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15話 少しずつの歩み寄り

 白金財閥も一枚岩ではないらしく、跳梁跋扈と金の亡者ばかりの親族が多いそうだ。今回の一件も白金を別の令嬢とくっつける為だとか。まだその辺は荒屋敷さんの介入もあって、だいぶ鎮静化されつつあるそうだ。


「デートプランを秘書見習いにさせるって……。視察っぽいな。一応聞くけど、場所は?」

「医療施設、研究所、飲食店の生産工工場の見学──」

「視察じゃん! もっとデートっぽいことして!」

「な……んだと……。しかし学生時代は」

「それは社会見学であって、学ぶためのであって楽しむ感じとはちょっと違うから! もっとこうデートって感じのところ!」

「デートとは……」

「遊園地、水族館、美術館、観光名所エトセトラ……が初級だとしたら。研究所や飲食店の生産工場も本人たちが好きなら問題ないけど、それは上級編だと思うこと!」

「ふむ……」

「だいたい、皇さんは美大に進むのだから、芸術関係の場所に連れていったら喜ぶんじゃないのか?」

「美術館、幸恵は日本にある美術館なら殆ど回ったはずだ。しかしそれでは彼女が飽きないか?」


 やはりどこかズレている。根本的なことが全く分かっていないのだ。


「好きな人と一緒に自分の趣味に付き合って楽しんでくれるって、結構嬉しいものだと思うけど? 白金さんは、皇さんと一緒にいるのは楽しくないのか?」

「楽しい? そんな陳腐な言葉で片付けられるわけないだろう。一緒にいるだけで幸せ過ぎて筆舌に尽くしがたい。彼女は最初に私を見て笑ったんだ。怖くないとも──蛇は恐れと畏怖の対象だからな」

(うん、そうだこの人、普通の人間じゃなかった……)

 

 普通とは違う能力や権能はそれだけで周りの者と一線を引く。特に子供の頃の孤立感は僕にも経験がある。白金が皇さんに執着──こだわる理由は、似た境遇だったからかもしれない。

 その後、とにかく二人で色々お互いの事を話すようにして、電話を切った。後、僕が出来そうなのは、皇さんにメールで「今日も白金から連絡来たけど、君のことばかりだったよ」とフォローを入れることぐらいだ。

 恋愛不器用な二人が、うまく寄り添うことを祈る。


「フウタは、お人よしだな」


 七畳の自室にいるのは僕だけだ。だがその声は鮮明に聞こえた。

 凛とした高めの声。鈴の音のような、聞いていて心地よい声は彼女だ。


「そうかな。白李(はくり)は僕を買い被りしてる」

「ハクリ?」

「あ、ええっと……。鬼神様の名前。ずっと鬼神様って呼ぶのもどうかなって思って、名前を考えたんだけれど、どうかな?」

「!」


 影から飛び出してきたのは、二十代の女性だ。今日は着物姿である。だがそれをよく見ることも出来ず、僕に抱き着く。


「ちょ──」

「フウタ、拙は嬉しいぞ」


 胸のふくらみが思いのほか柔らかく、刺激が強すぎて硬直する。白金や皇さんたちとの話を聞いて、僕も鬼神様ともう少し互いの事を知ろうと思うようになっていた。最初は変に関わろうとせずにいようと思ったが、この先一緒にいる時間が長いことを考えると腹を割って話してみるのも悪くないのではないか──という考えに行きつく。

 それは今まで非現実に背を向けてきた僕らしからぬ結論だった。僕と似た境遇の友人を得たからこそ、少し考え方が変わったのかもしれない。


「白李」

「なんだ?」


 白李は「よしよし」と僕の頭を撫でまわす。好かれているが完全に動物などを愛でるような感覚に近いのだろう。

 それはそれで男としてちょっと複雑だ。


「苗字は僕と同じ昼川で、遠い親戚ということにしようと思うんだけどいい?」

「うん。フウタと一緒に居られるのなら、何でかまわない」

「大雑把だな。でも名前を気にいってもらえたのなら嬉しいよ。僕らが出会った雪の世界の「白」、(すもも)のような髪から取ったんだ」


 本当は白李の目を通して、以前の世界を垣間見た時に李の花が咲き誇っているのを思い出したからだ。


「李は拙も甘酸っぱくて好きだ。拙の世界はほとんど雪に覆われていたが、僅かな春の時期に様々な実りをつける」

「へえ。白李は果物とか甘いものが好きなの? この間のから揚げは美味しそうに食べていたけど」

「カラアゲは、美味だった。この世界の食べ物は豊富で、実に美味い。特に甘いものは素晴らしいので、もっと食べたい」

「そっか」


 僕は不意に鬼神様──白李の言葉が脳裏に過った。

「誰もいない世界は嫌だ。でも叶うなら、穏やかに生きたかった」と。彼女が神としてどのような生き方をしていたのか、あの惨劇を垣間見てしまった後で気軽に聞くことができなかった。

 だから僕は言葉を必死で選んで、尋ねる。


「白李はこの先、この世界でやりたい事とかある?」

「ふむ。美味しいものを食べたい。──フウタの隣で」


「死にたい」と言わなくなったことが、僕にとっては何より嬉しい。今は些細な願いでも、この世界で生きていけば新しい願いが生まれるだろう。


「それなら、きっとこの世界を気に入ると思うよ」

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