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黒歴史を聞く神様

母の形見、婚約者、そして家督……、大事なものを妹に奪われて来た令嬢の復讐日和

作者: 美香

 ……態々のお越し、ありがとうございます。え? 不審者に頭を下げても良いのか、ですか? 何を仰いますか。被害を食い止められたのは間違い無く、貴方様の御告げのお陰でございます。神様に下げぬ頭等、有り得ませぬ。

 貴方様が仰る通り、貴方様が行き摺りの旅人ならぬ旅神様であり、我々に救いを与えたのは気紛れに依るものであったとしても、感謝を申せぬ理由にはなりません。誠に……、誠にありがとうございます。

 はい? 感謝の代わりに黒歴史を語って欲しい? 黒歴史とは一体……? 成る程、つまりは後悔が続く思い出、と言う事ですね。解りました、神様がご所望ならばお話しさせて頂きましょう。只の人間の口がご満足頂けるものを説せるか自信がございませんが。


 これより語りまするは、此度の件の始発点となる我が生涯の、消える事は無い影……。彼女との関係にございます。


 さて。私は今でこそ、一貴族家の当主ですが、元は王族であります。勿論、王族と言っても継承権は兄達よりも低く、此方に婿入りした時点でそれも放棄しておりますが。

 我が国では女性の継承権は男性より低く、もし女子しか子が居ない場合、親戚筋より男子を養子に迎えるか、娘の配偶者を婿養子として家督を相続させる事になります。従って女性が家督を相続するのはそれらが何らかの事情で不可能である場合です。そしてその事情には女性の優秀さも1つの考慮点になっています。

 故に先代当主が女性であったのは、「当時の情勢と先代自身の能力」が家督天秤の片側に乗せられ、もう片側の、「一般的な、男子の居ない家督相続ケース」と比較された結果でした。


 ……おや。


 これは丁度良いですね。流石は夢の中、と言った処でしょうか。押収した日記です。ええ、彼女のものです。今回の件にて、私は彼女の記した日記を一通り読みました。

 え? 彼女の一生分掲載されているか?? いえ、流石にそれは一冊では終わりませんよ。

 彼女の日記と一言で申しましても、それは複数冊存在し、彼女の手元にあったのは此方の一冊のみ。ですが、押収した日記は彼女の元にあったものだけではありません。押収と言っても、元々手近にあったものも多かったのです。

 そして先程申し上げた通りに、私は一通り全てに目を通したのです。つまり此方は最新の日記と言う事になりますね。……きっと印象が一番残っていたのでしょう。ですから、この表紙を持つ、最後の日記帳が登場したのでしょうね。

 ですが、それでも此方には彼女が感じた事、全てが記されているでしょう。私には分かります。此処は私の夢の中ですから。……どうぞ、お読み下さい。私の話はその後の方が宜しいでしょう。



〈長くなるので、一部のみ抜粋〉


 お母様が亡くなった。お葬式の手配はお父様だけど、その細かな差配は……、お父様の不倫相手が行うと……。何て汚いの。やめてよ! お母様に触らないで!! 何で貴方が女主人みたいな顔をしているのよ!!


 お父様が再婚した。相手はあの不倫女。お母様のお葬式が終わってまだ間もないのに……。それに……、彼女は何? 不倫女の娘? 妹になる?? 冗談じゃないわ!! 私と1才しか……、え、お父様、よりによってお母様が私を妊娠している最中に!? 許せないわっ!!!


 ……私の味方が居ない。家の中から消えていく……。新しいメイド達は皆あの不倫女の手先だわっ!!!


 ………やめて!!! それはお母様の形見なのよ!!! 大事なものなのっ!!!! お願い、奪わないで!!!! 


 ………こんな………、酷い。壊すなんて……。もう嫌……、皆、大嫌い……。


〈大分飛ばしてからまた一部のみ抜粋〉


 私からあの欲しがりのさもしい女()に乗り換えるなんて……、分かっているのかしら。所詮、お父様は爵位の無い入り婿……。爵位はお母様のものだったのよ。爵位を継げるのはお母様の血を引く私以外居ないわ。……愚かね。


 え、どうして……!? 私が家を出されるの? まさか取り潰される?? 


