③父子の祝酒
次はアンスリンドのお話とか言ったな。あれは間違いだ。閑話を忘れていた。
……申し訳ありません。
皇帝にとっての初孫、皇太子夫妻の第一子カルロ皇子の国民への披露目が恙無く完了してからしばらく。ある日の夜、フィリップは自室でいそいそと晩酌の支度をしていた。
使用人達は既に下がらせている。自らの手で用意をしたかった。
これまでも幾度か晩酌には誘っていたが、了承を得られたのは成人した日の一度のみ。その相手から数年振りに了承を得たフィリップは、今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌で支度をしていた。
数種の酒とそれぞれの酒に合わせたグラス、軽く摘める食べ物、口直し用の水と麦酒。招待客もフィリップもオリーブの酢漬けが苦手だ。その為、軽食には決して使わぬよう厳命している。
完璧だった。
大した準備の必要も無いのですぐに支度も終わってしまい、座ったり立ったりうろうろと歩き回ってみたりと落ち着かない。
そんなフィリップの様子を察してか、約束の時間よりも幾許か早く彼の自室の扉が叩かれた。
「皇帝陛下、皇太子殿下がお見えです」
待ち望んだ人物の登場。返事をするよりも早くフィリップの足は動いていた。
「通せ」
すぐに許可を出すと一拍置いて、皇帝の自室を警備している騎士達が観音開きの扉を開いた。続いて音も立てず優雅に入室した我が子を歓迎する。
かなり扉近くに待機していたフィリップに些か驚かせられながらも、決して表情には出さない騎士達だったが、皇太子の入室を確認し扉を閉めると思わず顔を見合わせた。微笑ましい。
長子と酒盛りがしたいと言う義父の為に、ブランシュが少し義母と二人で話をしたいと夫に頼んでいた。本当に少しだけで良いから、お願い、と。
承諾されたと知らせを受けたフィリップがアシルに誘いをかけると、驚くほどあっさりと二つ返事で了承された。ブランシュ様々だ。
「お招きありがとうございます、陛下」
「よく来た、アシル。さあ、座ってくれ」
フィリップの出迎えを受けたアシルが、常と変わらぬ笑みを少しだけ深めて軽く頷いた。合わせてさらりと蜂蜜色の髪が揺れる。
生まれたばかりの頃の白金とは少し異なる深い金色。綺麗な綺麗な蜜の色。日の光に当たるとまた色合いを変えるアシルだけの色。
その色を、他の何も無くただ綺麗だと、そう感じられることにふと気付き、フィリップはそんな自分に少し呆れた。しかし、それと同時にまた幸福も感じる。
何故、我が子に自分の色が無いのか。そんな思いはもうどこからも湧き上がらない。もうどこにも無い。
現金なものだと自分で自分に呆れるが、それでもこうして心に余裕を持てるようになったことはとても喜ばしかった。
「酒はよく飲むのか?」
聞きながらもフィリップは酒をグラスに注ぐ。
ブランシュに頼んでアシルの好みは聞き出している。意外と食べ物も甘い菓子を好むが、酒も甘いカクテルが好きらしい。
今日は王道のカクテルばかり用意していた。
「普段はあまり。酔うことは無いのですが美味しいと思える物も少ないので、好んで口にしません」
「酔わないのか?」
「はい」
成人の祝いに父子二人で初めて酒を飲んだ時は、フィリップのお気に入りばかりを並べて嗜ませた。
確かにどれを飲んでも僅かに顔を顰めて「大人は皆これを好むのですか?」と言っていたが、軽く舐める程度だったので酔わなかったのだと思っていた。どうやら違うらしい。
フィリップも強い方ではあるが、酔った時のあのふわふわとした心地良さを気に入っている。それを味わった事がないというのなら――今日はとことん飲ませてやろう。酔うまで。
「一度に最も飲んだ時はどのくらい飲んだ? いや、その前に乾杯だな」
「陛下、そちらの分は私が……」
