行きつけのコンビニの店員さんは常連客にあだ名をつけてるけど、みんなあだ名が物騒すぎる
僕は仕事前、コンビニに立ち寄ることにしている。
自動ドアが開くと、よく会う男女の二人の店員さんがいた。元気のいい挨拶が飛んできたので、僕も思わず会釈をする。
まず僕は窓際にある雑誌コーナーに向かう。目当ての週刊漫画誌を手に取り、立ち読みする。僕はこの雑誌に載っている日常系漫画が好きなのだ。可愛いキャラクターが仲良く楽しく暮らしてるのを見ると、心が癒される。もちろん、読んだらきちんと買うつもりだ。
自動ドアが開いた。新たなお客が入ってきた。
金髪で耳にピアスをつけた男。タンクトップから出た逞しい腕には、しっかりタトゥーが入っている。
僕は男と目が合いそうになったので、慌てて目を逸らす。仕事前にトラブルなんてごめんだ。
「トイレ借りるぜ!」
「はい」
金髪男は店員さんから許可を取ると、僕の後ろを横切り、トイレに入っていった。意外と礼儀正しいところもあるようだ。
二人の店員さんが何やらこそこそ喋る。
「また来たぜ、ナイフマン」
「いつもトイレ借りるわよね」
“ナイフマン”というのはおそらく店員さんがつけた金髪男のあだ名だろう。
確かに男のポケットにはナイフが忍ばせてあったし、あだ名がつくってことはしょっちゅうナイフを誇示してるのかもしれない。物騒なことだ。
そういえばコンビニの店員さんが常連客にあだ名をつけることは多いと聞く。
例えば、弁当をよく買う客には「弁当マン」だとか、甘い物をよく買う客には「スイーツ女」とか。
そこいくと僕なんか「立ち読み野郎」とか「マンガマン」になるのかな。
それにしても、ナイフマンか。恐ろしいあだ名だ。
ナイフマンがトイレに入って数分後、またも新しい客が入ってきた。
今度はサングラスをかけたスキンヘッドの大男だ。僕より30cm以上は大きい。無言で、威圧感をたっぷり発しながら店内を物色する。
雑誌コーナーには足を運ばないあたり、食べ物や飲み物が目当てなのかな。
またも店員さんたちがヒソヒソ話をしている。
「アイアンナックルが来たな」
「いつもチキンカツ弁当買うよね~」
大男のあだ名は“アイアンナックル”のようだ。確かに大男の拳は大きく膨れ上がっていて、鍛錬や喧嘩をたっぷりこなしていることが分かる。あの拳で殴られたらどうなるか、考えたくもないね。
僕は立ち読み中。ナイフマンはトイレ。アイアンナックルは店内を物色。
三人の客がそれぞれの行動をする中、さらにもう一人客が増えた。
黒いジャケットを着たドレッドヘアーの男。やはり身長は僕より高く、暴力的な気配を隠そうともしていない。
ドレッドヘアー男も雑誌コーナーに用があるようで、僕の方に近づいてきた。慌てて僕はスペースを空ける。こうしないとトラブルになる可能性がある。
男は漫画には興味がないようで、パチンコの雑誌を読み始めた。パチンコってやったことないんだよな。面白いのかな。
耳を澄ますと、男女の店員さんはまたも小声でささやいている。
「切り裂キックまで来ちゃったよ」
「こんなに揃うなんて珍しくない?」
ドレッド男のあだ名は“切り裂キック”か。
よく見ると、ドレッド男の靴には刃物が仕込んであるのが分かる。もし戦いにでもあれば刃が飛び出し、それで相手を蹴りつけるのだろう。
これから仕事なのに狭い店内に物騒な奴が三人も。これは何か起こるんじゃ、と嫌な予感を覚える。そして、僕の嫌な予感はよく当たるのだ。
案の定、それはすぐ当たった。
まもなく、僕、ナイフマン、アイアンナックル、切り裂キックに続く、五人目の客が入ってきた。いや、客なんかじゃなかった。
キャップを被り、マスクをつけ、手に包丁を持った強盗だった。
「手を上げろ!」
強盗は店員さん二人に包丁を突きつける。二人は手を上げた。
