7話 一難去ってまた一難って本当にあるんだ
「僕は昼川風太。鬼神様は?」
「──、ソレガシ、ノ、ナマエハ──ナイ。ダカラ、フウタガ、ナヲ──」
「ヒャフー!援軍を連れてきてやったゼ☆泣いて感謝してくださいませ!」
「「…………」」
烏がぐるぐると上空を回りながら叫んでいる。
五月蠅い奴が戻って来たようだ。
今、なんとか収拾できそうだったのに、状況が一気に悪化した気がする。いや悪化したなこれは。
「カラスガ──シャベッテイル!?」
「なんで鬼神様が驚いているのさ!?」
鬼神様は喋る烏に驚愕の声を上げた。いや、あんた自身が一番ビックリする存在なのだけれど。よく鬼神をみると、妙にそわそわしているし、動作がなんというか男らしくない。
「──にしても、そこの烏。逃げ出したのによく戻って来たな」
「フン! これでも『高天原機関』の水先案内人なのですよ! 増援を呼んできたのであって、にげ──逃げてなんかいないのです! 戦略的撤退をしただけで、任務を放棄しない。それがワタクシの矜持ですので!」
「へー」
「もうちょっと興味持って! 泣いちゃうよ!?」
「はいはい。それより他の受験生が倒れているからそっちの方の救助を頼む」
「それは我々が行うので、気にしなくていい」
刹那、僕たちを取り囲むように複数人の男女が家の屋根上に現れた。烏の言葉をそのまま受け取るなら援軍──という事だろうか。
(音もなく現れたこの人たちって忍者かな? 忍者の末裔とかだったらかっこいいな。──って、そうじゃなくて何、この人たち!?)
「皆は被害者たちの搬送を」
「ハッ」
突如現れた人たちを束ねていたのは真っ白なスーツ姿の男だった。外見的に二十代後半、青紫色の前髪が少し長い。血色が悪く肌は青白いく、神経質な顔をしている。蛇などの爬虫類に似た目つきはちょっと怖い。すらっとした偉丈夫は、屋根から下りたのち、僕と鬼神様の前に現れた。
凍るような視線に、不愛想な顔で僕らを一瞥すると──。
「昼川風太。および厄災クラスの鬼神には『高天原機関』へ送還させてもらう。同行を拒否した場合は、強制連行するので言動には注意してもらうか」
有無を言わさぬ高圧的な口調。最初から僕らを敵視する男に、僕は逆らわない方が良いと直感的に思った。
「僕は構わないけれど、鬼神様は?」
「──ワカッタ」
鬼神様は男の要求に受け入れると、両手を上げて降参のポーズを取る。僕もそれに倣った。僕らに抵抗の姿勢が無いとわかったからか、男は一瞥したのち歩き出した。
なんだか釈然としないものの、いろいろと話を聞くためにも同行することにしたのだった。
***
高天原機関。
オカルト的な要素満載新手のカルト集団のいる組織だったら、どうしようかと思ったけれど、着いた先は見覚えのある大学だった。大日本下総大学、千葉県の中で五本の指の入る有名校。歴史美術学、アヤカシ怪異学、呪術道具研究学──という分野を取り入れた風変り、いや異質な大学だ。けれども、専門的な知識がない僕としては有難い分野だった。
そう大日本下総大学とは、僕が受験した大学でもある。
(アヤカシ怪異学も選考しようと思って選んだけれど──予想以上に本格的な知識も学べし、美術関係の授業も受けられるから最高って、思っていたんだけれど。……というか、この展開、生きて帰れるよね?)
案の定、嫌な予感は当たった。
大学本館のエレベーターに乗り込み着いた先は《《地下五階》》、駐車場に似た造りの部屋だ。白で統一された空間。柱、壁、コンクリートの床まで清々しいほどに一色のみ。天井は高く、軽く見積もっても二十メートルはあるだろうか。
見るからに何かがぶつかったような壁や床の凹み具合に、嫌な予感は確信めいたものになった。
せめて応接間で話が聞きたかったが、そんな雰囲気ではないようだ。
僕たちの前に対峙しているのは、ここに連れてきた白いスーツの男だ。見る限り、この男も常人ではない。現に影から何匹もの白い蛇が加護に付いているのだから。白い蛇は額に緋色の紋様がある事から、どこかの神様の眷族なのだろう。取り憑かれている訳ではないので、危険はないと思いたい。
男は白金総一郎と名乗った。職業は弁護士だという。確かに胸に「自由と正義」を表す向日葵の記章をつけている。
「さて、いろいろと聞きたいことは山積みにあるが──そんなことより、そのお守りをどこで手に入れた」
「は、はい?」
思わぬ質問に僕は小首を傾げた。
状況からして鬼神様や、あの異空間の調書を取ると思ったのだが、斜め上を行く質問に困惑する。男の顔を見るかぎり、「お守りの入手ルート」の返答以外を口にした瞬間、殺すまではいかなくとも、殴られそうな雰囲気だ。
「ええっと……、このお守りはですね」
「いいや、喋らなくていい。小太郎から聞いている、どうせ盗んだのだろう」
「いや、違うし! ──って、ちゃんと話を聞いてください! それでも弁護士ですか!?」
「フウタ、イジメル──ダメ」
「虐めてません」
ギロリと鋭く白金は睨む。その殺意に鬼神様が反応するが、僕は二人の間に割り込む。
「と・に・か・く、人の話聞いてくれませんか? 受験の時に狐がいっぱいくっついている子から貸してもらったんです! だから盗んでは──」
「黙れ。あの子の手元にないイコール盗んで奪ったと同義だ!」
「ええ!? 何ですか、その暴論!?」
「人見知りの彼女が、見知らぬお前に声をかけることなど絶対にありえない! 私だって最近は目を合わせてくれないというのに!」
「後半は完全な私情じゃないか!?」
「うるさい!」
影に潜んでいた白蛇が矢の如く僕たちに飛び掛かってくる。問答無用の滅茶苦茶な白金に、憤りを感じつつも、僕は蛇から逃げ回った。何度も言うけれど、僕は目がいいだけであって、どうにか出来る力はない。回避の一択のみだ。
鬼神様はというと、蛇に噛まれているのに反撃もせずに立ち尽くしたままだ。
「ちょ、鬼神様!?」
「──ダイジョウブ、コノテイドデ、ソレガシ、ハ、シナナイ」
「って、滅茶苦茶、ガブガブされていますけれど!?」
鬼神様の顔の半分を蛇がかじっている。しかも血とか出ているが大丈夫なのだろうか。
まあ人の心配をしている場合ではない。僕を追いかける蛇が速い。というか矢のように飛んでくる。鉄骨の柱を貫いてこっちに近づいてくるではないか。
なにあの強度。
(いやああああああああ、無理無理無理!)
目のおかげで何とか躱しているが、僕の体が先に悲鳴を上げた。
(あ。死んだ)
蛇が群がり──大蛇となって、巨大な口をぱっくりと開けた。
噛まれる──いや、この場合は飲み込まれる。
そう思った瞬間、僕は意識が遠のいた。
(え、なっ……)
「なんで、こんな時に」そう呪いながら、僕の意識は──暗闇に飲まれる。