表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3・石の竜

 朝の出勤は、正門から入る。魔法ゲートでもある為、動作確認を兼ねているのだそうだ。だが、途中出勤の場合は別の通用門を使う。ネストールも提示された裏手の門から入った。

 正門と比べて遥かに小さな門扉だが、精巧な金属細工は変わらぬ異彩を放つ。こちらでは、垂れ尾の不死鳥と大輪の花がモチーフになっている。



 魔法通信による指示通り、巡回責任者に挨拶をする。その場で定点で立つ時間と巡回する時間、それぞれの位置とルートを簡単に確認した。


「よし。解ってるみたいだな。魔法で位置把握も出来るなら、すぐ仕事についてくれ。3番ルート巡回から始めよう。何かあったら、詰所に魔法通信な」

「はい、よろしくお願い致します」


 詰所には、巡回員の隊長と副隊長が詰めている。また、同じ場所が休憩室としても使われていた。

 園内の巡回ルートは固定されている。勝手に気になる魔力を追いかけるのは無理だ。


 休憩時間になったら魔力を辿ってみられる、と、ネストールは期待した。広大な魔法庭園で、僅かな休憩時間中に魔力の源を発見出来るかは解らない。だが、凡その位置くらいは特定出来るだろう。



 ネストールが向かわされた第3ルートは、詰所からまっすぐ中心部に向かい、道幅の広い中央広場をぐるりと回る。そして、来た道をそのまま戻れば終了だ。勤務初日の初心者向けとも言える、単純明快な順路である。


 このルートには迷路園がある。ここは、魔法樹木で出来ているために時々順路が変わる。この迷路園を右手に見ながら、左手にあるバラの丘の麓を通る。赤、白、黄色、青や緑の大小のバラが、丘の斜面を覆っている。

 この庭園では、バラも魔法植物だ。咲いたり、つぼんだり、光や音を出したり、と、忙しいことだ。


 丘の頂上には、ツルバラの絡む東屋が見える。時々色の変わるツルバラは、花も蔓も葉も、発光していた。夜はさぞ美しいに違いない。ただし、屋根はバラの棚になっており、雨はしのげないだろう。



 ネストールの予想は、良い方に裏切られた。巡回中、不思議な魔力のもと、石の塊をみつけたのだ。迷路と丘が途切れて、拓けた場所に到着してすぐのこと。魔法樹木の装飾植栽(トピアリー)に囲まれて、それは堂々と立っていた。


 灰色の武骨な石の塊は、何かの形を成すべく、粗削りが施されていた。素材からも、僅かに魔法の気配が感じられる。だが、何よりも、この制作中の像に込められた、作家の魔力が心地よい。

 勇壮でありながら、孤独と優雅さを表現しようと試みている。

 一体、どんな人が造っているのだろうか。今は、製作者の姿が見えない。


(像の完成が楽しみだ)


 ネストールは、このように素晴らしい作品の製作過程を目の当たりに出来るとは、なんと幸運なのだろう、と思った。

 この仕事に採用された事が、心底嬉しかった。



 それから公休日が来るまでの毎日、ネストールは像を見に行った。第3巡回ルートに当たらない日は、休憩中に進捗を確かめた。灰色をした石の塊は、次第に生き物の形になってゆく。

 ただ、残念ながら、石工の作業には遭遇出来ない。


 巡回ルートが第3以外で、像から離れた魔法庭園の外周に居る時、踊るような魔力を感じた。作業中なのだ。しかし、休憩時間には、石像の作者も休憩なのか、製作を見学することは、実現しなかった。


 また、そこから近くはあるが、外の見えない迷路園内を巡回している時、石を削る音が聞こえてきた。カツンカツンと小気味良いリズムと共に、気迫の籠った魔力が流れてくる。

 その時も、結局、作業風景を目にすることは出来なかった。



 ふた月程経過した、ある月夜。ネストールは、初めての夜間業務についた。指示されたのは、第3ルートである。

 簡単な説明を受けたあと、喜びに胸を弾ませながら、石像の立つ中央広場へと向かう。


 ネストールの菫色の眼に、感涙が溢れ出た。月明かりの広場で、月笛(つきぶえ)吹きの青年は、立派な石の竜を観る。

 取り囲むトピアリーは、球から立方体へ、ハートから星へ、小鳥から熊へ、と、目まぐるしく形を変化させている。


 石の竜は、まだ完成ではないのだろう。魔力を湛えたその石竜は、動きもせず、光りもしない。石竜は、故郷の豪気な雄竜達の闘気と、雌竜達の高貴で優雅な魔力を併せ持つ。


 ネストールの目指す音楽とは異なるが、彼には、とても好ましかった。その魔力から受け取れる研ぎ澄まされた生命力は、初めて出会う種類の魔力だ。

 休憩時間になると、月笛を手に中央広場へと向かう。



「完成したら、どんなに素晴らしい姿をみせてくれるのだろう」


 そう呟くと、ネストールは銀色に輝く月の雫を浴びながら、月笛に息を吹き込んだ。掠れたような笛の歌は、寂しくも温かい。静かに上昇する旋律が、時折急に低い音へ跳ぶ。

 緩やかな歌の流れが、急に細かくリズムを刻む。

 魔法庭園の植物が、竜の谷に伝わる月の歌に喜んで震える。


 光る植物は、いつもとは別の色と雰囲気を放つ。踊る植物は静かに揺れる。歌う植物は、時に月笛に寄り添い、また沈黙をもって応える。


 巡回中の別の衛兵達が、思わず足を止めてしまう。詰所の上司達も、全身で竜の谷の歌を聴く。

 演奏が止み、ネストールの休憩が終わる。次のルートは別の区画だ。他の巡回員達も、魔法が解けたように動き出す。詰所は、無言から解放される。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