「よし、次はレジの中の金を全部この中に入れろ!」
強盗はビニール袋を差し出す。
店員さんらは言う通りにする。
すると――
ナイフマン、アイアンナックル、切り裂キックの三人が強盗を囲んだ。
ナイフマンはあだ名通り、ポケットからナイフを抜くと強盗を睨みつける。
「ここらはよぉ、俺らみてえな連中のテリトリーなんだ。てめえみたいなクズ野郎に好き勝手させるわけにはいかねえな」
三人はアウトロー同士、知らない仲ではないようだった。その三人が今、協力して強盗という異分子を排除しようとしている。
「刻んでやるぜ!」
ナイフマンが突っかけた。鋭い踏み込みから、強盗の腹を刺そうとする。だが、強盗はそれを素早くかわすと、ナイフマンの太股に包丁を突き刺した。
「ぐああああっ……!」
刺さった箇所からして動脈は無事なようだが、あれではもう戦えないだろう。
ナイフマンがやられたのを見て、アイアンナックルが動く。そのあだ名に相応しい巨大な拳を強盗めがけて振り下ろす。
しかし、強盗の方が上手だった。カウンター気味にアイアンナックルの顎にストレートパンチを浴びせる。
脳震盪を起こし、アイアンナックルも崩れ落ちた。その際、棚にもたれかかったため、商品がいくつもこぼれてしまった。
「やるじゃねえかよ……だが、これならどうよ!」
切り裂キックが床を強く踏むと、靴から刃が飛び出す。
「シェアアッ!」
当たれば必殺の蹴りを繰り出すも、強盗はそれを全てかわす。
逆に強盗のハイキックが切り裂キックの顔面にめり込み、切り裂キックも仰向けで失神した。
「ふん、ザコどもが……」
こう吐き捨てると、強盗は店員さんたちに金を入れる作業を続けるよう促した。
悪党ながら鮮やかな手並みだった。
このまま放っておいてもいいのだが、やはり行きつけの店のピンチは救いたい。
僕は強盗に歩み寄った。
「今度は僕が相手だ!」
「ああん?」
強盗がこちらを見る。さっきの三人に比べ明らかに弱そうな僕が挑んできたことに困惑しているように見える。
しかし、すぐ気持ちを切り替えると、僕に襲い掛かってきた。この切り替えは評価したい。
物凄い速さで僕を包丁で刺そうとする。
うん、とても速い。
でも――僕の方が速い。
僕は包丁の軌道を見切ると、がら空きの胸に掌底を叩き込んだ。
手応えがあった。衝撃は心臓に達し、強盗はうめき声を上げながら失神した。
「ふぅ……」
僕はすぐさまコンビニにあった包帯でナイフマンに止血を施し、アイアンナックルと切り裂キックを床に横たわらせた。
店員さんたちは驚いた様子だ。
「あ、ありがとうございました……」
「いえ」
あ、そうだ。
僕はここで気になっていたことを聞いてみることにした。
「僕にもあだ名ってついてますよね? もしよかったら、教えてもらえますか?」
二人は困った顔になる。どうやら、僕にあだ名はついてなかったようだ。ホッとしたが、ちょっとガッカリもした。まあ影薄いししょうがないよな。
「ええっと……じゃあ“一撃必殺さん”と呼ばせてもらいますよ!」
「そうそう、一撃で強盗を倒したから!」
「ど、どうも……」
僕は漫画雑誌を買ってから、店を出た。
とんだハプニングに巻き込まれてしまった。
だけど、強盗にやられた三人は命に別状なさそうでよかった。手加減したから、強盗もしばらくすれば意識を取り戻すだろう。縛られた状態でだけど。やっぱり仕事外で“人の死”ってのはなるべく見たくない。
さあ、仕事に出かけよう。今日の標的は大物政治家だ。
それにしても店員さんたちはすごいな。あだ名の付け方がとても的確だ。僕がどんな標的も一撃で始末することから『一撃必殺』のコードネームを授かってることなんか知るはずもないのに、同じあだ名をつけてくれるんだから。
完
お読み下さりましてありがとうございました。