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■9. 国家安全部部長・曹健が描く絵。

「よっしゃよっしゃ!」


 中華人民共和国の防諜と情報収集を監督する国家安全部部長の曹健は、自身の執務室で快哉を叫んだ。


「台湾海峡危機の演出はうまくいきました」


 デスクを挟んで立ち並んでいる部下達もまた、曹健に良い報告が出来たため明るい表情である。


 4月初頭に金洪文国家主席をはじめとした首脳陣が議論したとおり、中国共産党の本命は日本国の南西諸島をることであり、台湾を攻撃する意思はない。


 "南京解放から約70年”というコラムを『前華社通信』に発表させたのも、第81統合任務戦線・航母戦闘群を台湾東方沖の公海上に展開させたのも、すべてカモフラージュ――日本政府と周辺諸国に「中華人民共和国は台湾への攻撃を検討している」と勘違いさせるためであった。


「いやー楽勝だなこりゃ」


 国家安全部部長の曹健は無邪気に喜び、部下達を黒革張りの来客用ソファーに座らせて、ひとりひとりにキューバ産の葉巻を勧めた。


「日本国のマスメディアは我々が描いた絵のとおり動いてくれるから楽でいい。特に反動極右の『扶桑新聞』。こちらの狙いも知らないで中台衝突は不可避、日本も台湾を応援すべきと書いてくれるのだから有難いわ」


「奉公人と牡牛は使いようで動く、と言いますからね」


 部下らは曹健から勧められた葉巻を「勤務中ですから」と言って丁重に断った。


 曹健国家安全部部長は典型的な太子党、つまり親が中国共産党の高官で、その社会的地位や権力、財力を利用して伸し上がったタイプの人間であり、部下の間では浪費癖があるともっぱらの噂になっている。


 事実、そうであるらしい、と部下達はきょう改めて確認した。


 彼らは曹健が勧めてきた葉巻が、職人が手作業で丁寧に巻いたもので、1本300元(5000円)はくだらないことを見抜いていた。


(こんなのを受け取ったら、汚職の一斉摘発でもあったときに、収賄か何かだと勘違いされてもおかしくないぞ)


 と、思ったがいまの話題とは関係がない。


 部下のひとりは表情を引き締め直して、口を開いた。


「ですが、難しいのはこれからです。部長」


「わかっているさ。あんまり刺激し過ぎて、航空母艦『ロナルド・レーガン』が戻ってきても事だしな。いま金洪文国家主席はペンタゴン(米国防総省)に繋がるホットラインを使って、サンダースに説明をしてくださっているところだ」


 曹健は自分のデスクに戻ると、葉巻を収納している木箱を引き出しにしまい、両腕を組んだ。


「“中国共産党は台湾に対して武力を行使することを考えてはおらず、政治的相互信頼と経済協力を深めていくつもりである。航海上で実施された軍事演習は、海軍の練度向上を目的としたものであり、それ以外に意図するところはない”とね」


「どうでしょう。台湾海峡危機の演出を受けて、古川が南西諸島の防衛を強化することはありませんかね?」


「うん。その可能性は当然考えるべきだろう」


 と、言いつつも曹健は、さして日本国自衛隊を脅威には感じていなかった。


「ただ釣魚諸島(尖閣諸島)・八重山列島・宮古列島。ここの防御を固めると言っても、さしたることは出来ないだろうよ。猶予もあと半年くらいだしなァ」


 曹健からすれば、標的とする南西諸島の守りなど卵の殻も同然だった。


 まず中国共産党が狙う釣魚諸島(尖閣諸島)だが、これは無人島である。


 警察庁や海上保安庁、自衛隊の警備隊が設置されているわけではないから、周辺海域を巡視している海上保安庁の巡視船数隻を拘束してしまえば、あとは容易く上陸して中華人民共和国の紅旗を立てることが出来よう。


 台湾本島に近い日本国最西端の与那国島には、陸上自衛隊与那国沿岸監視隊が配置されているが、これは近海を航行する船舶・艦船の情報を収集するための情報科部隊であり、地対艦誘導弾や本格的な地対空誘導弾を備えているわけではない。


 同隊の警備小隊が抵抗を試みるかもしれないが、彼らの武装は小火器が主だ。


 05式水陸両用戦車や05式水陸両用歩兵戦闘車を有する海軍陸戦隊や、陸軍機械化部隊から成る攻略部隊は、彼らを鎧袖一触で破ることになるだろう。


 続いて釣魚諸島(尖閣諸島)から100㎞弱程度しか離れていない石垣島だが、こちらは2019年初頭から駐屯地建設に着工していたものの、H5pdm19の影響により未だ完成しておらず無防備を晒している。


