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第一話『猫破りなアイドル』

ラブコメは初挑戦です、紅葉(もみじば) 紅羽(くれは)と申します。

猫被りならぬ『猫破り』なヒロインと主人公が織りなす物語、是非ご堪能いただければ幸いです!

――アイドル。和訳すれば『偶像』。きらびやかな世界で生きることを選んだ誰もが、それを応援する人たちの期待を受けてそこに立っている。『こうであってほしい』という理想の偶像(アイドル)に、少しでも近づいていくために。


『というか、もうその着こなし方は古いですよお。時代はもっと先に進んでるんですって』


 今をときめくトップアイドル、出雲 来夏(いずも らいか)にだって、それは例外ではない。テレビを一日中付けていれば絶対にその声を聴くことになるようなアイドルだって――いや、そんなアイドルだからこそ、彼女はよりたくさんの理想を背負って進まなければならないのだ。


 日本人形のようなつややかな黒髪を背中に届くまで伸ばし、ぱっちりと開かれた目は宝石を埋め込んだかのように黒く輝いている。いかにも清楚な日本美女といった容姿の彼女は、しかし『ギャル』という属性を背負うことで今お茶の間をにぎわせている。有り体な言葉を使えば、『ギャップ萌え』という奴なのだろうか。


 まあ、俺からしても分からない話ではないのだが。いかにもとっつきにくいというか、パッと見るだけで高嶺の花だってわかるような少女がここまで明るくフレンドリーに接してくれたら、それはどんなに嬉しい事だろう。そんな理想が、彼女をそんなアイドルにさせているんだと思う。


『そうそう、今度カラコンも試してみようと思ってるんですよー。オッドアイってやつ、これからさらに流行ってくと思いません?』


 そんなことを考えている間にも、テレビの中の彼女はその理想に応えていく。より皆の期待に応えられるような姿へと、出雲来夏は自分を作り替えていく。素の自分を少しでも押し隠して、より理想のアイドルに彼女は近づいていくんだ。……その決意は、きっと並のものじゃない。


――え、どうしてそのキャラが素じゃないってわかるのか、って? 高々一人の視聴者風情が現実を壊すようなことを言ってくれるんじゃない、って?


 ああ、その主張も筋は通っている。俺はただの男子高校生でしかなくて、アイドルなんてものを語れるほどに人生を達観しているわけでもない。


 だけど、出雲来夏に関してだけは語れてしまうのだ。思い上がりでも何でもなく、俺ほど出雲来夏というトップアイドルを語れる存在はこの世にいないだろう。


 なぜなら、彼女は――


「……ねえ幹人、コンタクト入れるの一緒に練習してくれる……?」


「お前がやりたいっていうなら手伝ってやらんこともないけど……お前、目薬すら苦手なのに行けんのか?」


 出雲来夏は、テレビに映る自分の姿を見て現在進行形でビビり散らかしているのだから。俺の隣で。何なら同じソファーに腰かけて。


 出雲来夏。いかにも本名らしい名前ではあるが、それが芸名であると知っている人はそう多くない。彼女の本名は和泉 悠那(いずみ ゆうな)。俺がなんでそれを知っているかは――まあ、この先を見てもらえば分かる話か。


「確かに、目薬も苦手だけど……だけどっ、言ったからにはやらなくちゃじゃない?」


「そうやって頑張るのもアイドルの宿命、って奴か。定着したキャラも大変だな」


 何かを決意したようにグッとこぶしを握り締める悠那に、俺――三枝 幹人(さえぐさ みきと)はため息を一つ。目に何かを入れるとか昔から苦手な癖に、なんであんなことを言ってしまったんだか……


「そうだよ、ギャルは常に流行を追いかけてないといけないもん。いろんな人に応援されるためにも、出来ることは全部やらなくちゃ」


「お前が本当はギャルじゃなくても、か?」


 スマホをいじって何やら調べている様子の悠那に、俺はもう何度目かもわからないような質問を投げかける。俺が知っている和泉悠那は、間違ってもテレビで輝くようなギャルではなかった。もっと物静かで、おしとやかで。つい誰かの背中に隠れてしまうような、そんな少女のはずなんだ。お互いに成長した今でもそれはきっと変わってない。


 だが、彼女が背負った理想の姿は『黒髪ギャル』というものだ。それが今こうして悠那にいろんな試練を与えていると思うと、俺は思わずため息をつかざるを得ない。


「……黒髪清楚で売り出しても、お前の見てくれならいずれ売れたと思うけどな……」


 幼馴染のひいき目を抜いたとしても、悠那は間違いなく美人の部類に入るだろう。黒髪は近くで見ても枝毛一つ見当たらないし、黒目はカラコンなんて入れる方が間違ってると思えるくらいに綺麗なものだ。素の悠那をそのまま売り出したって、ついてきてくれる人は一定数いただろうに……。


「というか、普通は清楚の皮を被るもんだろ。誰にも見せない裏の顔の方が清楚ってどういうことなんだ……?」


「それは私にも分からないわよ……。マネージャーさんが言うには、『その路線で売り出すにはライバルが多すぎて苦しい』って話だけど」


 俺の質問に、悠那は戸惑ったように首をかしげる。なぜその偶像を背負う羽目になったのかという疑問に対しては、背負っている本人にすらも答えが出せないようだった。


「……大変だな、アイドルとして大きくなるっていうのも」


 そんな幼馴染の姿を見つめて、俺は思わずそう呟いてしまう。哀れむわけでも何でもなく、ただ素直な感想だった。誰かのために自分じゃないもう一人の自分を作り出して、それが人気を博すたびにそのキャラクターの色は濃くなっていくわけで。……正直、俺には絶対にできないと思う。