「良い。お前への祝いだ。皇子の誕生、おめでとうアシル」
「ありがとうございます」
誕生から既に八ヶ月が経っている。ようやく叶った祝い酒の席だった。
せっかくだからとシャーロットが用意してくれた物を一杯目に選んだ。その名も『ゴッドファーザー』。あの娘は存外下らない事を好む。
「うむ。甘いな」
「良いですね。アーモンドは好きです」
父になった記念に父と飲む酒なら『ゴッドファーザー』以外に有り得ないと、ぷるぷる震えながら今にも大笑いしそうだった娘による完全なおふざけのオススメだが、どうやらアシルは気に入ったらしい。
特に何か摘むでもなくするすると胃に収めていく。
アースエイクも渡してみたが気に入ったらしい。にこにこ笑んだまま次々と飲み下していく。
「中々いける口だな。それで、最も飲んだのは?」
「んー、どのくらいでしょう。ちょうど一年前の今頃、レクタイン侯爵家の夜会の時でしょうか」
「レクタイン?」
「はい。勧められた蜂蜜酒と果実酒は美味しかったです。私だけそれに換えてもらい、夜会の間はそればかり飲んでいました」
「…………最初から最後までそれを飲んでいたのか?」
「はい。二時間ほどで帰りましたからね。最初と最後に蜂蜜酒。合間に果実酒……、林檎とオレンジと梅を七、八杯ずつだったかと」
「水は飲んだか?」
「たまに。一杯で事足りました」
フィリップは思わず言葉を失った。既にとことん飲んでいた、この息子。
口当たりの良さや軽さ、その甘さとは裏腹にどちらも度数の強いもので、一杯飲んだらしばらくは水を飲みつつ様子を見てまた飲むのが本来の飲み方だ。
果実酒に使われていたのはレクタイン領の特産スピリタスだっただろう。あの家での夜会で出される果実酒は、いつもそれが使われている。
特にそのスピリタスはそんな風にカパカパ飲むものではない。ザルと言われているフィリップでも何度か酩酊した。
そもそも果実酒と言っているがどう考えてもスクリュードライバーだ。いつも皇宮で食前酒として出されている果実酒とは全く違う。
「そ、そうか……。一年前か。婚姻後にお前が一人で夜会へ行った事は無かったな。ブランシュ嬢も共に?」
「はい。ちょうどブランシュの懐妊を発表した直後です」
「あの時の夜会か。……そうだ、確かブランシュ嬢の学友が婚姻を結んだ直後でもあったな」
「そうです。その祝いでした。あまり参加はしたくなかったのですが、ブランシュがどうしてもと言うので二人で行ったのです。無理に踊らずとも良いと気を遣って頂き、奥の休憩室にずっといましたね」
ロブ・ロイを出してみる。こちらも気に入ったようだ。一口飲んだ後の表情で分かる。
存外、表情豊かなアシルにフィリップも気分良く酒を用意していく。
「二人だけでずっといたのか? その家の者は?」
「いえ。たまに会場に顔を出しに行っておりましたが、比較的多くの時間を侯爵夫妻と過ごしました。その家のご息女……、ブランシュの学友の妹御は常にいましたね。夜会が苦手なんだとか。そう言えば勧められたカカオのカクテルも美味しかった……。後は入れ代わり立ち代わり招待客らも挨拶に来ましたよ」
「カカオ?」
それはもしやルシアンではなかろうか。
ぞっとしながら王道カクテルのカルーアミルクを出すと、流石にこれは知っていたのかアシルは迷わず口にした。そこでようやく一粒だけナッツを摘む。
「酔わなかったのか……」
「はい。何度も酔っていないか案じられましたが、特に普段と変わりありませんでした」
それは絶対に案じていたのではない。身重の妻から離れない皇太子を相手に度数の強いカクテルばかりを次々と勧めるとは、かの侯爵家の次女はあまりにもあからさま過ぎる。
「待て。確かその日は……、帰宮後に一戦交えていただろう?」
「そうですね。護衛と影達に任せておいても良かったのですが、苦戦していたようで長引いていました」
