10話 鬼神様の視点
とある星を終わらせた神様。
それが拙だ。
人がそれを望んだ。正確には女武者がそう願ったから。その対価に拙は女武者の肉体を得た。女武者は正義感の強い心優しく、自分に厳しい娘だった。世界のヨクナイモノを祓い続ける一族の末裔。
拙の唯一の友達。
この世界は、一年の半分以上は冬に包まれ雪で覆われるのだが、世界が滅んだ今は一年の間ずっと雪が降り続けている。
拙は人が好きだった。人の姿になるときは、力強さを出した方が馬鹿にされないと女武者が言っていたので、巨体で強そうな姿でいた。拙を祀る村の者たちはみな優しくて、温かい。
厳しい環境でも根が明るく、いつでも前向きだった。そんな姿を見守っているのが好きだった。
女武者と食べたお団子は美味しかった。彼女は村長の娘だ。幼いころから拙のところに遊びに来ていた──大事な友人だ。
短い春に咲く桜、若緑色の田畑が好き。青々とした空に、雄大な雲、温かな日差しは心地よい。秋の紅葉は目を楽しませ、にぎにぎと首を垂れる金色の田畑、収穫の時期は宴を開く。他の神々が人に殺される中──彼らは「それもしょうがないこと」と眠りについた。
拙もそうなるはずだった。村の者たちがそれを望むのなら──。けれど女武者は、生きてほしいと愚かにも拙を守って死んだ。
村の者たちも拙を守って死んだ。
拙を差し出せば、死ぬことはなかったというのに。
赤銅色の血が真っ白で綺麗だった雪を穢す。無残に殺された。神々を殺して、人間だけの世界を作ろうとした──愚か者たち。
「どうか、生きてくださいませ。私の氏神様」
願いの結果、世界を終わらせた。
優しい者たちのいない世界に何の価値がある。
村の者たちの願いは──いつしか呪いになった。死ねないで生き続ける神として。
どれだけ時間が経っただろうか。
雪が降り積もり、周りの建物もなにもかもが雪に埋もれていった。
拙だけを残して。拙の権能解放はありとあらゆる生命を吸い尽くす。雪はこの世界において死であり、終わりだったため吸収されなかった。
雪の中で一人になっても、拙だけは生き続けた。
(生きてほしいと言われたけれど、拙はもう村の者たちのもとに逝きたい。一人は寂しい、一人は嫌だ……)
そんな絶望の時間は───唐突に終わりを告げる。
迷い込んだ少年は、一陣の風だった。
制止した世界を動かした──風。
「本当にありがとうございました。ああ、これ良かったら貰ってください!」
青年の言葉に何かが音を立てて崩れた。
「……って事で!」
「────アマイ──ニオイ、オカシ───?」
「甘くておいしいので、是非食べてみてください。それじゃあ!」
誰もいない世界に迷い込んだ青年。
全てが終わった世界で出会った青年は眩しくて、人の温かさに泣きそうになった。
彼は拙に「どうしたい」とも「してほしい」とも言わなかった。言いたいことを言って去っていく。
「どうしたいかは自分で決めればいい」
そう言われた気がした。自分の願いなんて持ったのはいつぶりだろう。
誰かではなく、自分の願い。
出来ないと思っていたのは、自分がそうしようと動かなかったから。願いを盾に逃げていただけ。
ふと何か落ちているのに気づいた。雪の上にやや埋もれていたが、それほど時間は経っていない。黒い縁の眼鏡だった。
あの青年の物だろう者だろう。そう直感した。
「ああ、返しに行かなきゃ」と声が漏れた。
今日という日が偶然の連続だったとしたら、感謝したい。
何かが変わる。そんな予感があった。彼なら自分を終わらせてくれるのでないか。
幸運が降り注いだ──拙たちの出会い。




