■49.攻めあぐね、守りあぐね。
着上陸に成功した陸上自衛隊の宮古島奪還部隊は、宮古島中央部への前進を開始した。目標は宮古空港と、その北東にある平良港。敵占領軍が島民を人間の盾として市街地に立て篭もって地上戦が長引き、結果として全島解放が遅れたとしても、この2つの重要施設さえ奪い返すことが出来れば、作戦は成功だといえた。
特に平良港は施設が整っていてさんご礁にも邪魔されない、重装備や補給物資の揚陸を効率よく行える港湾である。地上戦が長期化した場合、補給を考えると喉から手が出るほど欲しいところであったし、また陸海空自衛隊は宮古島を後の島嶼奪還の足掛かりとする腹積もりであったから、可能な限り迅速な奪回を目指した。
自衛隊側の先陣は、水陸機動団戦闘上陸大隊のAAV7である。
この装軌車輌は敵が障害物を設置していることが予想される国道・県道を避け、畑地を踏み潰し、轍を残しながら勇敢に前進した。
AAV7の装甲は主力戦車に比較すれば薄く、対戦車火器による攻撃には耐えられないが、反撃を試みる中国側の歩兵からすれば悪夢のようなものだ。AAV7の装甲は機関銃弾を弾き返す上、銃塔には40mm擲弾銃。1発で半径数mの範囲を殺傷する重火器だ。隠れていても辺り一面を制圧射撃されてしまえば、あとは粉々になった死体しか残らない。
初めこそ人民解放軍兵士は携行火器でAAV7や、その背後を往く隊員に向けて執拗な攻撃を繰り返した。が、AAV7が12.7mm重機関銃や40mm擲弾銃で反撃すると、すぐさま火勢は衰え、以降は銃撃も散発的なものとなった。
敵の士気は高くない、と水陸機動団戦闘上陸大隊の幹部は感じ取った。それはそうであろう。上級司令部からの命令で戦っているのは同じでも、片や国土の奪還のため、片や地名も知らない島嶼の占領のため。上陸部隊を前に士気が上がらないのも当然である。
むしろ戦闘上陸大隊や他の陸上自衛隊の幹部らは、頭上に注意力を割いていた。
「ドローンを遠目でも見かけたら、すぐ周囲に知らせろよ」
実際、宮古島中央部へ向かう陸上自衛隊水陸機動団を悩ませたのは、中国人民解放軍の安価な監視ドローンと迫撃砲であった。
彼らは手投げでも発進させられる上、静粛性が高い小型監視用ドローンを多数持ち込んでいた。これで自衛隊の部隊を捜索、捕捉して重迫撃砲による攻撃を仕掛けてくるのである。照準や修正射撃は不正確であり、例えばAAV7を撃破するほどの精度は得られていなかったが、それでも死傷者は避けられなかった。
ただ自衛隊側もやられっぱなしではない。最前線でのドローンによる情報収集は勿論、こちらは航空優勢・海上優勢を握っている。即座に人民解放軍の反撃を遥かに上回る火力が投射され、所在が露見した防御陣地や部隊をずたずたに引き裂いていった。F-2Aから成る亜音速の攻撃隊は高度約8000m、宮古島から東方に十数km離れた空域で500ポンドの誘導爆弾を次々と切り離し、敵守備隊を猛爆した。
天地が震え、遠目に幾本もの黒煙が上がる。
西進する自衛隊員たちは、宮古島中央部でついに激しい抵抗に遭った。
「空自さんの分屯基地だな、こりゃ――!」
宮古空港の南西には航空自衛隊宮古島分屯基地がある。中国人民解放軍は丘陵と一体の堅牢なこの基地を中心に、展望台等もある南側の城址公園、北側の工場に部隊を配置していた。そしてこの南北に連なる防御スクリーンの東方には雑木林が広がっており、そこに置かれた中国側の警戒陣地に、先鋒の陸上自衛隊水陸機動団は引っかかったのである。
対戦車ミサイルの一撃を側面に受けたAAV7が煙を噴きながら横転し燃え始めるとともに、激しい射撃が隊員らを襲った。宮古島分屯基地周辺に設けられた迫撃砲陣地が射撃を開始するとともに、水陸機動団戦闘上陸大隊は後退し始めた。最先鋒を務めていたAAV7が殿となる。40mmグレネード弾を連射して追撃に移ろうとする敵を牽制し、彼らは粛々と東へ逃れた。
「無理をして突破する必要はないさ」
戦闘上陸大隊の幹部の言は、決して負け惜しみではない。
むしろ後退したものの、一種の成功を収めたと言ってもよかった。威力偵察のようなものだ。一帯に敵が警戒陣地を築いていることが分かったのだから、あとは迂回するなり、航空攻撃を突き崩すなりすればいい。
その一方で水陸機動団戦闘上陸大隊を退けたことに自信をもった中国側は、周辺の森林や市街地に隠していた歩兵戦闘車と主力戦車から成る機械化部隊を繰り出した。
