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0.5話 言えなかった言葉

 あれは僕が六歳ぐらいだっただろうか。

 実家の福島は今よりずっと、空き地や田畑が多かった。

 一時間に一本しか通らない電車の線路、踏切の傍は誰も手入れしなくなった空き地が広がっていた。ススキが首を垂らして揺れている中で、僕と登良はいつも通り追いかけっこをして遊んだ。空を仰ぐと龍たちが空を悠々と泳ぎ、空き地には田と山の神の眷属である狐たちが毛繕いをして寝転がっている。遠くに見える山々には蛇神様が、とぐろを巻いて「ぐおぉん」と、声を上げて森を抱いて眠っていた。

 精霊や妖精は光の粒子となって、ゆらゆらと浮遊して自由そうだ。ここにはヨクナイモノはいない。僕と友人でこの辺の邪気を祓ったからだ。

 子供が好きな魔物討伐──みたいな感覚だっただろう。


 登良は似合っているけど、僕には不釣り合いだった。面倒ごとよりも何でもない毎日が好きだし、日向ぼっこしているだけで十分楽しかった。

 普通に学校に行って勉強して、友だちと遊んで──。

 僕は平穏が大好きで、普通がいい。

 神様たちはどこにでもいるけれど、見ようとしなければ、気づかなければ、信じてなければどこにもいない。


 僕の周りには、僕と同じ視点を持つ友だちは誰もいなかった。僕が「普通じゃない」、「嘘つき」だと、クラス中に広まると視線は、一気に居心地の悪いものに変質する。それと同時に学校によく蔓延しているヨクナイモノが囃し立て、騒ぎ出した。


 強い連中じゃないが、驚かす事に関しては天下一品で、急に窓ガラスにヒビが入り、ドタドタとワザと大きな音を上げて騒ぐ。

 みんなには見えないだろうけれど、嫌な感じは分かるようで、「僕が変なことを言うからこうなった」と幼いながらにクラスメイトの彼、彼女らは異物な僕を責め立てた。一度、僕と登良で学校にいるヨクナイモノを祓ったけれど、こう言うものは、なくなりはしないそうだ。


 学校の友人と遊ばなくなった。

 今は登良が居るだけでも救われている。でもずっとこのままじゃ普通に暮らすのは難しい。どうすればいいのか、僕は焦っていた。

 ススキが揺れる中、いつもの空き地で僕は登良に相談する。彼はどこか達観した顔でこの世界の真理を告げた。


「人間が生きている限り、ヨクナイモノは生まれ続ける。人間の負の感情によって形成されているんだ」

「じゃあ、目をつけられたらどうするのさ。それでなくても僕や登良は悪目立ちしているだろう」


「馬鹿だなあ」と登良はいつものように僕をなじる。侮蔑ではなく、「しょうがない奴だ」というような──出来の悪い弟をもった兄のような口調でいう。


「簡単さ。オレを使い潰せばいい」

「な……」

「オレがフウの持っている力を封じるために、表に出てこなければ今までよりはずっと生きやすいはずだ」

「登良……?」

「それに今のオレたちに師と呼べるような理解者はいない。大人もオレたちの言葉を信じない」

「でも──」

「その場合、今よりも面倒なヨクナイモノに見つかった時、オレもフウも死ぬかもしれない」


 登良の言っている事は正しいのだろう。()()()()()()()()()()()()()()。僕は彼の意見を却下する。もし彼が居なくなったら、僕はまた一人ぼっちに逆戻りしてしまう。それだけは──いやだ。


「いやだ。いやだ、いやだ、いやだ!!」


 視界が歪み、僕はみっともなく泣き喚いた。

 みんな僕の言うことを信じない。

 嘘つきだという。

 僕だって、みんなの輪に入りたいのに、一人だけ除け者にされるのはいやだった。見ている視点が違うだけで気味悪がられるたびに胸が痛んだ。


「普通になりたい。普通の人と同じものが見たい。……でも、それで登良がいなくなったら、なんにもならないじゃないか!」

「分ってないな、フウは。このままじゃオレもお前もどっちも死ぬ。だから、これが最適解なんだよ」

 

 そういって登良は黒縁眼鏡を僕に渡した。


「全く見えないというのも危険だからな。力は少し残しておく」

「登良……」

「眼鏡をかけていれば、そういった類のモノは見えない。普通に生きろよ」


 黒縁眼鏡は子どもの僕でもサイズがぴったりだった。

 ぼろぼろと涙が零れる中、登良の輪郭がぼやけはじめていた。まるで空気に溶けるように透明になっていく。


「登良! 待って!」


 手を伸ばすが、その手は空を掴んだ。

「ごめん」も「ありがとう」も言えないまま──それが登良との空想の友人イマジナリー・コンパニオンとの最後だった。

 そして登良の言葉通り、僕は「普通」と「薄っぺらな日常」を手に入れた。

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