 ………乗っ取られた……。家督を奪われた……。どうして!! 浅ましい不倫女の乞食娘が!!! 私との婚約を破棄した殿下が!!! どうして私が継ぐ筈だった爵位と家を!!?


 私は許さない。


 もう私は家名を名乗る資格は無い……。でも……、それでも正当な血筋であるに変わりないわ。だったら……、私を追い出した時点で守るべき大事な中身(血筋)も失った家なんて……、もうどうでも良い。復讐してやるわ!! 恥を晒して家名に傷を付けてやるわよ!!!!


 ……ああ!! 何て素晴らしいの!! 復讐を決意した途端に現れるだなんてきっと神様の思し召し……、少しは憐れんで下さったのかしら。


〈以後も続く〉 



 もう読み終えたのですか? 素晴らしい速読ですね。では……、憐れと思われましたか? 私の嘗ての婚約者であった彼女の事を。


 ……私の話? そうですか。貴方はやはり何もかもご存知なのですね。だから私に、彼女の復讐の結末をお教えになられた……。そしてこう仰るのですね。懺悔の機会を与えると……。誠に……、誠に有り難く……。ええ、お話します。最初の言葉通りに。これより語りまするは、此度の件の始発点となる我が生涯の、消える事は無い影……。彼女との関係にございます。


 私は何も知らなかった……。彼女の心を知ろうともしなかったのです。この様な想いを持っていた事……、ええ、私は何も気付かなかったのです。


 ……元々私と彼女の婚約が決まったのは、彼女の母と私の母が親しい間柄であった事が1つの理由でした。私の母は国王陛下の後添えとして嫁いだ女性です。母が嫁ぐ前から既に、陛下には御身の血を引く王子も王女も複数居られましたし、幾人かは成人済でした。

 よって王妃殿下が儚くなられたとは言え、取り分け再婚姻する必要は有りませんでした。王妃殿下の生さねばならぬ様な事も、王女達で代理が可能でしたから。……ですから……、単に御身の隣に誰も居ない事が寂しかったのでしょう。後添えとして選ばれた母は、正に毒にも薬にもならぬ家格でありました。

 それでも母の生家からすれば、畏れ多くも喜ばしい事であり、また年の差はありましたが、母は元々陛下に「ダンディーな方」と憧れを抱いておりましたので、概ね問題は有りませんでした。

 そんな母から生まれた私は血筋・立場・年齢から、王女よりも継承権を低く置かれていて……、初めから何処かの貴族に婿入りする事が決まっていました。その家が、その相手が具体的に決まったのは私が5つの頃でした。

 一般的なケースで考えるなら、「私が婿入りする」=「私が家督を継承する」事になります。つまり元々私が婿入りする家には、家督を継ぐ男子が居ない事になります。ですがそう言った家の令嬢と婚約後、もし男子が生まれたら。


 ……ええ……、当然、話は変わります。


 そして変わる話の進行権を持つのは身分が高い側です。此処で高位側が低位側を必要以上に圧迫する酷いケースになりますと、婚約「解消」ではなく、婚約「破棄」の結果にもなり得ます。

 尚、我が国に於ける婚約解消が「どちらにも非が無い状態での円満な婚約白紙撤回」と公的にも認知されるものであるのに対し、婚約破棄は「婚姻処か、婚約続行すら両家の繋がりに支障を来す程に、どちらか一方に大きな非が有る事から来る婚約白紙撤回」と有責側への印象が公的にも「婚姻不適当」と認識されてしまうものとなっています。

 婚約解消と違い、有責がハッキリと存在している婚約破棄は当然、慰謝料が発生する事が多く、それが為に有責側が爵位を手放さざるを得なくなったり……、最悪一家離散からの自殺や一家心中を起こすまで追い詰める事にもなり得るのです。


