31話 絵画修繕可能な恩寵眼保持者
薄暗い部屋の片隅に気取られずに佇んでいたのは、アディバルド・ハインリッヒ──教授だ。それも美術館であった時は人と変わらない雰囲気だったが、今は人外の気配を隠そうともしていない。
「漸く目を覚ましてくれて嬉しいよ」
「きょ、教授がなぜここに!?」
ごくりと唾をのみ込む。
肌を焼くような鋭い視線、人外独特の気配に纏うオーラも桁違いだ。身構える僕に教授は警戒を解くように両手を上げて降参のポーズをとる。
「ああ、驚かせてすまない。出来るだけ早めに話がしたくて、ここで待たせてもらったんだ。もっとも君の守護者は、私の事を全然信用してくれなかったようなのだ」
「白李が?」
僕は思わず振り返ると、白李の琥珀色の瞳と視線がぶつかる。僕が説明を求めるように見つめていると、渋々と口を開いた。
「この男は最初からフウタの実力を測っていた節があった。なにより血の匂いが酷い」
「血? 白李って鼻もいいんだね」
「うむ。拙はフウタの護衛者だから──害するものは容赦しない」
ふふん、と獣の姿の白李は自慢げに微笑んでいた。頭を撫でたらモフモフしている。いや和んでいる場合じゃない。さっきサラッと物騒なセリフが聞こえた。
(血生臭いって、人間を殺す奴ってことか?)
「血が必要なのは、人間社会で生きていくうえで致し方ない事。処世術のようなものだ」
「はあ……」
しかし僕が解せないのは、「なぜ教授が、待っていたのか」だ。本当に僕を殺そうとするなら無理にこの場に留まる必要ない。何より警戒されないようにする方が得策だ。そうまでして僕と面会しようとした理由。
今回の依頼内容も気になっていたけれど、僕はある予測を立てる。
「もしかして今回の依頼主って、教授だったりしますか?」
僅かな沈黙の後、教授は僕を挑発するかのように口元を綻ばせた。
「面白い推理だ。ではなぜその結論に至ったのか話を聞かせてもらおう」
まるで自分の作り出した謎を解き明かす探偵を渇望する悪役の親玉のではないか。不敵な笑みと薄暗いこの部屋すら、彼の演出ではないかと思ってしまう。
僕に探偵役が務まるか不明だが、それでも考えを言葉にする。
「あの美術展のフロア配置はともかく、悪女の絵の下にルーカスの絵があることをご存じでしたよね。だから僕の作業が終わって絵画を見る前に、『未発表』という言葉を口にした」
「…………」
「絵を見てもいないのに、そう言えるのは一度X線か──特別な目を持っていて、見る事が出来る人だと考えました。もっとも見ることは出来ても、対処は出来なかったんでしょう。だから騒ぎを大きくして問題を作れば『高天原機関』が動くと踏んだ──と考えてみました」
教授は顎髭を摩りながら「ふむ」と呟いた。
「面白い話だが──そんなことをして私に何のメリットがあるんだ?」
「そこなんですよね。……これは僕の想像ですけど、あの絵を修繕できる恩寵眼保持者を探しているとしたら、謎は解けると思うんです」
「ほう……」
「普通にこの目を持つ人たちは多かれ少なかれ『高天原機関』や守護者の加護がなければ、生きていくのは難しいと荒屋敷さんから聞きました。かくゆう僕も白李と出会うまでは伊達眼鏡に込められた加護によって守られていましたし」
ふと僕はいつもの癖で眼鏡のふちを上げようとして、伊達眼鏡をかけていなかったことに気付く。そう言えば小太郎に渡していたのだ。しかも姿はない。『高天原機関』の担当者として困ったものだ。というか今度文句の一つでも言わなきゃ気が済まなかった。
「君は私が思っていた以上に面白い考えを持つ人物のようだ。その上、洞察力もあるようで安心した」
「それはどうも」
「君の指摘通り、私は絵画の修繕が出来る恩寵眼保持者を探していた。それも出来るだけ早く必要だった」
教授の話では皇さんの能力にも期待していたそうだが、浄化は出来るが絵画の修復などは無理だと断られたらしい。