「だからってお前が出る必要は無いだろう。いくらでも増援を――」
「ブランシュの安眠を妨げられては困る」
対暗殺者にと騎士など増やしたら確実に喧しいことこの上ない。
ただでさえ初めての妊娠。ブランシュが心配で心配で堪らないと言うのに、夜会に参加した上に睡眠不足になどさせてしまったらアシルは世界を呪う。
普段ならいざ知らず、夜会などで着飾った時は絶対に着替えを見られたくないとブランシュが望むから、隣室で待機していると見せ掛けてアシルは暗殺者を始末していた。
あれだけ飲んだ後で。
「おま、お前……、それだけ呑んでいたのなら派手に動き回るな……」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。お前はザルだな」
「シャーロットにはワクだと言われました。血管が酒を弾いているとしか思えないと。あの子の例えはよく分からない」
「…………いや、余はとても納得している。だが、それとこれとは話は別だ。もう少しちゃんと胃に固形物を入れろ」
「はい。このチーズ美味しいですね」
「クリームチーズか。本当に好みが分かり易いな」
フィリップはブルーチーズを好む。
こんなに好みが異なるのに、食べる順序は同じという下の息子達の言葉を思い出した。二人とも同時にリコッタへ手を伸ばしていたからだ。
次に手を伸ばしたのはアーモンド。これも同じだった。つい笑ってしまいそうになる。
「レクタインの所の次女には気を付けろ」
「まだ私を狙っていますか?」
「……気付いていたのか」
「害のある計画を立てられる頭脳はありません。以前から視線は鬱陶しいと思っておりましたが、懐妊発表後から更に鬱陶しさが増したのでブランシュが気付く前に追いやります」
「何処へ? 修道院は止めておくようにな」
「勿論。あそこは掃き溜めでも流刑地でもないとシャーロットが怒ります。子の問題は親が原因でしょう。レクタイン侯爵家の領地に自ら閉じ籠もる事になるよう手配済みです。そろそろではないでしょうか」
「何をした。何を」
フィリップの問いに妖艶な笑みを返すだけで、アシルはそれ以上は言葉を繋げない。
いつもこうだ。
アシルはいつもこうだった。
その場で直ぐに分かり易い沙汰を下す事の方が少ない。じわじわと甚振るように何ヶ月も、時に何年もかけてゆっくりと力を削ぎ、勢力を奪い、心を疲弊させてゆく。
彼の刃が向けられている事にすら気付けない。いつの間にか全てを失っていた。アシルを欲し、ブランシュの心に翳りを落とす遠因を持つ者はそうして絶望するばかりだ。
回りくどいと言う者もいるだろう。けれど、これほど確実な手も中々無い。
皇太子の網は蜘蛛の糸のようにそこかしこに張り巡らされていて、彼が意思を持って動かせば誰もが破滅へと堕とされる。一度堕ちたら二度と浮き上がれない。
そういう堕とし方をする。
「あまり派手な事はするなよ」
「ブランシュの友人の妹ですからね、穏便に済ませていますよ。妹が壊れたと嘆く友人を見てブランシュまで心を痛めたら本末転倒です」
「まあ、見果てぬ夢を見て皇族を不快にした罪とでもしておくか」
考えても無駄だ。
フィリップは分不相応な願いを叶えようとし、自ら破滅に飛び込んだ憐れな娘の事など忘れる事にした。いつの時代にもいるものだ。何度も目にしてきた。
「む、いかんな。この酒はオリーブが入っている」
「え。困りましたね。そんなものがあるのですか?」
「不味くは無いが二口目を飲めと言われたら鳥肌が立ちそうだ」
「飲んで下さい」
「鳥肌が立った」
「いけませんね。省いて下さい、私は飲みませんよ」
「無理に飲ませるつもりはない。……ドライマティーニか。カクテルはあまり飲む事が無いからマティーニと間違えたな」
「違うのですか?」
