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8話 風太の知らない事実

 大蛇に飲まれかけた瞬間、昼川風太の雰囲気がガラリと変わった。

 顔立ち──急に目つきが鋭く、今まで殺気や闘気など欠片もなかった少年から、恐ろしいほどの霊力を覇気が放出された。

 火事場の馬鹿力とは異なる。完全に制御された力だ。

 次の瞬間。

 少年は大蛇を素手で掴み、目にも止まらぬ速さで壁へと叩きつけた。常人離れした膂力と瞬発力に、白いスーツの男白金総一郎は目を見開いた。


「これほどとは……」

「あんまりフウを虐めないでくれないか」


 声も風太よりやや低い。

 言葉の端々からも余裕のある雰囲気が醸し出されていた。先ほどまでの騒がしさや臆病者っぽさはない。人格の切り替わり(チェンジ)。霊による憑依や降りたのとは異なり、また禍々しさ──どころか、青年は神霊に近しい覇気を纏っているではないか。


「これではっきりした。あの怪異を祓ったのは君か。それも神霊クラスの転生者だったとは、全く気付かなかったが」

「神様の転生者なんて、どこにだっているだろう。魂や概念という存在ではなく、器として受肉する快感を味わえば誰だって、人間に転生したくなる。だろう?」

「……」


 白金は納得すると、大量に放っていた白蛇を影に戻す。頭からガブガブ齧られていた赤鬼は、頭から血が出ていたが別段気にすることなく「バイバイ」と白蛇に手を振っていた。


「アンタは蛇神の転生者か」

「ほう、言い切るとは大した自信だな。普通は憑依や式神の類ではないかと、考え付くものだが」

「そういうのは人間の『専門家』が使うものだろう。それに術者は型やなんらかの制約があるものだけれど、アンタにはそう言った言葉(トリガー)もなかった」

「見事だ。この星の神霊とは異なるようだが──君らの目的を聞いておこう」


 赤鬼は少し困ったように頬を掻いた。


「ソレガシ──シズカニ──イキタカ」

「この鬼神と、そして『フウ』が平穏に暮らすことだ」


 青年は赤鬼の言葉を遮って答えた。その力強い声に、赤鬼は少しだけ驚き──目を見開く。別人だが、風太と青年の目的は同じことに少し驚いてもいた。


『そんな風に思える人が居なくならなきゃ駄目なんて間違っている! 犠牲者が居なければ、君は生きていいなら、僕は君が平穏で生きられるようにしてみせるから、簡単に死にないなんて言うなよ!』


 平穏で過ごすための努力。

 居場所が欲しいのなら縋るわけでも、願望を抱くだけでもなく──掴みに行く。その強い意志に赤鬼の瞳に光が宿った。


「平穏に、ね。それならどうだろう、二人とも『高天原機関』に入団しないか。そもそもこの組織は人間というよりも、『人外となる者たち』のために創設されている」

「ふーん」


 青年は値踏みするように白金を見た。赤鬼は勝手に話が進んでいるのに気づき、おろおろしているが、二人とも赤鬼を無視(スルー)して話を続ける。


「神霊が人間として受肉した場合、簡単にいえば本体の末端端末として転生する。そして転生する条件として、いくつかこの世界において『役割』を担うことになっているのだが、それに対して昼川風太──いや、君は理解しているか?」

「もちろん。どんな星々の神霊、または概念だったとしても、その理は変わらない。それとオレのことは昼川風太ではあるけれど、登良(トラ)と呼んで欲しい」

「登良、か。理解しているのなら早い」

「エ、ア……ノ」

「ちなみに加入するのは、やぶさかではない。だがその場合、フウ(風太)はオレが時々表に出ていることを知らないし、知られたくない。──ので、その辺はうまく合わせてくれれば嬉しいのだけれど、そういった要望は叶えて貰えるのだろうか」

