19話 新居探しが出来るだろうか3
モダンテイストなカフェの奥の席を陣取る形で、僕たちは座っていた。
注文を終えると、皇さんは簡単に婚約に至る経緯を話してくれた。曰く二人とも名家で、親同士の仲も良く六歳の頃には、白金家に嫁ぐ話が出ていたとか。聞いただけで僕とは縁遠い世界だとわかった。親同士の決めた婚約者という、普通の恋人とは異なる形で結ばれたため、互いに恋愛観がこじれているのだろう。
(あれ? でも白金の説明では、自分が一目惚れして婚約を両親に告げたって話していたような)
ジッと白金に視線を送るが、睨み返された。解せない。
「今日は荒屋敷さんからの頼み事で、時間を特別に設けた」
「それはドウモ、アリガトウゴザイマス」
頭を下げた。いい部屋を得る為ならザ☆土下座もするつもりだ。
「今日のデートプランも大事だが、まずは君の住まいについてさっさと片付けてしまおう」
「おい」
「君の希望として、2LD、風呂トイレ別──とあったが本当にこれだけでいいのか?」
「はい。築年数は出来れば新しい方が嬉しいけど、家賃は五万前後だとやっぱり難しいですよね」
「一人で2LDか、まあ妥当か。一部屋は寝室でもう一つが書庫か」
「え、一軒家を借りるんじゃないのですか?」
(ヤバい。恋愛観以外にも一般人感覚が通用しないのか)
会話の端々に感じるご令嬢、ご子息と一般人の感覚の違いに気持ちが滅入りそうになる。きっとこの二人にとっては、マッチ箱的に思われるのだろう。
「いやいや。白李の部屋も必要なので、二人暮らし用の部屋で探す予定なんだ」
「二人暮らし。なんだか素敵ですね」
目を輝かせる皇さんに、僕も首肯する。
「うん、一人よりはきっと楽しくなると思う。ご飯を食べるときとか一人だと味気ないし、人数が多ければ、鍋パーティーも出来るしね」
「しかし、我々が遊びに行くときに、泊まる部屋はどうする?」
「そうですね。パジャマパーティーというのもしてみたいです」
「……なんで二人が泊まり込みに来る前提で、話が進んでいるんだよ」
正論だというのに白金は睨む。爬虫類っぽい目は、怖い。威圧感が尋常でないのだ。ふと彼の瞳について疑問が浮かぶ。
「そういえば、白金さんの目って、何か権能があるんですか?」
「ふん、私は蛇神の転生者だぞ。君の恩寵眼とは異なるが、それなりの権能は付与されている」
「あ。そういえば白金さんは、蛇神様なんですね(まあ、眷族を見れば納得だけど)」
蛇。嫌悪感と同時に崇拝の対象とするのは古今東西──人類共通の情念と言ってもいいだろう。このあたりの知識は荒屋敷さんが持ってきた蔵書で学んでいるところだ。残念ながら僕には、『神様の転生者である感覚』は皆無に等しい。
僕は少し特殊な目を持っているぐらいの、平凡な高校生である。
(せっかくだし、その辺の話を少し聞いてみようかな)
そう思っていた矢先、「お待たせしました」とウエイトレスが飲み物やスイーツを運んできたので話が途切れた。白金は珈琲のみ、皇さんは紅茶のアールグレイと季節限定レアチーズケーキのセット、鬼神様はクリームソーダ、イチゴのパフェ、ホットケーキと甘いものばかりで胸焼けしそうになるが──黙視した。白李があまりにも笑顔で毒気が抜けたというか、そっとしておく方がいいだろうと直感で察した。ちなみに僕はベーコンと卵のパニーニとカフェオレを頼んでいた。
目を輝かせて食する皇さんと白李を他所に、白金は口を開いた。
「さて、昼川風太。君は蛇についてどのぐらいの知識がある?」
「なぜここで……」
「荒屋敷さんが、ちゃんと勉強をしているのか適度にテストしておくように言われたからだ」
(くっ、抜け目がない)
白金は言葉こそ僕に向けているが、視線どころか顔は隣でスイーツを美味しそうに頬張っている皇さんしか見てない。凝視に近いかもしれない。
圧が凄いけど、皇さんは全く意に介していないのもすごかった。もっとも白金の皇さんへの好き好きオーラも目を覆いたくなるほどだ。二人の言動に当てられつつも、これまでのせいかを発揮すべく考えをまとめてから話し出す。
「蛇には嫌悪と崇拝の二面性がある。旧約聖書ではイヴを唆し知恵の実を食べさせて人類を堕落させた『サタンの化身』、一方でモーセが荒野で旗竿の先に掲げた『青銅の蛇』、二匹の蛇が巻き付いた杖カドゥケウスは、ギリシアの神々の伝令ヘルメスと結びつく医療の象徴だ。中国神話では世界を創造した伏犠と女媧は半人半蛇、ヒンディー教ではナーガは雨と北条、復活の番人として、畏怖と敬意が入り混じっている──ぐらいは、なんとか覚えたけれど……」
「では、この国ではどうだ?」
出来の悪い生徒に質問をする意地の悪い教師のような言い方だった。
白金の背後にいる白蛇たちは「がんばって」と可愛らしい字で、テロップを出してくれている。眷族の白蛇たちは、なんでこんなにいい子たちなんだろう。
主は、鉄面皮なのに。
「ええっと、日本でも白蛇は縁起のいいものとして崇拝されているし、山の神としての神格は高い。『日本書紀』では日本武尊の時代に、伊吹山の神として登場。逆に『古事記』では八岐大蛇のような邪神という面もある。それと「八岐大蛇の目は赤加賀智の如く」というのは、魔力を図形化した蛇の目は家紋としても定着していた。……えー、だから蛇の目の権能は──邪眼、または魔の力を持つとされている」
「及第点と言っていきましょう」
(よかった……)
荒屋敷さんに『日本書紀』と『古事記』に目を通しておけと言われていたので、割と頭に入っていた。また美術は歴史ありきであるため、その辺の知識もあってか割とすんなり入ってきたのが幸いした。
「ちなみに邪眼として相手を石にするのは、ギリシア神話の怪物、ゴルゴーン三姉妹の一人である女王。またはエウリュアレーとも呼ばれる。もっとも、メドゥーサは女神アテナの影であり、邪悪な側面であるのが本来の役割だけれど」
「え!?」
「?」
「メデゥーサを討ったペルセウスを手助けしたのは、女神アテナでしたよね?」
「神話ではその通りだが、それが正しいとは限らない。むしろ伝承や神話など呼べるものは当時の権力者が都合のいいように書き換えられる。歴史は騙りばかりだからな」
神様の転生者として事実を知っているからこその言葉なのだろう。僕にはよくわからないが。荒屋敷さんの話では僕も何らかの神様の転生者らしいのだが、まったくと言っていいほど自覚がない。
僕よりも登良の方が、神の転生者としての感覚が強かった気がする。なんでも知っているような子供らしからぬ雰囲気、なにより俯瞰した考え方を持っていた。
「私は見たものを石化させる邪眼はないが、魔除け──邪視を遮る権能はあるぐらいか」
「へえ」
「私はふわっと、見える程度の権能しかないです。感知の方は高いですけど」
スイーツに夢中だった皇さんも会話に参加し始めた。「視える」というのにも様々な見え方がある。魔眼・邪眼、神眼、妖精眼、もちろん僕の恩寵眼はその中でも特殊らしい。




