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■54.大陽動、そして戦争終結への一撃!(中)

「なんなんだよ――」


 防衛省関係者から報告を受ける古川首相は苛立ち半分、安堵半分の呟きを洩らした。他の閣僚らも同様である。赤河財務相は不機嫌を隠そうともせず、「勝ち馬に乗ろうとしてきやがったかよ」と忌々しにぼやいた。

 米第7艦隊航空母艦『ロナルド・レーガン』を中核とする第5空母打撃群が、グアムを発して北上を開始したことを、日本政府は複数の消息筋から知った。米第7艦隊だけではない。グアムのアンダーセン空軍基地には複数機のB-1B爆撃機が展開、加えて嘉手納基地にF-22A戦闘機から成る1個中隊が飛来した。また1個遠征航空団が極東に派遣される、という未確認情報もあった。

 これまでの非介入・消極的姿勢はどこへやら。

 明日にでも南西諸島の中国人民解放軍と殴り合い始めてもおかしくない格好だ。


「真意がわからない」

米軍ウチが圧力かけるから早く講和せよ、ということでしょうか」


 紺野防衛相はそう捉えていた。

 ここで動くことでふたつのメリットがある……と米国政府は考えているのだろう。

 ひとつは日中戦争によって経済的打撃を受けている東アジア諸国に恩を売れる。

 もうひとつは同盟国に対して「米軍は絶対に同盟国を見棄てない」というメッセージを発する材料になる、というところだ。この後、米国政府はいけしゃあしゃあと「極東の平和と安定のために本格的な行動を起こす準備を整えた」と言ってのけることだろう。

 ……日本政府側からすれば、臓腑が煮えくり返る話である。

 在日米軍の縮小がなければ、中国人民解放軍は南西諸島侵攻に動かなかっただろう。

 緒戦にしても本州には(おそらく北朝鮮に対する備えとして残置されていた)米第5空軍第35戦闘航空団や第18航空団、米海軍第15駆逐隊が存在していた。彼らが南西諸島の戦闘に介入してくれれば、航空優勢は保たれていたはずだ。さすがに南西諸島の端にあたる与那国島が守りきれるかは怪しいが、石垣島から宮古島にかけての離島が奪われることはなかった


畜生ちくしょう……」


 赤河財務相は悪態をついたが、どうにもならない。

 日本政府はこの米軍の行動を奇貨として、中国共産党政府と講和するほかないだろう。

 閣僚全員が溜息をつく中、紺野防衛相は腕組みをして虚空を見つめた。


「やっぱり強いやつに従わなきゃいけないのが、人類の普遍的なルールなんですね」


◇◆◇


胖虎ジャイアンがよ……」


「時間切れですな」


 一方、中華人民共和国北京市『中南海』某所に集う金洪文の一味もまた、米軍の動きを掴んでいた。

 ありうるかもしれないと予期していた、そして最も恐れていた“デウス・エクス・マキナ”の登場。取りうる選択肢はふたつ。米軍との正面戦闘も覚悟の上で戦争を継続するか。あるいは一時停戦し、日本政府から有利な条件を引き出すように努めるか、である。


「休戦協定に向けた協議を開始するべきです」


 状況を時間切れ、と評した劉勇国防部部長は休戦を提案した。

 在日アメリカ軍基地に対する攻撃を控えてきた故の苦戦とはいえ、中国人民解放軍は日本国自衛隊を破ることが出来ていない。ここで無傷のアメリカ空軍・海軍が戦闘加入すれば、戦局は傾く。転覆するといってもいい。

 国家安全部部長の曹健もまた同様の判断であった。

 部下から上がってきたレポートには、『ロナルド・レーガン』とは別にもう1隻、ニミッツ級航空母艦が極東に向かっている旨が記載されていた。アメリカ空軍地球規模攻撃軍団にも動きがあるらしい。大量破壊兵器の撃ち合いという最悪の事態にも備えていることは明らかで、ずっと検討してきた核兵器使用による恫喝は無理そうであった。


「これまで通りに、アメリカ軍を無視して戦争を続けることは可能じゃないか?」


 ソファーに身を沈み込ませたまま金洪文国家主席は左右にそう尋ねたが、直立不動の劉勇国防部部長はかぶりを振った。


「こちらの攻撃を邪魔する位置取りに展開したり、人道支援を名目に沖縄本島や宮古島に物資を海上輸送したりするくらいのことはやるでしょう。航行の自由を主張して東シナ海を横断――事実上の哨戒活動を行い、情報を自衛隊に伝えることも出来ます。不利な状況におかれることは間違いありません」


 劉勇の言葉に、馬樹南外交部部長も「潮時だ」と頷いた。


「だが悪いことばかりじゃないさ。これで俺たちも戦争を止める口実が出来た。俺たちの主張は正当で、もう少しで自衛隊をやっつけられるはずだったが、憎い餓狼の米帝がしゃしゃり出てきたせいで、おじゃんになった。そういうことにすれば面子は立つ」


 金洪文国家主席は落胆した様子で頷くと、煙草『猫熊』を咥えて火を点けた。

 紫煙を一度吐く。煙は虚空を漂って、瞬く間に消えていった。


「一瞬の夢だったな。長期戦になれば我々は日本政府を屈服させられただろう。結局、アメリカにはまだ勝てない――我々はアメリカに負けた」


 そうこぼす金洪文国家主席に、「いや」と馬樹南外交部部長は口を挟んだ。

 思わず一同は彼の横顔を見つめる。そこには笑みがあった。

 あまりにも場違いな、出来の悪い生徒を見つめる教諭のような微笑。


「俺たちは他でもないあの小指ほどの島国に負けた。アメリカに、じゃない。奴らはよくやった。正直言って、俺は大量破壊兵器使用のカードをちらつかせれば彼らが容易に折れてあの島嶼一帯を差し出すと思っていた。あまりにも舐めすぎていた」


 買いかぶりすぎではないか、と金洪文国家主席が咎めるような目線をると、馬樹南外交部部長は口の端を歪めた。


「確かに。だが長期戦なら、我々の方が未だに有利だ。いまの日本政府が、日本国民が強くとも、20年後、30年後の彼らがそうであるとは限らない。勇退後が楽しみだよ」

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