 ……そして……、序列が低いとは言え、私は王子でした。


 この様な事態になれば、不利になるのは間違いなく令嬢側になります。故にこんな幼い頃から私の婿入り先が決まるのは相手方に負担を掛ける事に繋がります。王族の強権を思えばそれでも問題は有りませんが、我が国の王家はそう言った行いを好む体質をしておりませんから、当然、私の婚約はもっと後になる予定だったのです。

 しかし高位貴族の婚約は政略もあり、幼い頃に決められるケースも多く、遅くなると選択肢がどうしても狭まります。それを気遣い、婿入りの婚約を母に持ち込んだ夫人が前当主その人でした。気遣ったのは母と仲が良かったからでしょう。最もそれだけが理由では有りませんが。

 ……そうですね。決定的だったのは先代が酷い難産で、子は何とか産めたものの、次回の妊娠が絶望的になってしまった事も大きかったでしょうね。


 ……ええ……、仰る通りです。母親が子を産めなくなった事を彼女は知りません。教えるには幼いと判断され……、教えられる頃には私との婚約が破談となりましたから。


 ……婚約が決まってから、王族教育と平行してになりますが、私は将来継ぐ予定となった家の事を学び始めました。その為、実際、彼女の家にゲストと言う形で訪ね、宿泊し、先代当主夫婦から様々な事を学びました。その中で彼女との時間も有りましたが……、正直、彼女と向き合うには不十分であったと思います。

 ……急な病に倒れた先代が亡くなり、正式に代行者となった舅(予定)から学びながら、私の(次代)教育を含む当主としての仕事を全て賄う舅が家政を取り仕切る為に再婚したその相手やその娘とも関わっていた私は、彼女から本音を引き出せる人間では有りませんでした。

 当時の私は……、婚約者である彼女に格好付けたいと……、そればかりの愚かな会話で満足し、彼女の上辺だけの言葉を聞いて、茶会を終わらせていましたからそれが当然でした。


 あの時……、自分の自慢ばかりせず、彼女の心と向き合っていたなら……。


 今ならそう思います。あの頃の己は、孤独な彼女に対して不誠実でした。ええ……、後悔しております。貴方様のお言葉を借りると「黒歴史」となるのでしょうか。

 ……私は彼女の心に気付かなかった。彼女が……、心の病に蝕まれている事に気付かなかったのです。そして……、私が王族公務を行っている最中、私達の婚約が「破棄」される事が決定していました。ええ……、「解消」では有りません。「破棄」です。

 我が国では、病が原因の婚約白紙撤回は、「例え婚約続行は可能であっても、婚姻相手として不適当である事から、円満で終わろうとも公的には『婚約解消』ではなく、『婚約破棄』と扱う」と決まっています。不文律ではありますが……。

 従って慰謝料等は発生せず、また形としても私の有責ではなく、そしてこの婚約は私に家督を継がせる為に結ばれたものでしたから、辞退しない限りは家督は私のものになります。そして辞退すると予め王位継承の放棄が決まっている私は行き場が無くなり、非常に困る事になります。となると辞退の選択は有りません。そして変更される事になる私の婚姻相手ですが、厄介事をなるべく発生させない為には変更先は1つ……、ええ、舅の再婚相手……、則ち本来は義姑(とでも言いましょうか)になる予定だった、彼女の娘しか居なかったのですよ。

 ……最も厄介事は0では有りませんでした。何せ妹令嬢となる新たな婚約者は連れ子でしたから。ええ……、彼女は舅の血を引いておりません。

 舅自身、先代と血筋が繋がっていると見做される血筋では有りませんが、それでも当主代理として培った実績が有りますから、彼の血を引いていれば、外野の干渉は更に少なくなったのでしょうがね。

 ………今にして考えると……、病に倒れた先代は娘の行く先を心配したのでしょう。当主である自身が倒れても、代理である夫がいれば家督も爵位も問題は無い、しかし、家政関連はそうは行かなかった……。

