5話 まさに鬼神仏心? 人は見かけによらない
「──っつ、………ん、あれ?」
目が覚めると黒い塊が灰となって消えている。その残滓が僅かに見えたが、何が起こったのか全く分からなかった。
(誰かが助けてくれた? いや、もしかしてこれもお守りのおかげ?)
周りを見渡すと、雪の上にあの烏がへたり込んでいた。彼が何かしたのだろうか。
「そこの烏、タカマガハラキカン? ってなに? この辺一帯の空間が重なっているのと何か関係があるのか?」
「んんん? なんなんだ、お前は!?」
心なしか烏は僕を警戒しているようだった。この目の事を知られたからだろうか。それとも他に何かあったのだろうか。
「いや、なんだと言われても……。それより誰がこの危機的状況を救ってくれたんだ?」
「…………」
烏は一瞬、固まったものの何事もなかったかのように嘴を開いた。
「お前、魔眼持ち……いや待て、待て。もしかしてお前は恩寵眼保持者なのか?」
「なにそれ? あと僕の質問を無視しないで欲しいのだけれど」
「なーーんだ、そんなことも知らないとは!」
「いや、だから」
「特別な目を持つ者をワタクシたちは恩寵眼と呼んでいるのですよ!」
「それじゃなくて」
「そして『高天原機関』とは八百万の神々が作り上げた組織でして、現世で起こる怪異現象や摩訶不思議な問題などを解決、調停するのがお役目です! ハイ、拍手!」
のべつ幕無しに語る烏は意気揚々と語った。テンションが高い上に、ノリノリである。人の話を一切聞かない烏に文句の一つでも言いたいが──堪えた。
「あー、じゃあこの問題は、アンタらが何とかするはずだった……と?」
「ぎくり」
少なからず巻き込まれた。そう判断した僕の顔を見た烏は、ビクリと体を硬直させた。羽根を器用に羽ばたかせて誤魔化す。
「あー、まあ……。でもこんなに大ごとになるはずなかったのですよ? 空間が重複するなんて稀ですし、誰かが拡張しない限りはこんな感じじゃなかったんですけどね。それに『高天原機関』と契約する現世の人間はあまりに居ないので、常に人員不足なんです」
さらっと烏の言った言葉に僕は背筋が凍った。今朝僕がこの目を使ったから、状況が悪化したのかもしれない。というか、その可能性が大いにある。
(いや、目の力を使ったのは異界に迷い込んだ後だ……。うん、僕のせいじゃない)
とにもかくにも、これ以上面倒ごとに巻き込まれる訳にはいかない。その何とか機関に連れていかれたら、僕が普通の人間じゃないことがバレてしまう。
それは──不味い。
僕は自分の正当性を考えるあまり、背後から近づく人影に気付かなかった。
「しかし恩寵眼保持者とはいえ、神具をもっているのですか? やや!? それは確かあの方が──」
「ア────ダ」
「あだ?」
その独特の音階と声に僕は慌てて振り返ると──今朝見かけた赤い鬼が佇んでいた。殺意はない。けれど彼が何と言ったのか、やっぱり聞き取れなかった。
前髪のせいで表情も良く読めない。びっくりはしたが、初回ではないのでさすがに少しは冷静でいられた。その証拠に悲鳴を上げることはなかった──あくまでも僕は。
「ぎ、ぎゃああああああああああ!!」
悲鳴を上げたのは烏だった。先ほどの比ではないほどの声を上げると、慌ててその場から離れようと翼を広げる。だが恐怖で上手く飛べなかったのか、周囲の壁に何度もぶつかりながら空へと飛び上がった。あれは痛そう。
「あ」
「──、──!?」
「──って、あ、おい! 何、逃げてんだよ」
「あんな化物の相手なんかできる訳ないでしょうーーーー! アデュー!」
(アンナ、バケモノ?)
「──、───」
(心なしか、鬼がしょんぼりしているように見えるのだけれど!?)
赤い鬼──いや近くで見ると、纏っている雰囲気で神様だとわかる。
鬼神は雪の中に倒れている受験生を気にかけていた。「気を失っているだけだ」と話しかけてみたものの、上手く伝わっていないようだ。
「──ガ、──ノ──タオシタ?」
「ええっと、この辺に居た黒い塊ならいつの間にか消えていました! 僕が何かしたわけじゃないと思う……たぶん」
そう言った後で僕は両手を上げて降参のポーズを見せる。
「──」
「あと、僕たちが間違ってこの空間に入り込んだだけだから、無用な争いはする気はないし、すぐに出て行きますから!」
僕の言葉が少しは理解できたのか、鬼神は口元を緩めると、
「ソレガシ──モ──シナセテ」
(死なせて?)
聞き間違いだろうか。
悲痛な声に僕は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。
「え? なんで」と僕の問いに、鬼神は問答無用で拳を振り上げる。
轟ッ!
拳を地面に叩きつけただけで周囲の雪は吹き飛び、その下の地面に大きなクレーターを作った。僕は思わずその場に座り込んだ。
「!??」
鬼神が本気だったら今頃僕は潰れて死んでいただろう。あくまで僕に本気を出させるためのアピールだった。その証拠に他の受験生たちも無事だ。
「ちょ、なんで死にたいんですか!? あと僕、目がいいだけで何も出来ないですよ!?」
「──!!」
僕の抗議に鬼神は吠えるばかりで、理由を語ろうとしない。
駆け出した僕を追いかけて拳を振るうが、あくまでも脅しで地面にクレーターを作るばかりだ。本気で当てるつもりはないだろう。それでも追いかけられる恐怖と、一発でも仮に当たったら死ぬという事実は、僕の足を加速させるには十分だった。
(だああああ! 次から次へと!)
「オワリタイ──シズカニ──」