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2・魔法庭園

 ネストールは一刻も早く宿代を稼ぐべく、街の中心地へと向かう。朝の街には、芸人たちの姿は無い。家々からは、朝食の美味しそうな香りが漂ってくる。パン屋から、朝一番のパンを焼く匂いも流れている。


 いつの間にか、雨はすっかり上がっていた。薄黒い雲は風に散らされ、太陽が顔を出す。道行く人の影も疎らだから、水を垂らしながら歩くネストールを見咎める人もいない。


「ん?」


 ずっと感じていた、心地よい魔力が強まった。ネストールをこの街に導いた、あの魔力だ。濡れた服は気になるが、心惹かれる魔力のほうが今は優先だ。ネストールは、引寄せられるままに足を運ぶ。



 灰色の石畳の街を、山岳地帯用の厚底靴が音を立てて通る。染み込んだ嵐の雨水が、一足ごとにびしゃびしゃと纏わりつく。ネストールの通った後には、細い川のような筋が出来る。

 足早に辿る魔力は、次第に近づくのが解る。どんどん強くなるその感覚に、ネストールの足は自然と走り出す。


 四角い石の建物が並ぶ狭路を抜けると、建設中の庭園が現れた。ほぼ完成しているらしく、鉄柵に沿った植込みや木々の隙間から見える花壇には、整然と咲く魔法植物が認められた。

 ネストールが追ってきた魔力は、この庭園の中から漏れ出しているようだ。



 柵に沿って歩いてゆけば、(くろがね)の透かし細工が扉となった門がある。果物を枝につけた大樹に、翼を広げた竜が躍動的な姿で添えられている。見上げる程の立派な門には、張り紙があった。



「魔法庭園園内巡回員、随時募集中」

「即日~開園まで」

「魔力保有者は、開園後も継続勤務の可能性あり」

「詳しくはこちらへ」



 この仕事に採用されれば、庭園に入れる。

 普通の文字で書かれた募集文句と連絡先の下に、魔法文字で別の連絡先が記されている。魔法文字を読むためには、魔力があるだけでなくある程度以上の魔法的才能が必要だ。そうでなければ、その文字を見ることすら叶わない。


 ネストールは、迷わず魔法文字で提示されている連絡先へ魔法通信を飛ばす。魔法通信は手紙より速いが、通話機のような同時性はない。

 通話機は魔力が無くても動く便利な道具で、遠隔通話が可能だ。その代わり魔法通信は、宛先人以外に内容を知られる事が決してない安全性を誇る。



 さて、ネストールは、何時来るとも知られぬ返信を待つ間、この街に滞在する費用を稼ぐ事にした。明日からの分も見据えた収入が必要だ。今持っている笛は、月の光を浴びないと音すら出ない魔法の笛である。


「はあ、困ったな」


 ネストールの顔が曇る。


「あんまり、街ではやりたくないんだがなあ」


 心に直接呼び掛けてくる、力強くも、もの寂しい不思議な魔力に意識を向ける。


「でも、この魔力の源泉を確かめたいしな」


 確かめるには、目の前の魔法庭園に入る必要がある。入るためには今のところ、巡回員に採用されるしか方法を思い付かない。働くとなれば、それなりに長く滞在する事になるだろう。



 ネストールは、深く息を吸い込む。

 朝の澄んだ空気に伸びやかな口笛が響く。ネストールの全身から、黒く輝く湯気が立つ。ウィンドチャイムのような、軽やかな音が口笛に加わった。


 郷愁を誘うゆったりした口笛が、すうっと空に溶けて消える。金属的な反射光が収まると、濡れ鼠だったネストールは、すっかり乾いて、さらさらの直毛を冷たい風に揺らしている。


 朝だと言うのに、いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。最後の光と音が消え、一瞬、しん、と静まり返る。

 黒髪をした若者の厳つい姿は、人々の目に確かに見えている。しかし、その寂寞(せきばく)たる佇まいによって、武人然とした見た目が霞んでしまう。誰も、がっしりした体躯を認識していない。


 ややあって、割れるような拍手が巻き起こる。ネストールは静かにお辞儀をし、ハンカチを取り出して地面に置いた。観客は我先に投げ銭をする。握手を求めたり、感想を述べたり、建設中の魔法庭園前は、ひとしきり熱狂に包まれた。


 それもいつしかはけて行き、辺りは再び静寂に包まれる。やがて、作業員がやって来た。資材は園内に置いたままらしく、せいぜい弁当包み程度を提げた男達が門扉を開く。

 まだ返信を受けていないネストールは、後ろ髪を引かれながらもその場をひっそりと立ち去った。



 裏道の芸人宿に前払いで部屋を取る。この町はちょうど夏祭りと秋祭りの間で、今は閑散期と聞いた。ひとまずは1泊だけ押さえておく。街に出て朝食を取り、ぶらぶらと街歩きを楽しむ。知らない街の様子は、ネストールにインスピレーションをもたらす。


 軽く口笛で、短いフレーズを繰り返しながら、店先を覗いて歩く。2階や3階の窓辺に咲く花々をふり仰ぎ、笑いながら学校へと走る子供達を見送る。

 昼過ぎまでは気ままに歩き回って、街に流れ出た魔法庭園の魔力を楽しんだ。



「あ」


 採用の通信が来た。即日から開園後までの雇用だった。魔法通信で契約を交わす。魔力紋と呼ばれる魔法による署名をすれば、遠隔でも契約が可能なのだ。

 業務内容も、魔法通信で知らされた。午後から直接、魔法庭園に出勤となる。

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