■50.宮古島、決着!
太陽が西の水平線へ沈んでいく。
橙の残光が、畑地にぶちまけられた鋼鉄の残骸を赤く照らし出していた。10式120mm戦車砲に射貫された05式水陸両用歩兵戦闘車のそれである。
水陸機動団戦闘上陸大隊の側面を叩こうと打って出た彼らは、突如として現れた10式戦車の1個小隊によってほぼ無抵抗のまま粉砕された。05式水陸両用歩兵戦闘車は対戦車ミサイルを2発装備可能だが補給が追いついておらず、30mm機関砲で反撃を試みるほかなかった。そもそも彼らからすると、陸自主力戦車が現れること自体が想定外。敵戦闘車輌はAAV7や16式機動戦闘車がせいぜいであり、それならば30mm機関砲でも撃退が可能なはずであった。
歩兵戦闘車が主力戦車に殴りかかって勝てるはずもなし。
05式水陸両用歩兵戦闘車が瞬く間に撃破された後、AAV7と水陸機動団の隊員たちが反撃に転じ、この機械化歩兵部隊は50名以上の死傷者を出して引き下がらざるをえなかった。
夜を迎えるとともに、水陸機動団戦闘上陸大隊や後続の陸上自衛隊中央即応連隊は敵が敷設した障害物を警戒し、前進を停止した。
しかしながら、攻撃の手を緩めるわけではない。航空自衛隊の戦闘機部隊が夜通し、敵陣地に対して航空攻撃を仕掛けた。昼間の戦闘で配置が掴めた敵陣地へ、500ポンドから2000ポンド航空爆弾を投下していく。直接的な被害もさることながら、守勢の士卒に与える精神的な打撃は大きい。
「空軍機はどこにいる……」
頼みの綱となる中国人民解放軍空軍機は、現れる気配を見せなかった。
自然、占領部隊は一方的に殴られる形となる。白昼の戦闘を潜り抜けた99A式戦車も、このときAH-64Dの攻撃を受けて撃破されてしまった。
◇◆◇
古川首相以下、日本政府関係者が宮古島占領部隊の降伏という吉報を受け取ったのは、翌日の夕刻であった。航空自衛隊の航空攻撃と宮古島東部への艦砲射撃により、中国人民解放軍の将兵の士気は阻喪。前線司令部の政治委員数名が戦傷を負ったことも相まって、早々に降伏を決めたようであった。
古川首相は即座に記者会見を開くことを決めた。原稿は事前に用意されていたから問題はない。だがしかし、古川首相は勿論のこと閣僚たちの表情が緩むことはなかった。
(大量破壊兵器を、使うのではないか――?)
関係省庁の官僚たちからすると、すでに戦争は“終わらせ方”を考える時期にさしかかっているらしい。
だが終わらせることは出来るのか、という疑念が彼らの間にはあった。与那国島まで奪還に成功したとしても、中国共産党首脳陣が敗北を認めるとは限らない。長期戦・消耗戦に引きずりこみ、こちらが根を上げるのを待つのではないか、という疑念があった。
講和への道をつけるのは政治であり、他方の陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧は宮古島の防衛態勢強化に着手した。
同島に上陸した第一陣は、陸上自衛隊北部方面隊第3地対艦ミサイル連隊である。この第3地対艦ミサイル連隊が備える88式地対艦誘導弾は陳腐化しているものの、その射程は150㎞を超えている。F-35AやP-1をはじめとする航空機が敵目標を捕捉さえすれば、石垣島・尖閣諸島付近の水上艦艇をも攻撃可能だ。
それに加えて陸上自衛隊中部方面隊から抽出された03式中距離地対空誘導弾を有する1個高射中隊が、宮古島に配されることになっている。
(緒戦こそ不覚をとったが……)
再度の敗北はない、とJTF-梯梧の幕僚らは気を引き締めていた。敵の航空部隊の反撃に備えて宮古島に陣地を構え、万全の態勢を整える。
中国人民解放軍の占領部隊から引き継いだ市民の収容施設は、そのまま避難所として活用することに決めた。宮古島の市民にはしばらく堪えてもらうことになるが、防衛戦のためにはやむをえない処置である。捕虜となった中国人民解放軍将兵は、速やかにフェリーによって九州に移送されることになっていた。
さて。陸海空自衛隊が宮古島を手にしたことで、今度は立場が入れ替わった。
自衛隊側は宮古島の部隊は勿論こと、島民のために補給路を維持しなければならず、対する中国人民解放軍は好きなタイミングでこれを自由に攻撃することが出来る。特に宮古島の防衛態勢の再構築、持久に必要なだけの物資の揚陸が行われている現在は千載一遇のチャンスだといえよう。
ここが点数の稼ぎどき、とばかりに中国人民解放軍空軍は攻撃隊を組織した。
まず標的としたのは重要港湾である平良港であった。不動目標ゆえに攻撃は容易いと考えたのである。空対地ミサイルを装備した殲轟7型攻撃機に、護衛となる殲撃11型をつけて送り出した。
深夜の空を往く彼らの編隊は宮古島北西約200kmの空域に進出し、高空から約20発の空対地ミサイルを発射し、すぐさま踵を返した。
対する航空自衛隊側は即座に敵の攻撃を察知したものの、要撃が間に合わない。過半数は通報を受けた海上自衛隊第2護衛隊群が撃墜したが、3発が生残。後に1発が流れ弾となって沖縄電力の営業所に命中、残る2発が最北の埠頭を直撃した。
「海上自衛隊のイージス艦がやはり張りついているな」
航空攻撃が1度で終わるはずがない。海上自衛隊第2護衛隊群の護衛艦『あしがら』『きりしま』のレーダー波をキャッチした人民解放軍空軍は、今度は第2次攻撃隊として殲轟7型に空対艦ミサイルを装備させ、護衛機とともに出撃させた。
が、これは空中哨戒に移っていた空自戦闘機部隊の迎撃に遭い、攻撃機の約半数が撃墜されるという散々な結果に終わってしまった。
以降、日中双方は宮古島周辺で激しい空海戦を繰り広げることになる。