 女性当主は当主としての執務だけでなく、当主の妻同様に家政を取り仕切らなければなりません。単純に申しますと、男性当主よりも業務が増えると言う事になります。

 しかし女性当主は大抵、月経、妊娠、出産、育児……、こうした時期には当主としての勤めに差し障りが出るので、どうしても男性当主よりも代理を務められる相手を必要とし、頼る事になります。

 彼女は当主としての業務と家政を当主代理である夫と二人三脚で両立させていました。しかし彼女が倒れるならば、そのバランスが崩れる事になります。

 彼女は自身が倒れた際、自身の残された時間が少ないと知り、様々な事を考えたでしょう。結果、夫に職務は任せられても、家政は任せられないと踏んだのだと思います。そこで彼女は自身の死後、家政を任せられる相手ーー、則ち彼女の眼鏡に叶う、夫の再婚相手を探したのです。そして、その限られた時間で見付けた相手こそ、私の義姑になる筈だった女性、実際は姑になった女性だったのですよ。

 姑の詳細は言葉にはしませんが、彼女もまた自身の娘の行く先を気にしていましたから、娘を養女として引き取る条件を出されたら承諾以外有り得なかった様です。

 ……そして当主夫人としての務めを学び、先代が亡くなった後、初めての務めとして先代の葬儀を主催しました。

 その後は貴族令嬢となる娘……、つまり現在、私の妻となっている彼女の教育を行いながら、母親を失った、血の繋がりが無い娘に寄り添いました。……決して当時の私には触れさせない景色がありましたが、彼女は努力していましたよ。

 

 先代の形見?


 ああ、ドレスやアクセサリーの話ですね。女性の服飾品ですから、流行り廃れは中々に厳しくチェックされます。由緒正しきものは残しましたが、それ以外は流行りが過ぎると仕える者に下げ渡されたりします。

 残された由緒正しきものは、身に付ける場が元々限られていて、更に年齢に依っても身に付けるかどうかが変わります。普段は姑が管理し、必要時に応じて姉妹に渡していました。

 また場によっては敢えて傷を付けたり、壊したりしたものを身に付ける時もあります。元よりこうした服飾品のマナーは男性より女性が厳しく、身分に応じた決まりも入って来ますが……、彼女(元婚約者)は理解していなかったのでしょうね。どうも全てを一緒くたにしていた様です。

 ……今にして思えば、彼女を良く理解していた老メイドでもあった乳母が、年齢を理由に引退した事が痛かったかもしれません。どうも彼女、メイドの区別も出来なくなっていた様に思えますから。


 はあ……、本当に情けない……。


 彼女の内面がこんなに荒れて苦しんでいた事に気付かなかったのです、私は……。彼女の上辺だけしか見ていなかったのです。

 私が知った時には彼女との婚約が破棄された直後……、つまりは婚約破棄の理由を母から聞かされた時です。ショックでした……。そうして療養の為に彼女は遠き地へ……。

 ですがそれが彼女を完全に狂わせてしまった……。貴方様が御告げで教えて下さらなければ、妄想の犯罪者に成り切った彼女は恥を晒すと言う名目で、何れは恐ろしい罪を冒したでしょう。成り切った犯罪者がまだ軽犯罪者の域から出ていなかったのは不幸中の幸いでした。被害が小さくて済んだのですから……。



〈以下延々と愚痴が続きますが、上記の繰り返しになるので放置します。〉


〈以下延々と愚痴が続きますが、上記の繰り返しになるので放置します。〉


〈以下延々と愚痴が続きますが、上記の繰り返しになるので放置します。〉


〈以下延々と愚痴が続きますが、上記の繰り返しになるので放置します。〉


 …………………………………………………………………………。

























 ……話を聞いて頂き、ありがとうございます。少しは気が楽になりました。ええ、この苦い失敗を、後悔を胸から消える日は来ないでしょう。ですがこの傷を二度と負わない様に、気を付ける事は出来ます。……二度と家族を上辺だけで判断する事はしません。もう二度と……。

お読み頂きありがとうございます。大感謝です!

前作への評価、ブグマ、イイネ、大変嬉しく思います。重ね重ねありがとうございます。

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