「そりゃ大変よ、楽なわけがないじゃない。……だからこそ、やりがいがあるってものなの」


 だが、そんな俺の問いかけに悠那は即答する。決して嘘のない、眩しい笑顔で。……悠那は、出雲来夏として生きることを肯定していた。


「……そう思えるから、お前はトップアイドルなんだろうな。間違いなくそれはお前の才能だよ」


 誰かの理想を抱え込んで、それに応えるべく努力を積み重ねる才能。それはきっと、誰にだって備わっているものじゃない。……悠那は、なるべくしてトップアイドルになる少女なのだ。運とか巡り合わせに負けないくらいの努力を、悠那は確かに積み重ねている。


「……なんつーか、お前と一緒にいると俺が情けなく見えてくるな……テスト勉強の一つもロクに続かねえし」

 

 大体二年後には大学受験だって控えているわけだが、どこに行きたいのかも何をしたいのかもまだ俺には分からないままだし。迷うことなく進めている悠那の姿を見ると、どうしても自分のことがちっぽけに思えてしまうのだ。誰かの理想を背負うどころか、自分の理想すらもはっきりしてないんだからな。


「……あ、また幹人が自分を見下してる」


 俺が少しばかりの自己嫌悪に陥っていると、そのあごががっちりつかまれる。そのままグイッと強引に顔の向きを変えた先には、悠那の黒い瞳があった。……カラコンなんて入れなくても、吸い込まれそうなぐらいに綺麗な瞳だ。


「いい? 一歩引いて考えられるのは幹人のいいところだけど、同時にダメなところでもあるんだから。自分を嫌いになるのは一番ダメな事、分かった?」


「……ああ。悪い、少し卑屈になりすぎたかもな」


 悠那の言葉に、俺はまるで魔法にかけられたようにうなずくしかない。悠那の言葉には、しっかりした重みがあった。


「……それに、私だってアイドルとしての自分をいつだって信じられてるわけじゃないわよ。このままでよかったのかって、演じ続けるだけでいいのかって思う時もあるわ」


「……それなら、なんで……」


 それは、悠那の口からめったに出てこない弱音だった。アイドルとしての姿――出雲来夏に絶対の自信があるからこそ、悠那は迷うことなくいられると思っていたのに。


 口を突いて出てきた疑問に、悠那はふっと笑みを浮かべて見せる。……その笑顔が地上波に乗って流れたなら、その誰もを虜にしてしまえるだろう。……なんとなく、そんな事を考えた。


「それでも私が出雲来夏でいられるのは、アイドルじゃない私自身を――和泉悠那を肯定してくれる人がいるから。……そのままの私のことを認めてくれる人がいるから、私は自信をなくさずにいられるのよ」


「……そっか。それは、いいことだな」


 その言葉は、きっと俺だけに向けられたものではないのだろう。いくら一番近い幼馴染だとは言え、そこまで思い上がることはできない。……だけど、悠那がアイドルでいられる理由の一つになれていたなら、それは嬉しい事だった。


「……ということで、カラコン探しと付ける練習、付き合ってくれる? こういうのは私一人の視点じゃ偏っちゃいがちだからね」


「……カラコン、付けない方が綺麗だと思うけどな……?」


「綺麗かどうかじゃないのよ、やってみたってのが大事なの。それで合いませんでしたーってなったらそれをエピソードトークとして使うだけだしね」


 ふふん、と悠那は胸を張ってそう断言して見せる。……そう言われたら、俺も断る理由はなかった。


「……ちょっと待ってろ、俺も良い奴調べるから」


「さっすが幹人、頼りになる! こっちでも三つくらい候補出しとくから、幹人もよろしくね!」


 そういうと、悠那はスマホの画面に視線を落とす。その切り替えの早さに苦笑しながらも、俺もブラウザを開いてカラコン探しに乗り出すのだった。


――俺の幼馴染はトップアイドルだ。いい子を演じる『猫被り』ではなく、普段の自分よりもちょっと崩れた自分を作った、言ってしまえば『猫破り』の結果なのが不思議な話ではあるが。


 だが、その両面を見れるというのは役得だろう。この事情を来夏ファンが知ったら俺は命を狙われかねないだろうな――なんて、時々思ってみたり。


「幹人、ちゃんと進んでるー?」


「心配しなくても大丈夫だよ、お前ほど機械音痴でもねえし」


 そんな思考を遮るかのように飛んできた悠那の声に、俺はふっと息をつきながら答える。……さて、悠那に似合うカラコンはどれだろうな……?


 オッドアイになった悠那の姿を想像しながら、俺はスマホの画面を下へと送っていく。猫破りの幼馴染(トップアイドル)と過ごす昼下がりには、穏やかな時間が流れていた。

二人のやり取り、お楽しみいただけたでしょうか? ラブコメ色を押し出した作品を書くのは初めてですので少しばかり不安ですが、楽しんでいただけていれば幸いでございます。

 タイトルの通り、素顔の方が清楚である『猫破り』な少女、悠那が本作のヒロインです。本当の自分とは違う理想の姿を背負いながらいろんなことにチャレンジしていく彼女と、それを一番近くで見守る幹人の日常、是非追いかけていただけると幸いです!

短い小説大賞を視野に入れた作品ですので、それの応募期間が終わるまでには完結するかと思います。最低でも週一ペースの不定期更新にしていこうと思っていますので、気に入って頂けたら是非ブックマーク登録等していただければ幸いです!

――では、また次回お会いしましょう!

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