20話 新居探しが出来るだろうか4
「幸恵の場合は、目の権能はサブスキルのようなものだからな」
「はい」
「そうなんだ。皇さんは狐の加護があるけど、稲荷関係じゃないのか?」
「そうです。私は水の女神ですので、龍や植物関連の守護が多いのですが日常生活的に彼らが出張ってくると、大変なので加護の姿として狐になっているんです」
(狐だけど、狐じゃないんだ……。え、なに哲学?)
「君、何でもかんでも哲学のせいにするのはやめろ」
「心の声が、ばれている!?」
「顔に出過ぎだ」
「うぐっ……」
もふもふの毛並みで皇さんにくっ付いている狐は、本当に彼女が大事で好きなようだ。どうやら見た目が、そうだからといってイコール眷族本来の姿ではないらしい。
「幸恵の役割は主に『場の浄化』だ。しかも人間の術者とは異なり邪気を払い、場を整え、本来あるべきものを導き清める。普通なら数十人がかりで行う儀式を一人でこなす。しかも術式や祝詞もない。道具も場所や時間の指定などもほとんどないという」
「なに、そのチート権能」
「えへへっ、なんだか誰かにこんな話をする日が来るなんて……。照れくさいです」
照れるところなのか正直わからないが、確かにフツウならこんな話は出来ないだろう。したとしても、頭が可笑しい子認定されかねない。それと、どうでもいいが白金が逐一、皇さんの情報を握っているのを知って、正直に引く。愛が重い。
「それと知っているかもしれないが、眷族たちは使い魔ではないので使役してはいないし、好きで傍に居ることが多い」
(あー、たしかその辺は荒屋敷さんに教えてもらった分野だ)
荒屋敷さん曰く眷族たちが主の傍にいるのは、好意を寄せているのも大きいが、加護の部分が大きいらしい。普通ではない権能が少なからずある転生者は、ヨクナイモノに狙われやすい。
「君の場合は、その伊達眼鏡そのものが加護そのものだったってわけだ」
(……たしかに。この眼鏡をかけてから変なことは、殆どなくなった。子供で無知だった僕や登良だけじゃ手に負えなかった。……ん?)
そこでふと思い出す。ずっと空想の友人だと思っていた登良は、なんだったのだろう。
眷族──ではない。
空想の友人、そう一度はそれで納得した。だが、本当にそうなのだろうか──?
「……と、脱線し過ぎたな。話を戻すぞ」
「あ、え……はい」
「この後は物件探しをしつつ、明日は祀戸市内の邪気を祓うために少し練り歩く」
(一気にダブルデートから遠いスケジュールになったな。まあ、元々新居探しがメインだからいいのだけれど……。というか明日も一緒に行動することが、さらっと決まった)
あっという間に物件の話に戻った。本当に先ほどまでの質問は、僕にどれだけ知識が身に付いたかのテストのようだ。
白金はA4サイズのiPadを取り出し、物件の見取り図をいくつか僕たちに提示する。仕事が早いようだが提案してきたのは、──なぜかどれも一軒家だ。それも二世帯住宅の結構いいところ。
「幸恵と私が二階、一階が君たち。敷金、礼金、家賃は私が全額だそう」
「は」
一気に家賃ゼロという言葉に僕は心躍ったが、タダという言葉ほど怖いものはない。嫌な予感がする。
「シェアハウスという名目であれば、幸恵との同棲も叶う」
(この人、清々しいほど自分の気持ちに正直になったな)
「私が、総一郎さんと同棲……きゃっ!」
(皇さんも満更でもない。確かにこの二人だけで同棲するよりはマシかも。主に僕の精神的な負担を考えると、夜に呼び出しを食らうよりは──)
「拙はフウタと一緒なら、なんでもいい」
「──って、白李、頬にクリームが付いてる」
「ん」
小さい子供のような食べ方は微笑ましくあるが、もう少し品がある食べ方を覚えてもらおうと僕は心から思った。紙ナプキンを手に彼女の頬についていたクリームを取る。
「フウタ、これ美味しいぞ。ほら」
彼女は目をキラキラさせながら、イチゴとバニラアイスをスプーンですくって僕の口へと近づける。「食べて、食べて」という日常となりつつあるので、僕はそのまま口を開けた。
「……んん。本当だ。甘さ控えめで美味しい」
「頼んでよかった。とても美味い」
「大げさだな、白李は。二人もそう思うで──」
白金と皇さんにも同意を求めようと視線を向けた。しかし二人とも固まっているではないか。皇さんに至っては頬がやや赤い。白金は落ち着いて見えるが、手にしているカップがあからさまに震えていた。
「ふっ。見せつけてくれる──羨ましくなどは──ない」
「わ、私もやってみたい──でも、恥ずかしい」
(この二人の本音って、面白いぐらいお互いに聞こえてないんだな)
恋愛においてのみ思考回路が同じなのか、見ていてなんともむず痒い。シェアハウスしたら毎日見るのかと思うと、家賃代を払った方が精神的には楽な気がしてきた。もっとも、仮にシェアハウスしなかったとしても、この二人なら相談に部屋に上がり込む可能性が高いだろう。
どちらをとっても大した逃げ道にならない。──ので、シェアハウスすることに異論はない。しかし、ちょっとだけ意趣返しすることにした。
「二人とも婚約者同志なのだから、このぐらい普通ですよね。あ、そうだ。試しに皇さんもやってみたらどうです?」
促すことによって、「そこまで言うなら」という流れを作る。一度、「はい、あーん」をクリアした二人はまだ少しギクシャクしているが、それでも二人で会話することが増えたようだ。意趣返しのつもりだったが、こうまで甘い空気になったのなら、毒気も抜けてしまう。
(これで少しは、僕への相談が減ると大変助かるのだけれど……)
***
カフェから出た後は、予定通り新居探しに邁進した。皇財閥に不動産関係者がいたので、いくつか物件を見て回る。最初は2LDだと言っていたのに、手配された物件は新築の一件屋ばかりだ。「この際、中古物件でもいいのでは?」と口を挟んだのだが、「中古物件の場合、面倒なのがいる可能背がある」と一刀両断された。
言わんとしていることは、なんとなく分かるが正直、僕の予算的には既にオーバーしている。「九十六坪か。手狭だな」と建物面積の話をしている時は、もはやついていけなかった。最終的に、新築の一戸建て、二世帯住宅に決定した。しかも賃貸ではなく、お買い上げである。
価格三千万──。
「家具など一式も含めて買いそろえて置こう。幸恵、どういった部屋が好みだ?」
「え、あ……。そうですね。落ち着いた感じの雰囲気の方が、総一郎さんが帰って来た時に、ホッとすると思うのですが」
おずおずと彼女は少しずつ白金に自分の想いを伝える。その成長が何というか嬉しかった。周りの眷族の狐たちも手放しで喜んでいるようだ。何だかんだで、皇さんの方から白金に歩み寄っているので、会話が途切れることも少なくなってきた。これはいい兆候だ。
「フウタ、この家に住む予定か?」
「あ、うん。そうなりそうだけど、何か気になる?」
白李は「ううん」と首を横に振った。気のせいか白李の腰には大刀が一瞬だけ見えた気がしたのだが、伊達眼鏡を外してみても、彼女は丸腰だった。
(やっぱり気のせいか)