 ただし開戦までの残り半年間の内に、この石垣島に地対艦誘導弾が配備されると、釣魚諸島(尖閣諸島)周辺海域は射程に収められてしまうので、注意が必要であった。


 これらの島々とは対照的に、最も守りが固いのは宮古島である。


 宮古島には対馬警備隊を範とした宮古警備隊が配置されており、普通科1個中隊を主力とし、強力な中距離多目的誘導弾を擁する対戦車小隊や、120㎜迫撃砲を備えた迫撃砲小隊が守備に就いている。


 加えて同島の03式中距離地対空誘導弾を装備する第346高射中隊と、第5地対艦ミサイル連隊が周辺空域・海域に睨みを利かせている。


 真正面からぶつかっていけば、最後には数で優る人民解放軍が押し切って勝利を収めるだろうが、それまでにかなりの出血を覚悟しなければならないところであった。


 逆に言うと、この宮古島さえとしてしまえば、沖縄本島と台湾本島の間に浮かぶ釣魚諸島(尖閣諸島)・八重山列島・宮古列島は、中国人民解放軍の手中に収まる。


 あとは沖縄本島から飛来する自衛隊機と、増援として派遣されるであろう護衛艦隊を撃退しつつ、釣魚諸島(尖閣諸島)・八重山列島・宮古列島に、地対艦誘導弾や地対空誘導弾、地対空自走砲、重武装の地上部隊を運び込めばいい。


 自衛隊は射程が長い空対地誘導弾や、水上艦艇から発射可能な巡航ミサイルを保有していないため、宮古島や石垣島に人民解放軍の地対艦・地対空ミサイル部隊が展開してしまえば、自衛隊は遠距離からこれを破壊することは難しい。


 つまり護衛艦や自衛隊機は、人民解放軍の地対艦・地対空誘導弾の射程内で戦うことを強いられるので、苦戦することは必至である。


 その後は、中華人民共和国は一歩も譲歩しないという姿勢を見せながら、現状維持を受け容れないのならば本州の自衛隊関連施設を東風21号で攻撃するぞ、と日本政府に揺さぶりをかければいい。


 そうすれば、日本政府と日本国民は容易に屈するであろう。


「おそらくですが」


 中でも慎重な部下が、予想されうる日本政府の防衛増強プランを口にした。


「日本国防衛省は石垣島駐屯地の開庁と地対艦・地対空誘導弾の配置を急ぐと思います。与那国島は“我が国に対する配慮”から増強はないでしょう。あったとしても地対艦・地対空誘導弾の配備が間に合うとは思えません」


「配慮してくれて本当にありがたいよ」


「現時点でミサイル部隊が配置されている宮古島駐屯地の弾薬庫は完成していますから、今後より多くの弾薬が配備されると思われます。また沖縄本島の那覇基地に空対艦攻撃を得意とするF-2戦闘機、あるいは誘導爆弾、空対艦誘導弾といった武器弾薬が演習名目で運び込まれる可能性があります。同じく演習の名目で、海上自衛隊は今後おそらく南西諸島周辺海域に、1個護衛隊(定数・護衛艦4隻)あるいは1個護衛隊群(2個護衛隊)を張りつけるかもしれません」


「じゃ、それを妨害しよう」


 メシを食いに行こう、くらいの調子で曹健は言った。


 はい、とうなずく部下一同。


 やりようはいくらでもある。


 宮古島駐屯地の弾薬量の増勢や、石垣島駐屯地の開庁と装備品の輸送に関しては、“本土の人間がH5pdm19を持ち込もうとしている”、“今度やってくるミサイルは700㎏以上あるから、爆発したら大変なことになる”と反自衛隊派の人間に吹聴してやればいい。


(まあ別に妨害が失敗してもいい)


 曹健からすれば、むしろ開戦時に自衛隊の戦力が、南西諸島に集中してくれていた方が助かると考えていた。


 自衛隊は先制攻撃を行うことが出来ないから、人民解放軍の第一撃は妨害されることはない。


 海・空軍の奇襲で沖縄本島を除く陸海空自衛隊の全部隊を無力化することも、決して不可能な話ではないだろう、と曹健は捕らぬ狸の皮算用をしていた。

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