「その程度の事なら可能だが、器の主導権は君ではない場合、昼川風太は我々の仕事を手伝えるだけの力はあるといえるのか? 今回の一件でもアレを祓ったのは君なのだろう」

「チョ……、モシモシ」

「ああ、そうだな。オレに比べてフウはそう言った力はない。──が、恩寵眼(グレイス・アイ)は使いこなせるし、美術関係なら役に立つんじゃないか?」

「ふむ。美術関係……ときたか」

「それとフウに、オレのような面倒なことをさせようとするなら──オレたちの平穏を守るために、そちらのトップの首を撥ねるだけだ」

「……つまらない脅しは、長生きしないぞ」


 スムーズに見えた会話が、一瞬で空気が凍り付く。

 登良と白金の二人は悠然とした態勢だが、両者の間には火花が散るほどの殺気が満ちていた。どちらかが動けば、即戦闘となりかねない──そんな危うさがあった。

 が──。

 突如、音による振動が登良と白金の動きを阻止する。


「!?」

「!」


 発したのは赤鬼だった。いや、その姿はすでにあの巨体だった鬼ではない。ほっそりとした体つきに、豊満な胸、くびれのある腰回りに、すらっとした手足。しかし細すぎはせず、程よい筋肉がついた──赤紫の長い髪の女だった。もっと言うならば美しい女剣士だろうか。鎧を纏い、髪を後頭部で一つにまとめて垂らしていた。籠手や具足は褐色の武具で、腰には刀が二本、佩刀しており全長一メートル半と、女人の背丈の三分の二ほどの巨大さだ。整った顔立ち、負けん気が強そうな眉、酸漿色の瞳は登良と白金を見据えた。


「すまぬが、喧嘩はやめていただけないだろうか。これでは話が進まぬ」


 声音も女人そのものだ。

 凛とした佇まいと雰囲気の変容に、そして──そのギャップに登良は笑った。


「アンタ、面白いな! うん、フウの『放って置けない病』が出るのも無理はない」

「……放っておけないビョウ? お主も、フウタも変わっている」


 小首を傾げる美女に登良は「まあね」と、笑って答えた。先程の怒りなど微塵も感じさせない──切り替わりの早さに、白金は訝しんだ。


「登良。先ほどの発言からして、君を野放しにしておくのは危険だと、判断する」

「なら、オレの監視役として、そこの鬼神をフウの影に縛ったらどうだろうか」

「なに?」

「ぬ?」


 美女はわずかに眉をひそめた。だが、食いついてきたのは白金の方だった。登良はそれが「最適解」と言わんばかりに言葉を続ける。


「どちらにしても鬼神の力をこのまま野放しにすれば、またすぐに別の次元と重なる。そういう類の権能があるということだ。オレとは違った面倒な能力だが、要はオレも鬼神も有能かつ無害で、静かに暮らすのなら『高天原機関』で保護してくれる、だろう?」

「先ほどの発言で、その可能性は限りなく低く──」

「はいはい。そこまでー」


 からん、からん、と下駄に、唐草模様の着物姿の男が割って入った。白髪交じりの髪は短く切りそろえられており、顎には刀傷に、片目は鍔の眼帯をしているのがなんとも印象的だった。堅気とは思えない風格は、組の親分といった風貌で、年齢は五十代手前に見える。


荒屋敷(あらやしき)さん!?」

「なに、孫の友人になる人物がいると聞いてな。お前さんに潰される前に、様子を見てきてよかったよ」

「…………」


 白金の目は泳いでおり、先ほどの威勢も貫禄も消えかけていた。どうやら力関係で言えば荒屋敷と呼ばれる男の方が、白金より上のようだ。だが彼は食い下がる。


「しかし! 彼らは、この星とは異なる神霊となれば──」

「星一つを滅亡させた鬼神と、別次元の銀河一つを壊滅にさせた創造主の片割れだろう。そんな彼らが『平穏』を求めて転生、転移したのなら、それをサポートするのもまた我々の管轄であろう」

「ぐっ……」


 白金は露骨に顔をしかめながら、部屋を出ていった。最初から最後までよくわからない男だと登良は思った。何がしたかったのだろう、と。

 そんな少年の表情を読み取ってか、荒屋敷は微苦笑する。


「すまないね。白金もいろいろ抱えているものでね」

「いいや。仲裁していただき感謝しますよ」

「そういってくれると助かる。……さて、それでは契約内容の話を進めよう」

「さっきの彼とは違って、話が早くて助かります。冥府の神」


 その後、赤鬼の美女とひと悶着あったが、最終的には昼川風太の守護者としての『役割』に納得する。もっとそのことを風太は知らない。

 他に荒屋敷といくつか話をしたのち、登良は風太と入れ替わった。

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