「ベルモットの量の差だ。余としてはドライマティーニの方が好ましいのだがオリーブはいかんな」
「いけませんね」
二人同時に頷いた。
「夜会等ではチェリーが入っているものを選べばよい」
「分かりました。ですが、辛そうですね。甘いものの方が良いでベルモットは選びません」
「甘いのが続いたから口直しに飲んだことが間違いだった。いかんいかん。オリーブがしつこく暴れ回っておる」
苦手なものほど僅かでも強く感じる。口直しに入っているたった一粒のオリーブでもフィリップには大ダメージだった。
普段カクテルを飲まない皇帝にと皇宮酒番が張り切ったのだろうが、料理人だけではなくこちらにもオリーブ警報を出しておけば良かった。慌ててスティルトンを口に放り込んだ。
父の様子を見ていたアシルが小さく笑い声をこぼす。
「大丈夫ですか?」
「何とか」
口直しにとアシルに手渡された麦酒を飲むとようやく一心地ついた。
その滑らかな手付きを見て改めて感慨深さを感じる。
「……お前が父親になったか」
「はい。不思議な気分です」
カルロが生まれてから八ヶ月。既に貴族や国民からは子煩悩、弟妹からは親バカだと言われているほどだが、それでもまだ我が子がこの世に存在しているという事が不思議らしい。
男は皆こうなのかも知れない。
子が五人もいるというのに、フィリップもたまにふとそんな気分になる。
「今でも考える。お前にしてきてしまった事について」
「陛下はいつも思い悩んでおられますね。趣味ですか? 癖ですか?」
「おっま、え! こんな趣味があって堪るか」
「そうですか」
「お前が唯一父と呼んでくれた時の事を……、今でも繰り返し夢に見るのだ」
それは、決して消えない罪の記憶。
「以前にも仰っていましたね。不思議です。あの時、私は心の中で陛下に感謝していました」
「……感謝?」
「今では公式の場だからだと分かりますが、当時は母上を皇后陛下と呼ばねばならない時がいつなのかよく分からなかったのです。何の意味があるのかとすら思っていました」
ずっと母を母と呼んでいたのにある日から突然、皇后と呼ぶよう言われ幼いアシルは戸惑った。そもそも皇后が何なのかすら分からない。
ならばと皇后と呼ぶようにしたら、今度は母と呼ぶよう言われた。更に混乱した。
今は母。今は皇后。どちらだ、どっちなんだ。
困惑した。
何故同じ人物に対する呼び名を変えねばならないのか。それはいつなのか。変えねばならないのはいつだ。戻すのはいつだ。基準は何なんだ。嫌がらせなのかとすら思った。
そんなアシルだったから――。
「面倒事から解放して下さったのだと感謝していたのです」
究極のポジティブだった。
解釈の天才。
この世の全ての法やルールを都合良く解釈し都合良く使い、時と場合により何の気兼ねも無く己の権力を最大限に使い都合の悪い部分を消す。それがアシルだと知っていたがここまでだったとは。
納得しているとはつまりはそういう事だったのだ。
「だが、今はもう切り替えられるだろう?」
「それは年月の積み重ねで自然とそうなるよう努力したからです。小さな頃からの積み重ねと、ここまで成長してから意識して積み重ねるのとでは労力が桁違いです」
「分からんでもないが……、せめて一度でも」
「一度でも呼んだら陛下は調子に乗るでしょう?」
またも飛び出してきた思わぬ言葉にフィリップは驚愕して言葉を失った。
「一度呼んでくれたのなら次は、これだけの特別な時期ならば。これだけの事をしたのだから。これだけの日々が過ぎたのだから。……そう、調子に乗るでしょう?」
簡単にそんな自分が想像できて何も言い返せない。
ここぞとばかりにプライベートでは父呼びが通常になるよう画策しそうだ。いや、するつもりだった。
