3話 それは時に試練というけれど
その後どうやって試験会場に辿り着いたのか覚えていない。けれど、あんなに降り続いていた雪は止んでおり、運転を見合わせていた電車やバスなどの交通機関も回復の兆しを見せ──センター試験は通常通り行われることとなった。
(ヤバい。ヤバい。ヤバい! センター会場についてからが勝負だって、祖父ちゃんや祖母ちゃんが言っていたけれど、そういう次元の問題じゃないぞ、これ!)
というのも、今の僕は伊達眼鏡をしていない。つまり、いろんなものが見えてしまうわけだ。試験会場には狐を沢山引き連れてモフモフされている童顔の女の子や、不動明王と鎧武者を従える美女、人間じゃないけどしれっと紛れ込んでいるモノ、窓の傍でわらわら集まる木霊たち──挙げれば限がないほど様々なモノが視える。
この感覚は本当に久しぶりだ。普通を知ったからこそ、この異常な光景に寒気を覚えた。
(帰りたい! いや来たばかりだけれど、これは結構キツイ。こんな日に伊達眼鏡をなくすなんて災厄だ。だいたいなんで、今日、なんだよ……)
半分ぐらいは好意的な存在と無害な感じだが、あんまりよくないモノに憑かれている人もいる。多感な時期であれば、そういった存在が寄り付くのも分からなくはない。幼い頃の自分だったら叫びもしただろう。けれど僕はグッとこらえ、異常な光景に全身がカタカタと震えていた。これでは文字を書くのも一苦労だ。
もう片方の手で、震えを止めようとしたが駄目だった。
息の仕方を忘れたかのように、呼吸も困難になりかけたが──。
「あの。大丈夫ですか?」
可愛らしい声。
ふと僕は顔を上げると、目の前には狐のもふもふの尻尾が目に入った。危うく悲鳴を上げそうになったのを堪えた。
「──って、え?」
「顔色が悪いですけど……」
「あ、いえ……。そのなんというか……」
「女子との会話!」と、内心ドキドキしていたが彼女の傍には、紅茶色の狐がわんさか引っ付いているし、ぶら下がってもいる。重そうに見えるけれど、憑いているわけではなさそうだ。どちらかというと御使いによる加護で守られている。
守られ過ぎじゃないか。周りに分けてやってもいいんじゃいかってぐらい、過保護に守られている。
(──ってか、どんだけ田の女神に好かれているんだ? 狐も毛並みはいいし、ヨクナイ感じはしない。絶対に家が専門的な家柄だよな、うん)
「あ、もしかして試験に緊張しているんですか?」
「あー、うん、まあ、そんな感じ──です、はい!」
「それなら……」
女の子はごそごそと何かを取り出しているようだった。狐が邪魔なので衣擦れの音しか聞こえないが。
「はい、これ」と、彼女はお守りを取り出した。見る限り金色に光るそれは、ソシャゲーで例えるなら、SSSクラスレベルの神具だ。三大神器とまではいかなくても、一宮の奥に備えられた神具に近い貴重なものだ。このお守りを差し出しているが、何のつもりだろうか。
僕が小首を傾げていると、こともあろうに彼女はそのお守りを僕に突き出してきた。
「はい。私のお守りの一つを貸してあげる」
「えっ、はい!?」
「このお守りがあると、なんというか、えっと────うん、元気が出るわ!」
「そりゃそうでしょうね。なんたって神具レベルだもの!」と僕は思ったけれど、頑張って堪えた。こんな周りに人がいる中で「こんな大層なものお借りできません」なんて言えず、何より彼女の厚意を無下にできなかった。それこそ罰が当たってしまう。僕は「ありがとうございます」とおっかなびっくりしつつも、そのお守りを手にする。
「それに他の子たちも貴方を助けるのに協力的だったから、気にしないで」
「え? あ、はい……」
彼女の名前を聞くタイミングを逃した僕は、会話が終わっても彼女の顔すら拝むことは出来なかった。十匹ほどの狐とは目が合っていたけれど……。顔に緋色の紋様があるのは、神の御使いであり、その眷族の証明である。
最終的に狐も手を振って応援してくれたようだ。ちょっとほっこりと気持ちが落ち着いた。実家に現れる狐に似ている。そのおかげ──かもしれないので、帰ったら油揚げを神棚に奉納しておこう。と僕は心から思った。
(あ、手の震えが止まった? このお守りの加護だからだよな……)
アヤカシ──人外なるものは人畜無害から災害レベルのモノもいるので、その付き合い方が分かれば苦はない。そういう「何か」がある土地でない限り、アヤカシが出会う事には意味がある。ちなみに原因としては、「見た側の方」に問題があるのだ。
「闇寄せ」というらしい。これは祖母ちゃんの知り合いから教えてもらったことで、その人も少しだけ見える人だった。小学六年の頃、アヤカシとの付き合い方を教えてくれたのは、その人だったりする。
(僕ってなんだかんだで、いろんな人の助けられているっていうのに僕自身はなにも返せてないよな……)
いつだって僕は役に立たない臆病者で、弱虫だ。
それでも僕は非日常に背を向けて、日常にしがみつく。友人──登良を見捨てた僕なりの意地というやつだ。




