の男の腕の中に、キャロルがいる。

 困ったように眉根を寄せて、迷惑そうに顔を歪めるキャロルも愛らしい。だが、そんなことを考えている場合ではない。


「ローランド殿……あの男は誰だ……?」

「あ、はい、ええと、……あぁ、この間来た夏の国の留学生ですね」

「なるほど、それで俺とキャロルの婚約を知らないのか」


 だが、知らなかったからと言ってこのような蛮行が許されるわけがない。

 よりにもよってあの男は、俺のキャロルに狙いを定めたのだから。

 あの男をどうしてやろうかと思案する間もなく、女がキャロルに向けて喚き散らした。


「ローランド殿、あの女は誰だ」

「同じく夏の国から来た留学生ですね」

「そうか、見たことがないはずだ」


 有難いことに二人共が自分から名乗ってくれている。後日改めて色々と出来るだろう。

 しかし、視線はどうしても愛しいキャロルを追ってしまった。困った顔をして、誰かに助けを求めるように周囲を見回すキャロルが、とてつもなく可愛らしい。


 余りの愛らしさに時が溶けていった気がした。


 そんな中で、どうしても聞き捨てならない言葉が発された。


「アデライン。僕はお前の思い通りにはならない。キャロルと、結婚する!」

「それを俺が許すと本気で思っているのなら、その頭をかち割って、中身を確認しても構わないととるが?」


 キャロルと結婚するのはこの俺で、貴様のような愚物に渡すはずもない。産まれる前からやり直したとしても許さない。消し炭にしてやる。

 そんなことを思いながら言葉を口にしたその時、俺に気付いたキャロルが満面の笑みで俺の名を呼んだ。


 そして、奴の腕が緩んだ隙にまろび出た彼女は、ぽふ、と。

 俺の両腕の中へと収まったのだ。


 ふわり、と彼女の涼やかな甘い香りが鼻をくすぐる。このままずっと離したくない衝動と戦いながら、奴を睨み付けた。

 そのまま彼女の婚約者はこの俺だと言ってやれば、目に見えて狼狽し始める愚物の姿が滑稽で、つい笑みが零れる。

 未練がましくキャロルに声を掛けるも、当のキャロルからはこんな人知らない、とばかりの返答しか出てこない。

 だが優しい彼女はきっと、こんな愚物でも心配するだろう。そう思ってキャロルに聞くと、予想外な言葉が返ってきた。


 臭いから、嫌だと。


 迷惑そうにそう言った彼女は、俺を見て満足気に微笑むのだ。その笑顔が愛おしくて仕方がなかった。


 何か言い合いを始めた愚物共を放置して、キャロルを連れ出す。


 このまま国へ攫ってしまいたかった。だけど、きっと彼女はそれを望まない。


 その時、ふと気付いてしまった。

 卒業なら他の国でも出来るんじゃないだろうか? と。


 そうだ。前回の騒動で、次は無いと断言していたこともある。これも全て学園側の怠慢。

 不思議そうに俺を見上げるキャロルの頭を撫でながら、今後の算段を付け始めたのだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その後、夏の国からの留学生がどうなったかというと、結局新しい相手を見つけられなかったらしい彼は、慰謝料を倍額払うことで婚約を解消してもらえることになったらしい。

 そんな彼の評判がクソほど地に落ちた結果、次の婚約相手どころか友人すらも見付からないかもしれなかったが、本人は知る由もないだろう。円満解決である。


 そんな事件があった数日後、なぜだか留学することが婚約者により決められてしまいそうになったキャロルだったが、どうせ行くなら冬の国がいいと頑張ってワガママを言った結果、交換留学生として期間限定で冬の国へ行けることになったのだった。


 キャロルとしては全く意味が分からないが、冬の国に行けるということはつまり、その間だけ花粉という滅すべき存在から解放されるということ。

 有頂天になりながら留学の準備を始めるキャロルだった。


 そして、そんなキャロルの付き添いとして同時に冬の国へ留学することになってしまった兄はというと、なんだかげんなりしていた。


「なんで僕まで……」

「そうは言っても、キャロルひとりで冬の国になんて出せる訳ないでしょ?」

「母さま……いや、それはそうなんだけど……」

「ンッフフ~、冬の国とかもう花粉症の楽園よ! 二度と帰ってきたくなくなっちゃうかもしれんね!」


 ご機嫌でクルクルと回りながら冬の国で通う予定の学園のパンフレットを抱き締める妹を窘める兄。


「キャロル……さすがにそれは薄情だよ……」

「だってさー、花粉飛んでない国なんだよ? 最高じゃん?」


 そんな二人を見て、母はやれやれと肩を竦める。


 しかし、キャロルは知らない。

 冬の国の隣には夏の国がある。そして、夏の国から冬の国へと常に風が吹いており、それが上空で雪となり、冬の国へと落ちていく。

 それはつまり、夏の国の砂埃が冬の国へ落ちていっているということであり、冬の国ではそれを『夏の砂』と呼んでいた。

 簡単に言えば、地球で言う黄砂が舞う国、それが冬の国であった。


 キャロルには、安息の地などなさそうである。


 盛大にため息を吐き出す兄の視界の端で、プークスクスーと若干腹立つ顔して笑っている名も無き神の幻影を見た気がして、唐突な怪奇現象に兄はゴシゴシと目を擦ったのだった。





 

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しみに待ってます♪
[一言] 連載化希望です❤️ 主人公の毒舌、良き。
[良い点] 冬の国もダメか~い。 安息の地が(殿下の隣以外に)なさそうな点w [気になる点] 猫を被るのをうっかり忘れても、私の前だけ本来の姿をみせてくれるのか!と殿下は解釈しそうですね。 [一言] …
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