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恩寵眼の絵画修繕者   作者: あさぎかな@電子書籍化、コミカライズ連載準備中
絵画修繕:依頼者は吸血鬼と妖精女王
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37話 交渉

 エマさんが教授に提示した条件はこうだ。

 一、失敗しても昼川風太に責任ないものとする。また金銭面の負担はもちろん、彼の生活環境が一変するような仕打ちを行わない。

 二、成功した場合、修復した絵画を公共の場に提供または展示会の出品すること。

 三、依頼に必要なものはアディバルド・ハインリッヒが全て用意すること。また修正中は立ち合わないこと。

 この提案に教授はあまりにもあっさり承諾したので、僕は気が抜けてしまった。特に一番目は僕にとって死活問題となり得るからだ。もっとも教授は藁にも縋る想いだったので、十中八九、承諾するとは思ってはいたが。


「じゃあエマ、私は昼川くんと少し話があるのでしばし退室するよ」

「え? 今ここでもでき──」

「依頼に必要なものの確認と、スケジュールの打ち合わせだ。では行こうか昼川くん!」


「ハハハッ!」と豪快に笑いながら教授は僕を軽々と持ち上げると、俵でも運ぶかのように肩で担ぐ。僕の両手両足は縛られたままなので、下手したらこのまま亡き者にされるかもしれないと一瞬身構える。

 だが冷静に考えれば、絵画を修繕するまでは安全だろう。もし殺すとしたら絵画の修繕が出来なかった時だ。


(まあ、ピンチなのは変わらないけれど)


 僕の焦りが白李に伝わったのか、影から抜け出し──目にも止まらぬ俊敏さで教授の前に立ちふさがる。さすがは僕の護衛者、頼りになる。


「フウタに危害を加えるなら、容赦しない」

(うん、うん。もっと言ってやって!)

 白李は渾身の一撃を見舞うつもりなのか大刀を顕現させ、姿勢を低くして抜刀の構えを見せる。気迫も脅しでないというのがヒシヒシと感じられた。

 それにしても白李の戦う構えが堂に入っていて、思わず見惚れてしまう。今度デッサンでモデルをしてもらえないだろうか──などと暢気に考え、すぐさま現実を直視する。


「──って、いや待って、待って、白李。その位置からだと僕も吹っ飛ばされるから!?」

「……大丈夫?」

「そこなんで疑問形なの!? せめてそこは自信をもって欲しいのだけれど!」

「別に昼川くんをどうこうするつもりはない。……今のところ」

「今のところって言うセリフ辞めてくれませんか、教授!」

「本当に危害を加えるつもりはない。……今のところは!」

「二度言った! もう本当にブレないですね、教授!」

「ハハハッ、ありがとう」

「褒めてないですから!」

「…………」


 じりじりと、彼女の細い指先が柄へと延びかけているのに気づき、僕は必死に説得を試みる。まだ何も始まっていないのに教授と敵対することだけは避けたい。


「白李、とりあえず大丈夫……。本当に今のところだけれど! 穏便にすむならそうしたいし、絵画の修繕に時間もないから、ね。それに……」

「…………?」

「面倒ごとは早く終わらせて、家でのんびりしよう」


 白李は大きく息を吐くと、体から湯気を放出した。彼女の纏っていた空気が和らぐのを感じて、僕は心の底から安堵した。


「わかった。今のところは拙も抑える」

「では、私の作業室で話をしよう」

「わかりました──って、縄をほどいてくれませんかね!?」

「ああ、そうだった。部屋に付いたらにしよう」

「ちょーーーー!」


 宣言通り、教授は保存修復室へと僕たちを通した。

 保存修復室──美術館には保存修復に関わる部屋がある。絵画・タピスリー室、物理室、化学室などだ。電子顕微鏡や赤外線カメラなどの機材に、修復の過程で必要な素材が揃っており、部屋そのものは壁を始め作業台に至っても白を基調としていた。その辺の美術館よりも設備がいいだろう。


(この設備を用意したのはおそらく、エマさんを延命させるため──)

「ここを使ってくれ。必要な素材も大体揃っているはずだ」

「あ、はい」


 教授はそっと僕を下ろすと、両手両足の縄を解いてくれた。手首に赤い痣が少しあるがこの程度なら数時間で消えるだろう。そう思っていると、「昼川くん」と教授が真剣な声で僕の名を呼んだ。


(ん? なんだろう。惚気話か、俺の妻に近づくなとか威嚇的な話だろうか)


 僕が顔を上げると、教授は胸に手を当てて深々と頭を下げていた。それは中世ヨーロッパの貴族が敬意をもって主君に傅くような──そんな気高さがあった。


「え、あの教授?」

「今までの非礼を許してほしい。いくら時間がなかったとはいえ、君には迷惑をかけることになる」

(現在進行形でかけているといいたいけど、それはやめておこう)


「いえ」と答えるのがやっとで、気の利いた言葉一つ返すことが出来なかった。なにより教授の対応の変化に驚きを禁じ得なかったからだ。


「顔を上げてください。まだ絵画の修復が成功するかどうか分からないんですよ?」

「それでも、死を受け入れていた妻が希望を持ってくれた。それだけで君をここに連れてきただけの価値がある」


 今朝、小太郎が吸血鬼は気位の高い人種だと聞いていたから余計に──真摯な態度に困惑する。「絶対何が何でも治せ」ぐらいは、言われると覚悟していた。


「私はこの家の主として今までの行いを謝罪したい。そして感謝を」

「ひとまずは受け取っておきます。ですから、作業場の道具などを見ても良いですか? 修繕に必要なものがあるので、いいですよね!?」


 僕は少し強引に依頼内容へと話を逸らした。そのことに教授は気づいたようで頭を上げると、


「あ、そうだ。もし足りないものがあったら遠慮なくいってくれ」

「わかりました」


 白李は出口の前から一歩も動かず、教授を見張るつもりのようだ。いつも以上に警戒しているのか、彼女の目線は鋭い。


(教授の言動は白李に任せて、僕は僕のやるべき事をやらないと……)


 僕は改めて部屋の中をぐるりと見渡す。

 思った以上に広く、昨日の美術館のフロア一つ分かもしれないと思った。中央には作業台と、ピンセットやメスなどの道具に、薬品もかなりそろえている。僕はその中で必要な物──『妖精の鱗粉』を探す。常人には見えないものだが、吸血鬼である教授なら所持ないし、何か知っているかもしれない。


「教授。妖精の鱗粉は、どこかで手に入りますか?」

「それなら知人に頼めば用意できるが……」

「本当ですか!」

「……やはりあの絵画には、妖精の羽根が使用されていたか」

(ん?)


 妙な言い回しに僕は小首を傾げた。教授は妖精の鱗粉が必要だという事を知っている口振りだった。解決に一歩近づいているというのに、複雑そうに考え込んでいるようだ。教授も何か──エマさんに言えない何かがあるのだろうか。思わずそんな邪推をしてしまう。


「教授?」

「……君は黒の年代記(ブラック・クロニクル)を知っているかい?」

(また藪から棒に妙な単語が出てきた)

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