「何度も画策されたり、その度に時間を取られたりするのは困ります。またあの頃のように、呼び分けに失敗する度に訂正されるのも御免です」
アシルが軽く手首を振ってグラスの氷をカランと鳴らす。
これは無理だ。今後この話題も願いも口には出せない。
「……余を恨んでおらんのか。弟達との差に一度でも傷付いた事は無いか? 本当に無いのか? 思いの丈を気兼ねなくぶつけてくれて構わない」
何故か死地へ赴く戦士のような顔付きになったフィリップに思わずアシルは苦笑した。
今度は何に思い悩んで明後日の方向へ突き進んでいるのだろう、この人は。また何か一人で考え過ぎて頓珍漢な事になっているのだろうなと当たりをつける。
「どこを恨めと仰る。皇帝として君臨する御姿をずっと視てきました。夫として、父として、自身に出来得る限りを尽くして下さっている姿を見て、心からの愛情を肌で感じてきました。尊敬こそすれど、否定的な感情など一片もありません」
父と呼ばれていないのに、そう呼ばれるよりも遥かに心に響く言葉を与えられた。
「私が子煩悩だと言われるのは、妻に対して愛情深いと評されるのは、全て陛下と母上を見て育ってきたからですよ」
こんなに喜ばしい事があるのか――。
その晩、夜更けまで息子と飲み明かそうと画策していたフィリップだったが、感動している間に次々と酒を勧められ、勧められるがまま飲みに飲んで早々に潰された。にこやかにさり気なく、けれど確実に狙って潰された。
酔った事が無いだけあって酒呑みの観察を散々してきたのだろう。フィリップは実に上手い酔わせ方で健やかに眠らされた。
一時間もせずに戻って来たアシルを見て全てを悟ったアンスリンドは、それでも持った方だろうと苦笑するしかない。夫の様子を見に行くべく長子と交代するようにフィリップの元へ向かった。
そうなると当然、いや、そうでなくとも当たり前のようにアシルはブランシュを堪能し始める。
「お早いお戻りでしたね。宜しいの?」
「楽しく飲めたよ。甘い酒があんなにあるなんて知らなかった。陛下に私の好みを教えておいてくれたのかい?」
「せっかくですから、例え酔う事が無くとも美味しく飲んで頂きたかったのですわ」
妻の心遣いに、アシルは感動のあまり抱き着いたまま更に擦り寄った。
額をぴたりとつけ鼻先を軽く触れ合わせたまま、優しく揺れている空色の瞳を見詰める。この瞳が出逢った頃から彼のお気に入りだった。
「今度はブランシュとも飲みたい。そう言えばブランシュが酒を嗜んでいる所を見た事が無いな。何が好き?」
「何でも飲めます。ただ、初めてお酒を飲んだ時にテキーラとウイスキーをショットで頂いていたら、絶対にアシュ様の前では飲むなと母に止められたのです」
年頃の女の子の飲み方ではない。
初めての飲酒という事でブランシュと飲んでいた彼女の母は、顔色一つ変えずに手酌で飲み続ける娘に戦慄した。そして止めた。決して意中の人の前で飲むな、と。
甘いカクテルを作ってやろうとしたら、そのまま飲み始めたばかりか飲み続けたものだから、さぞや仰天しただろう。
「なんてことだ……、可愛い。可愛い。ブランシュが可愛い。勇ましくて可愛い。見たかった……」
だが、ブランシュの母の心配は完全に要らないものだったようだ。
アシルはブランシュに改めて心を奪われている。誰がどう見ても惚れ直している。
「でも、きっとまたしばらくはお預けです」
「何かあったのか?」
授乳のことだけが理由ではないような意味深なブランシュの言い方にアシルが首を傾げる。彼女のどこか得意気な表情がまた可愛い。
ブランシュはブランシュで、夫のこのきょとんとした幼子のような様子がお気に入りだった。
「また診て下さいね。おそらく二人目です」
その夜の内に歓天喜地のアシルによる再びの皇太子宮への立ち入り禁止の命が発令され、アシルは弟達に『引きこもり皇太子』と揶揄された。