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1・笛吹のネストール

全5回

R2/11/20(金)22:00予約投稿分で完結です

投稿時間表記の修正をしました

よろしくお願い致します

 ネストールの故郷は、竜の谷と呼ばれるところ。険しい山々に囲まれた峡谷である。秘境と呼ばれるその谷では、巨大な飛竜が飛び交う。


 竜の体には、黒く硬い鱗がびっしりと生えている。鳥や獣の攻撃など、蚊がとまった程にも感じない。槍や弓で傷つけられる恐れも無く、魔法は体の表面を滑ってゆく。

 竜は、魔法の息を吐く。鋭い爪と尖った牙、そして歌うようなその息が、竜の武器である。


 竜の息には魔法の旋律が乗る。息を受けると、自分の意思とは関係なく色々な反応をしてしまう。眠くなったり、優しい気持ちになったり、動けなくなったり、逃げ出したり。



 ネストールは笛の名手であった。谷の笛は、月笛(つきぶえ)と言う。奏者は、竜の谷に生える魔法の木から自分でその横笛を削り出す。魔法の木は、月の光を浴びると7色に輝く。切り出した枝でもそれは同じだ。出来上がった笛も、月光の下で虹色の光を生み出す。


 管の直径は、大人の男の親指3本分の爪幅くらい。指孔は6つ。キーはなく、ただ円く孔が開いているだけ。この笛の孔は、指の腹で押さえる。音を切るには息を切らず、高低の音を指の動きで素早く加えて行う。


 月笛は、月の光の下でだけその(つや)やかな音を響かせる横笛だ。少し掠れて物寂しい、それでいて魅惑的な音色を出す。それ以外の時には、ただスースーと息が通る音しかしない。色も灰色で味気ない。



 或る夜ネストールは、山の中で月笛を奏でていた。その日は何時もより興が乗り、知る限りの曲を吹く。谷に伝わる古い歌を総て吹き尽くすと、今度は自作の曲を始めた。子供の頃から青年になった今に至るまでに作った、あらゆる曲を音にする。


 ネストールは、時を忘れて夢中で音を紡ぎ続けた。


 気づけば、辺りは真っ暗である。ごうごうと恐ろしげな風音がしていた。ネストールは、あわてて立ち上がる。笛を懐にしまって家路を急ぐ。

 風はどんどん激しくなった。やがて雨粒が落ち始め、あっという間にどしゃ降りだ。知った道である筈なのに、方向が掴めない。豪雨で前が見えず、強風で他の音が聞こえない。



 どれだけ嵐の中をさ迷ったのだろうか。風と雨が弱まって、夜明けの光が森に降る。未だ雨に打たれる木々の葉が、神秘的な反射光を撒き散らす。そんな早朝の光景に似合わない、ずぶ濡れで冷えきった若者が、広大な湖の畔で途方にくれていた。



「おや?」


 青年は、濡れて張り付く漆黒の直毛をそのままに、辺りをきょろきょろと見回した。

 青年、即ちネストールは、その菫色の瞳に、静逸(せいいつ)な光を湛えて、何かに惹かれるように濡れた足を踏み出す。


 ネストールは今、不思議な魔力を感じていた。懐かしく、暖かく、力強く、そして切ない。彼が常々、月笛で表現したいと思っている総てが、その魔力には内包されている。

 焦がれるように、ネストールは豊かな森を進む。魔力の感じられるほうへ。


 この森は、ネストールが住んでいる竜の谷近くとは違って、傾斜があまり無い。木の根は地面に蔓延っているが、比較的平坦で歩きやすい。落葉や苔の優しい香りが、嵐の後に立ち込めていた。



 ネストールは、その魅力的な魔力に導かれるままに森を出る。ネストール青年は、淋しい歌を生み出す事など思いもよらない厳つい顔立ちである。上背のある、がっちりとした体つき。何処か透明な雰囲気を持つ若者だが、それ故に敬遠されている。


 竜の谷では、勇猛な者が(たっと)ばれる。森の獣や魔獣と呼ばれる恐ろしい生き物と、豪爽不屈な戦いを見せてこそ一人前の男とされる。ネストールとは正反対だ。ネストールの頑固なところは不屈とも取れるが、およそ豪気さとは遠い気質だ。



 雨足の弱まった草原の路を、ネストールは、遠くにけぶる街を目指して独り歩く。森から続く一本道は舗装こそ無いが、平らに整備されている。轍もさほど多くない。通行量が少ないというよりは、手入れが行き届いているのだろう。草も、短いものしか生えていない。


 てくてく歩いてゆくうちに、すっかり夜が明けた。街の門には、衛兵が立っている。朝の徒歩旅行者は珍しくないのだろうか。特に動じる様子もなく、簡単な持ち物がチェックを行う。



「道に迷われたのですか。大変でしたね」

「飛竜の谷からとは。また随分と遠くからいらっしゃいましたねえ」

「でも、天気が良ければ、森向こうまでは馬車がありますよ」

「来たときよりは、ずっと楽に帰れます」


 2名一組の門衛さんが、濡れ鼠のネストールに同情してくれた。


「ありがとうございます。街では、ストリートパフォーマンスは出来ますか」

「辻音楽師の皆さんは、道路使用許可を申請しています」

「有料でしょうか」

「終了時に、売上の1割をお納めいただいております」


 ネストールは、旅の楽師と言う存在を知っていた。しかし、会ったことが無い。竜の谷にごく稀に訪れる旅行者や、逆に谷から旅に出る者達から、伝え聞いただけ。

 だから、どのように生活しているのかは解らないのだ。



「申請は、どこでするんですか?」

「今でも出来ますよ?」

「後払いの宿ってあるでしょうか?」

「昼のうちに稼いだら午後から泊まれる程度の、清潔な芸人宿があります」


 どうやらこの街には、旅芸人がよく訪れるらしい。


「いえ、私の仕事は夜からなので」

「後払いの宿だと、少しお高めになりますが」


 門衛は、少し気の毒そうに、ずぶ濡れのネストールを眺める。ネストールは吹き曝しの門前で、ポタポタ水滴を落としながら、上がりかけの雨に打たれている。

 懐から覗く1本の横笛以外には、これといった荷物がない。その日暮らしをしている流しの笛吹きだ、と思われたにちがいない。


「そうですか……」


 ネストールは、ずぶ濡れの洋服を脱いで乾かしたいのだ。竜の谷に住む者は頑健である。しかし、全く病を受け付けないわけではない。一晩中雨に濡れてそのまま1日過ごせば、風邪くらいひくだろう。


 仕方がないので、ネストールはそれ以上の質問はやめた。路上演奏の申請だけして、門を後にする。門衛も、哀れみの視線で街へ迎え入れてくれる。

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