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6話 過去を振り返り己を顧みる

 絞り出すような掠れた声。

 揺らいだ前髪から緋色の瞳と目がぶつかる。


「!?」


 流れ込んできたのは青々とした世界。青空と、人々の笑顔。

 李の花が咲き誇り、静かでけれど穏やかな村々。時代的には江戸時代が近いだろうか。穏やかで平和な田舎の集落。

 それが一瞬で、血の海に変わった。

 赤銅色の炎と、人の血と、争い合う者たち。鎧を身に着けた女子もいた。武士の家系だったのだろうか。その娘も死ぬ。

 集落で生き残りはおらず、山で眠っていた鬼神様が気づいた頃には、家々に火がつけられていた。夜盗たちに襲われたのか、それとも見せしめだったのか。集落の死は無残なものだった。

 激昂した鬼神様は──世界を血に染めた。

 真っ赤な世界。

 誰もいなくなった世界に生き残っていたのは鬼神様だ。

 真っ白な雪の世界、孤独。

 全てを白へと変える死の結晶と、一人うずくまる鬼神様。

 それは墓標だったのか、巨大な岩がいくつも周りに並んでいた。雪で殆ど埋もれてしまっている。

 死にたがりの鬼神様に、僕は腹が立った。


(死にたいと、鬼神様は言った。けど──本当に死にたいのか?)


 思い出すのは昔、僕が見捨てた友人、登良の姿だ。もう姿も朧気で、なんとなくしか思い出せない。それでも夕暮れ時に消えゆく姿を思い出すたびに思う。

 本当は「死にたくない」と思っている癖に、そうすることが「最適解だ」と結論付ける人たちが許せない。自分が犠牲になればいいなんて、投げ出す人種が嫌いだ。

 最大多数の最大幸福──社会全体の幸福を最大化すべきだという考えは好きじゃない。知ったことか。

 簡単に諦めるなよ。相談もなく決めるな。

 僕はあの日、後悔したし、今だって怒っている。


(僕が嫌だ。そんな選択なんてさせたくない。相手がそれを望んでも、僕は首を横に振り続けてやる)


 有難迷惑かもしれない。

 自己満足だってわかっている。でも、僕はそう決めたんだ。

 友人──登良がいなくなった時に。


(だから──僕は──同じ選択をする奴がいたら、絶対にその願いを叶えてやらない!)


 逃げるのを止めて、鬼神様を真正面から見つめた。

 僕の太股よりも大きな拳が僕に迫る。

 轟ッツ!

 降り積もった雪を一気に蒸発させ、コンクリートが抉れた。だが僕は無傷だった。予想通り、鬼神様は僕を殺す気はない。

 それでも正直、背中から汗が噴き出すほどビビったけれど。

 この隙に僕は正面から鬼神を見つめた。

 相手の魂の名を見えることが出来れば、意思疎通が可能になる──かもしれない。『出来るかもしれない』というだけで、実際に効果があるかは不明なのだ。このまま逃げたとしてもこの鬼神様はきっと追いかけてくる。そういう類いのモノだと肌で感じた。


(こうなったら、やってやる!)


 見る、見る、見る。

 しかし彼の正体は、正直よくわからなかった。名のあるアヤカシ(妖怪)あるいは神に類するものなどであれば、ある程度それに類する名や何か見える筈なのだが、この鬼神様から文字が浮かび上がらない。


(なんでこんなに名前が浮かび上がってくる!?)


 本来、魂の名は一つだ。それなのに、この鬼神様には、いくつもの名が魂に刻まれている。その上、とてつもない強大なエネルギーを有していた。八百万の神々が中にいるぐらいの熱量だ。彼を取り巻く黒い邪気と、それを癒そうとする気が螺旋を描いている。

 光と闇のせめぎ合いが奇跡的に拮抗しているようだ。確かに彼の存在そのものが危険なのは理解できた。


(──にしても、数百、いや数千の魂が交じり合っている? なんだ、これ?)

「ダレモ──イナイセカイ──ハ──イヤダ」

「だから死にたいと?」

「ソウ──。デモ、カナウナラ、オダヤカニ──イキタカッタ」


「逝きたかった」じゃない。「生きたかった」と告げた鬼神様の言葉に、僕は下唇を噛んだ。そして問う。


「生きたかったっていうなら、なんで簡単に諦めたんだよ!?」

「!」


 鬼神様に噛みつくように叫ぶ。あの日、僕は友人が居なくなるのを止められなかった。いなくなることで「普通」と「平穏」を得られることに期待している自分がいたからだ。

 僕の言葉に鬼神は口角を吊り上げた。


「ダレカヲ──ギセイヨクナイ。ヘイオンデモ、ココロガ──イタイノハ、イヤ」

「!」


 鬼神様の言葉が僕の胸に深く突き刺さった。それは僕が友人(登良)を失った時に思ったことと全く同じだった。けれど僕との相違点は「自分が滅んでもいい」という覚悟を持っていたこと。

 本物だ。

 偽物の僕とは違う。僕のように心の中で思いながらも、「普通」と「平穏」を受け入れたのだから。ぐっと、拳を握りしめて、感情のまま叫んだ。


「そんな風に思える人が、いなくならなきゃ駄目なんて間違っている! 犠牲者がいなければ、あなたが生きていいなら、僕はあなたが平穏で生きられるようにしてみせるから、簡単に死にないなんて言うなよ!」

「!」


 気づけば僕は泣いていた。

 六歳の頃と変わらずに、泣き喚いて叫んだ。

 僕はあの時から、ずっと心の片隅で後悔していた。あの時、もっと僕は手を伸ばせていたなら──。「もしも」があったかもしれないとしたら。

 その「もしも」を実現させたい。

 袖で乱暴に涙を拭うと、顔を上げた。あの時の子どもよりは少しはマシになっていると証明するために、僕は僕に出来ることをする。


「──、イタイノ? ──ダイジョウブ?」

「大丈夫」


 二メートルの巨体の鬼神様は、僕の涙にオロオロと困惑していた。その外見に似つかわしくない言動に僕は笑った。

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