■46.敗北の臭いを嗅ぎ取って、
中国人民解放軍海軍は対艦ミサイルを装備した重爆撃機や攻撃機、哨戒機を繰り出して海上自衛隊第4護衛隊群を排除しようと躍起になったが、彼らの攻撃はF-15J戦闘機の要撃を受けてことごとく退けられるか、護衛艦『ちょうかい』のSM-2による迎撃で防がれた。敵の熾烈な航空攻撃があることは予測済み。『ちょうかい』のVLSから潜水艦を狩るためのアスロックを降ろし、その代わりにSM-2を増強する措置を採ったことが吉と出た。
一方、中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部では、陸海空自衛隊による反攻作戦が近いとして高級参謀らと中央軍事委員会関係者が議論を重ねていた。
「海上自衛隊が有力なる水上艦隊を繰り出してきた以上、まず宮古島を奪りに来ることは必定」
質素な長机が並ぶ議場にて、陸軍関係者は居並ぶ五軍幹部と中央軍事委員会の政治委員らに向けて訴えた。
「我々陸軍は死力を尽くして戦うが、現時点ですでに海上輸送・航空輸送ともに切断されており、宮古島に増援を送ることはかなわない。敵艦隊の洋上撃滅がかなわなければ、宮古島の部隊は孤立無援で戦闘に臨まなければならない。刺し違える覚悟を要する厳しい戦いになるでしょう。海軍、空軍に対しては、積極的な打撃戦をお願いしたい」
陸軍関係者は現時点で配備されている守備部隊では、陸上自衛隊の強襲上陸を追い落とすことは不可能だと考えていた。
結局、潜水艦の襲撃と航空攻撃のために対空ミサイルシステムや地対艦ミサイルシステムの揚陸は実現しなかった。補給も絶たれており、食料難に襲われることはないが、宮古島に投入した99A式戦車や歩兵戦闘車の部品や燃料、西表島に上陸した砲兵部隊の弾薬、また島嶼部に上陸した車輛の燃料が心許ない。
また緒戦とは正反対、航空優勢と海上優勢に欠く状況。護衛艦の艦砲射撃や自衛隊機の航空攻撃を耐え忍びながらの抗戦を、守備部隊は強いられるであろう。
(考え難いことだが……)
陸海空自衛隊には宮古島や石垣島といった島嶼を無視し、輸送路を断ち切ったまま放置するという選択肢もある。そうなれば、陸軍部隊は文字通り飢えに苦しむことになるだろう。勿論、これは未だ残る島民も見棄てる結果になるし、戦争の長期化を招くため、早々採れる選択肢ではないが。
とにかく陸軍関係者には、前線部隊に危機が迫っているという強い焦燥があった。
ところがしかし、防戦の鍵を握る海軍・空軍関係者のスタンスはちぐはぐである。
「海軍はこれまで陸軍に協力し、敵潜水艦と敵航空機を退けながら、過酷な海上輸送を実施してきた。その陸軍部隊を乗せた輸送船と、陸軍部隊向けの補給物資の護衛作戦のために、前線の水上艦艇は払底している。ここに追加で打撃部隊を組織することは、物理的に困難である。そもそも陸軍には、最前線を地上戦にて支えるという義務がある。その義務を遂行していただきたい」
「空軍は東シナ海全域と、与那国島から宮古島に至る島嶼――戦域全体の航空作戦を遂行しております。水上艦艇に対する攻撃は海軍航空隊の任務であり、また最前線の防空を担当するのは陸軍の地対空ミサイルシステムであると、そう認識している次第であります。現在、空軍は沖縄島を発する敵戦闘機部隊に対して善戦しており、戦果はお手元の資料に――」
(こっ、こいつら)
陸軍関係者は唖然とした。
要は海軍も空軍も、占領地の防衛には責任を持たないと言い出しているのであった。海軍は「海上輸送に貴重な艦艇を割いたのだから、陸軍は陸戦で自衛隊の強襲上陸を追い落とせ」、空軍は「戦略・戦域規模の防空はやるが、野戦防空は陸軍の担当だろう」と、防戦における責任を回避しようとしている。
「海軍も空軍も、敢闘精神に欠けている。敗北主義的ではないかな」
陸軍に同情的な中央軍事委員会の政治委員が声を上げたが、海軍・空軍関係者ともに言い訳を並べ、口約束さえしようとはしなかった。
(勝っている内はいい……)
と、陸軍の高級参謀らは思わざるをえない。
(だが敗北の臭いを嗅ぎ取るや否や、この有様だ。責任のなすりつけ合い。島嶼防衛、その責を、直接戦う我々陸軍に転嫁しようとしている)
陸軍側からひとりの参謀が焦れて、立ち上がった。
「この危急の秋に責任の押し付け合いをしている場合ではありません! 陸軍・空軍・海軍・ロケット軍・戦略支援軍、この五軍が総力を挙げて挑まなければ、日本国の極右反動勢力の尖兵たる自衛隊を破ることはかないません! しかし、敵も総力を挙げて強襲上陸を仕掛けてくるはず。これの撃退することに成功すれば、彼らはもう第2、第3の上陸作戦をやる戦力はない。これは窮地でもありますが、転ずれば好機でもあるのですよ!」
そうだ、と勇気づけられた何名かの陸軍関係者が声を上げた。
もともと自衛隊側は寡兵なのだ。ドック型輸送艦のおおすみ型輸送艦も3隻しかないし、エアクッション型揚陸艇(所謂、LCAC)も6隻と最低限の数しか配備されていない。ヘリボーンを支援する艦艇としては他にもひゅうが型護衛艦が挙げられるが、これも2隻に過ぎない。これさえやっつけてしまえば、彼らも反攻作戦を諦めざるをえない。
「しかし陸軍の姿勢にも問題があるだろう」
ところが、先程とは別の政治委員が声を上げた。
海軍上将(大将)も兼任しているこの男は、海軍の肩を持ったのである。
「開戦以来、海軍、空軍は熾烈な攻防戦を繰り広げてきた。海軍だけでも前線に立った多くの政治委員が壮烈な戦死を遂げている。だがしかし、陸軍は――」
「陸軍は遊んでいたとでも仰るつもりですかっ!? 陸軍両棲部隊は敵の反撃を退けながら、複数の攻略戦を制しました!」
「そこまでは言うつもりはないがね。しかし海軍、空軍も苦しいのだ。そこで陸軍が“責任の押し付け合い”と言い出す。それこそ陸軍の責任転嫁ではないのかね。陸軍こそ敵を追い落とすという責務を回避しようとしているようにみえるが……」
海軍上将兼政治委員の男は口の端を歪め、せせら笑った。それを以て、陸軍関係者は悟った。ここは議論の場ではない。守備を固める陸軍をスケープゴートとする儀式の場。そして哀れな生贄には、儀式を止める権能はない。
この瞬間、南西諸島を巡る攻防戦は決したと言っても過言ではないであろう。