「警戒陣地の合間をすり抜け、敵の機械化部隊に真正面から99A式戦車が襲いかかる。敵は当然抵抗するだろうが、99A式戦車ならば自衛隊の水陸両用車輛が備える重機関銃とグレネードランチャーなど容易に弾き返すだろう。同時に南側を迂回した歩兵戦闘車が側面を衝く。敵の退路は迫撃砲で切断する」
中国側の前線指揮官は二方向から戦闘上陸大隊を打撃するべく、機械化部隊を機動させた。自衛隊機の航空攻撃が怖くないと言えば嘘であったが、わずか1、2kmほどの話である。襲撃も短時間で済ませ、打撃した後はすぐに撤収させるつもりであった。
爆発反応装甲を纏う99A式戦車はガードレールを潰し、雑木林を抜けて一挙に拓けた畑地へ出た。
と、次の瞬間。
「ッ!」
最先頭の99A式戦車を操っていた戦車兵らは大音響に襲われ、前後へ突き抜ける凄まじい衝撃に揺さぶられた。
「やられたァ! 畜生ォ――」
「馬鹿野郎ッ! まだだ!」
悲鳴を上げた操縦手を車長が怒鳴りつける。
実際、99A式戦車の砲塔正面装甲は、突如として飛来した敵弾を弾き返していた。運動エネルギー弾にも対応する爆発反応装甲は滅茶苦茶に破壊されて粉砕されたが、砲塔の複合装甲自体は敵弾の馬鹿げた運動エネルギーを辛うじて受け止めきった。韓国製K2戦車が備える120mm戦車砲を想定した複合装甲は、容易く破られるわけがない。
「敵戦車か? ミサイルか?」
「敵戦車、1時方向!」
砲手が気づくとともに1000m以上離れた倉庫の影からAPFSDS弾が放たれた。超高速で畑地を飛び越えた砲弾は車体左正面に直撃、履帯を切断して転輪を破壊した。擱座である。
「煙幕展張!」
咄嗟の判断を下した車長は、0.5秒後に絶命していた。別方向から発射された10式徹甲弾が砲塔正面装甲をぶち破り、砲塔内部を鋼鉄の破片で荒らし回ったためである。彼は一瞬で肉片となったため、苦しむ暇さえなかったことだろう。
99A式戦車を射抜いたのは、LCACの往復によって揚陸された陸上自衛隊西部方面戦車隊の10式戦車であった。
「次は――」
いま後退した戦闘上陸大隊に合流したのは、1個小隊4輌の10式戦車に過ぎない。
対して中国側がこの戦場に投入した99A式戦車もまた6輌――残るは5輌であった。
「徹甲、2班集中ッ」
雑木林から現れた新たな99A式戦車目掛け、3号車・4号車の10式戦車が連携して射撃した。両弾ともに初弾命中。が、撃破したかはわからない。
「自衛隊も主力戦車を持ち込んでいたか!」
一方、無傷の99A式戦車は全車、即座に10式戦車の位置情報を共有した。
99A式戦車も10式戦車も優れた情報共有技術を有している。味方の1輌が入手した情報は他の全車輌に伝達される。故に集中射撃や迂回して側面から射撃するといった集団戦闘が容易になっているのだった。
「発射!」
木々の合間から99A式戦車が撃った。
最も近い10式戦車目掛け、2発の徹甲弾が超音速で迫る。
標的となった10式戦車は発砲の2、3秒前から急発進で走り出していたが、99A式戦車の砲口はぴたりとその影を捉えていた。1発の徹甲弾は10式戦車の手前に着弾し、一部が跳弾して車体に激突。そしてもう1発の徹甲弾は、10式戦車の砲塔に直撃した。
「ぐっ」と機甲科隊員らが呻き声をもらした。
鋼鉄と鋼鉄が激突する大音響、そして意識が奪われそうになる衝撃。
「撃破したか?」
「いや、増加装甲をやっただけです」
徹甲弾の直撃を受けた10式戦車だが、先程の99A式戦車同様に耐えた。外装式の増加装甲が拉げ、入射孔が空いたものの、砲塔そのものが抜かれることはなかった。畑地を疾駆する10式戦車は外見の他には特に問題なく、行進間射撃を開始する。
99A式戦車もまた雑木林を抜けるとともに、行進間射撃に移行した。
「走り回っている自衛隊の戦車は1輌だけか」
「あいつがターゲッティング役だ。他の車輌はどっかに退いたのかも」
陸上自衛隊西部方面戦車隊が採ったのは1輌を目標捕捉役として残し、データリンクで目標の位置を受け取った残りの3輌が狙撃するという戦法であった。対して特に考えもなく、99A式戦車は全車が拓けた畑地に姿を現している。
「駄目だ、一旦退く!」
1輌の99A式戦車が車体側面を射抜かれ、発火したところでようやく中国側は己の不利を悟り、警戒陣地の内側へ引き下がった。
が、こうなると困るのは側面への攻撃に廻った機械化歩兵である。
彼らは水陸機動団戦闘上陸大隊に襲いかかったが、99A式戦車隊を撃退した10式戦車4輌に返す刀で反撃され、敗退の憂き目に遭った。




