11話 知識を学ぶには
二日目のセンター試験は何事もなく終わり、僕は実家である福島に戻ってきていた。影の中にいる鬼神様から、伊達眼鏡を返してもらえたのは嬉しいことだ。
センター試験の結果は大いに気になるところだが、それよりも残りの高校生活を満喫しよう。市の美術館の修繕のバイトに、画廊の手伝いもある。今月はバイト量を増やしてもいいかも。そう思っていた矢先──。
午後一で校長室に呼ばれた。
(僕が一体何をしたっていうんだ!?)
そう叫びたくなるのを堪えた。今まで地味で、目立たない存在に徹していたのに。
職員室でも、生徒指導室でもなく校長室。何事かと思ったが校長室で荒屋敷さんと、そのお孫さんである彼女を見た時に納得した。二人とも革張りのソファに腰かけている。
しかも呼びつけた校長の姿はない。
「あ。あなたは……」
今日は黒縁眼鏡をかけているので、狐の姿は見えない。インディゴブルーの落ち着いた着物に、帯は灰色に藍色の蛇に似た紋様がアクセントに入っている。オレンジ色の長い髪を三つ編みに結んだ少女は、美人というよりは可愛らしい小顔だった。なぜ美人かと思ったかというと、狐は美人大好きなので、いつもくっ付いているのだからてっきり美女系だと思っていた。
ほんわりとした雰囲気の少女は、アーモンドのような猫目に、陶器のような白い肌で同じ十九歳にはちょっと見えない。背丈は百六十よりもずっと低い。うん、なんというか庇護力を掻き立てられる子だ。
「改めて──私は皇幸恵です」
「えっと、僕は昼川風太です。試験の時はお守りありがとうございました」
常日頃から持ち歩いていたお守りを返す。神具として価値がある物をその辺に置いておけないことが功を奏したようだ。
「これで幸恵にも『高天原機関』での友人が出来たな」
「はい」
「ここの校長に、この場をお借りしてよかった」
(校長を買収したんじゃ?)
お茶を啜りながら一人満足そうに呟いていたのは、荒屋敷さんだった。相変わらず和装姿がよく似合う人だ。
「あー、そういえば『高天原機関』で仕事を受ける前に、僕には知識が足りないと言っていましたものね」
「そうそう。センター試験も終わったのだから、そのあたりの知識や経験を積ませようと思い立って──来てしまった」
(なんだろう。見切り発車感が半端ない……)
「それで教えるなら年が近い方が良いだろうって事になって、私も──その、聞いてみたいことがあって……来ちゃいました」
(可愛いな。……悔しいけど白金が惚れこむのも、なんとなくわかる)
「フウタの知り合いカ?」
「うん、この間のセンター試験で……」
それは声だけだった。
少し声が高く、女性のものだがどこか厳めしい口調。
「今の声って……」
「ああ、鬼神様です。ええっと、センター試験一日目の終わりに僕の護衛役になってくれたんですよ」
最初は二メートルもある巨体の鬼だと思っていたのだけれど、人の姿は超絶クール系美人だ。普段は──というか学校に行っている間は基本的に僕の影の中にいる。
「護衛とその伊達眼鏡の効果で、普通の人と変わらないようにしているのですね」
「あー、見える人からだと、やっぱりわかるものなんですか?」
皇さんは何度も頷き、嬉しそうに言葉を続ける。
「はい。視える、感じる、触れられる──いずれかの感性が特殊な方は気づかれると思います。センター試験会場ではヨクナイモノがあなたを狙っていたので、気休めにでもなればと思って、お正月に買ったお守りを渡ししたのです」
「いや、あれ神具レベルの加護でしたよ!? 白金って人も僕が盗んだって疑ったほどだったし」
「え、総一郎さんが?」
「うん」
ここで僕は白金が皇さんの婚約者だということを、遅まきながら思い出す。想い人の事を悪く言ったみたいな感じに捉えていなければいいのだけれど。
「あの」
「はい!」
「総一郎さんは元気でしたか?」
「え、あー、はい。バリバリ働いていました」
主に目の敵にされて死にかけたとは、口が裂けても言えない雰囲気だった。
「そうですか。……お正月に少しだけ顔を合わせただけで、ここ数年間あまり会えなくて……。お仕事も忙しいでしょうし、私じゃ一緒にいても間がもたないんですけどね」
「間がもたない? あんなに『皇さん大好き』って、分かりやすくアピールしているのに?」
「え? 私のことを?」
「はい。初対面の相手に向かって、婚約者のためにあそこまで心配(過保護)な方は、中々いないと思う」
あんな感じの人が、そう簡単にいて欲しくはないが。人の話を聞かなない上に、勝手な解釈で決めつける。あれでよく弁護士などをやっていると思ったほどだ。もっとも僕が白金と会話したのはほんの少しだけなので、本来の彼は違うかもしれないが。
(しかし、なんであんなに凄い形相だったんだろう?)
いくら婚約者の所持していた物とはいえ、初対面であんなに食ってかかるだろうか。それとも神具は盗難されやすく、皇さんが何度か狙われているとしたら。あの反応も──百歩譲ってわからなくはない。
「総一郎さん。私の事、心配してくれたんだ」
皇さんは思わず見惚れてしまうようなほど、嬉しそうに口元を緩めた。それだけで皇さんもまた白金のことを慕っているのが伝わってきた。
「あんなに怒るぐらいだから、大事にされているのだけは伝わってきたかな」
「総一郎さんが、表情を崩すなんて……。私といるときはあまり表情が変わらないのに」
「もしかして……好きな子を前になると、超シャイになるパターンなんじゃない?」
「そうだったら、嬉しいのですが」
(なんだろう。この妙に噛み合ってない感じ。お互いに相思相愛なのに、障害が変にあるというような……)