「私の所有している『絵画』の修繕を頼みたい」
「恩寵眼関連の絵画というと──今回のような術式がかかっている、または呪われているとかですか?」
「違う。あの絵画は憑依──いや何かが宿っている」
「宿……」
一気に嫌な予感がした。
術式よりも厄介な案件というのは、意志を持っている場合が多い。想いが強い呪い関係も面倒が、その上を行くのが──。
「付喪神、または九十九神。日本だと長い年月を経た道具やモノに精霊や霊魂が宿るというのがあります。きっとそれに類するものじゃないですかね☆」
ひょっこりと姿を見せたのは烏姿の小太郎だった。おそらく教授に敵意がないと分かったから姿を見せたのだろう。相変わらず調子のいい奴だ。「いいや今回はグッジョブ」と心の中で思った。僕ではオカルト的な知識は、付け焼刃な部分が多いので案件が絡むのならば、荒屋敷さんたちのような経験豊富な人がいるのは有難い。小太郎は少し──かなり不安だが、人外としての知識量を信頼することにした。
「そう。この国で言う付喪神の類にあたる」
(付喪神なら荒屋敷さんと皇さんから資料や話を聞いていたから何とかなるかも……。いや、安心するのはまだ早い。その付喪神をどうしたいかによる)
こほん、とわざとらしい咳払いを立てて僕は要件を訪ねた。
「修復というのであれば、退治するというわけではない──んですよね?」
「むろんだ。私は二百年前にその絵画と出会い、惚れた」
「は?」
「ほう?」
「禁断の恋♪」と小太郎だけは歌うような声で、何故か楽しそうだ。だがよく考えれば「人外と絵画の付喪神……。禁断なのか?」と僕の中で疑問符が浮かび上がる。そんな疑問を他所に教授の馴れ初めは続いた。
(これ馴れ初めから夜通し聞かされるわけじゃないよな?)
「ブラックマーケットで彼女と出会い。その……一目見た瞬間、恋に落ち──私は彼女に求婚したのだ。それから百年粘ってやっと承諾を得てからずっと一緒に居る」
(二百年前の姿がどうかわからないけど、プレイボーイから一途な恋に芽生えるパターンか。なんだろう、こっちに来てから恋愛相談やら恋バナを聞くポジションになりつつあるんだけど……)
つまりは普通の修繕では無理な絵画だから、恩寵眼保持者の協力が必要なのは理解できた。だが問題は今回の一件だ。
(しかし、これを単刀直入に言って答えてもらえるだろうか……)
「依頼をするのはいい。だが──なぜ、フウタを危険に晒すやり方をした?」
唸るような声を上げたのは白李だった。
僕も同じ考えだ。問題を起こそうとする前に『高天原機関』に協力を願い出ればよかったのではないだろうか。
どうにも腑に落ちない。
教授は「敵意などない」とアピールを続けるが、その動作もまた芝居がかっているので、とてもうさん臭く見える。
「誤解をしているようなので訂正しておくが、私が『高天原機関』にあの絵の情報を提供した時には美術館はまだ正常だった。今日の依頼に同行した時には、状況が悪化していたのを知って、慌てて浄化の専門を要請したほどだ」
「そうですね☆わたくしが申請を確認するので、その報告は間違ってないです」
小太郎の発言によって信憑性が少しだけ上がった。どうやらあのフロアの配置や術式は教授が用意した者ではない──ようだ。しかしだとするなら、なぜあのフロアの配置を変えた者の真意がわからない。僕を試すというのなら筋は通ると思ったが、試すだけで殺傷能力の高い仕掛けをするとは思えない。
それこそ「自分が犯人です」というものだ。
「今回の案件には、私と『高天原機関』でそれぞれに目的があったからだ」
「と言うと……?」
「私は長年、恩寵眼保持者を探していたというのは先ほど話だろう。対して『高天原機関』は『PHANTOM』と呼ばれる組織の尻尾を掴もうと躍起になっていた」
「「ふぁんとむ?」」




