■44.迎える、限界。
航空母艦『山東』の被撃破から数日後、中国人民解放軍の動きは明らかに精彩を欠くようになっていた。理由は至極単純。中国人民解放軍海軍の前線将兵と艦艇に乗ってそれを督戦する中国共産党の政治委員の間で、サボタージュが蔓延し始めたせいである。
前述の通り、中国共産党政府は航空母艦『山東』にかかわる情報を管制したが、直接の関係者である海軍将兵に隠し通せるはずがなかった。士気の低下は著しい。そして彼らは根源的な恐怖を覚えるようになった。つまり、それは、海に出れば死ぬ可能性が高い、という自己保存に関する恐怖である。
「『山東』さえ黄海でやられた。もう中国近海でさえ安全じゃない」
実際、海自潜水艦は戦果を挙げ続けていた。
通常動力潜水艦は鈍足だから艦隊を追跡することは出来ないし、充電池の消費など制約も多い。が、中国人民解放軍海軍の水上艦艇は、必ず占領した島嶼への増強や補給のために現れる。そこに張りこめばいい。逆に言えば、中国人民解放軍海軍は与那国島から宮古島に至る占領地に縛られてしまっている。『山東』の被撃破以降、海軍は無理をしてでも対潜哨戒機による監視を強化したが、それでも小はコルベット、大は駆逐艦に至るまで数隻を失った。加えてその対潜哨戒機も、F-35Aの散発的な攻撃によって妨害を受けたり、撃墜されたりしている。
……生命が脅かされる恐怖に耐えられる人間は、そう多くない。
故に突如として出撃を控えた水上艦艇や潜水艦の故障が頻発する。少なくとも、“故障が発生したのだ”と報告が上がる。すると、南西諸島へ向かう輸送船の護衛役や、哨戒にあたる警戒役に穴が空く。中国人民解放軍海軍とてその艦艇数は有限であり、点検・修理や休養、出撃のシフトはカツカツだ。であるから、そのまま輸送船を出港させたり、哨戒に穴を空けたりしたままにせざるをえない。そして海自潜水艦がその隙を見逃すわけがなかった。そうなるとまた、損害が出る。損害が出るから士気が下がる――という悪循環が始まろうとしていた。
勿論、政治委員を通して部隊の統制を図る中央軍事委員会政治工作部はこの事態に気づき、消極的な出撃拒否の防止に努めている。ところがしかし、それはあくまで対症療法だ。戦術的敗北が続いているという原因を取り除かなければ、どうしようもない。
他方、日本国自衛隊の側は『山東』撃破以降、一貫して戦闘を優位に進めていた。
F-35Aと潜水艦という優秀な空中・海中ステルス兵器で、敵を突き回す。また被爆した本州、九州地方の自衛隊基地は一部を除いて復旧。さらに中国人民解放軍海軍のサボタージュと、同軍空軍の消耗をみて、これまで温存してきた海上自衛隊護衛艦隊を南西諸島方面へ投入することを決定した。
「これで宮古島と以西の奪還作戦への道筋は立った」
陸上自衛隊西部方面総監、湯河原一翔陸将は膝を打った。
南西諸島方面の航空優勢は徐々に日本側に傾きつつあり、敵海軍の動きは鈍っている。戦闘機部隊に比較すると鈍重であり、海面に浮いているが故に遠方から捕捉されてしまう護衛艦と輸送艦を投入し、島嶼奪還を図るなら確かにいまが好機であった。
実際、JTF-梯梧司令部では早期奪還を目的とした作戦計画が練られている。
(なかなか難しいじゃないか)
が、陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊司令官の原俊輔空将以下、JTF-梯梧司令部の幕僚らは頭を悩ませていた。まず宮古島のみの奪還を図るべきか。それとも与那国島までの島嶼を一時きに奪還するようにするべきか。そもそも現有の戦力でそれは可能なのか。
慎重にならざるをえない。
いずれにしても陸海空自衛隊の部隊を掻き集めての総反撃になるであろう。その総反撃が逆襲によって失敗に終わったら? そのとき自衛隊に第2、第3の矢が残っているとは限らない。
「いずれにしてもまず沖縄本島・宮古島間の掃海が必要だ」
まずは試金石として、JTF-梯梧司令部は宮古島周辺の掃海に着手することとした。掃海母艦『ぶんご』と掃海艇『みやじま』はすでに在日米軍海軍基地のホワイト・ビーチ(沖縄県うるま市)に到着しており、第4護衛隊群と合流後に掃海にあたることになっている。ある意味では威力偵察だ。中国人民解放軍のアクションを引き出し、カウンターを食らわせてやろうという意図もある。
「敵掃海艦、沖縄本島を発す――」
こんごう型護衛艦『ちょうかい』をはじめとする6隻の護衛艦と掃海隊の西進を、中国人民解放軍は即座に察知した。
この報に触れて中国人民解放軍海軍の参謀らは闘志を燃やした。航空母艦『山東』の復讐戦だ。すでに宮古島東方海域には敵の接近を拒絶するために、機雷が敷設されているから、掃海作業のために海上自衛隊の艦艇は足を止めるであろう。そこを叩く。
編成された攻撃隊は、Su-30MK2戦闘攻撃機の全稼働機である12機だ。翼下には超音速空対艦ミサイルであるKh-31を装備し、パイロットらは敵艦隊の洋上撃滅を誓った。加えて殲撃16型が護衛に就く。
早期警戒管制機が集めた情報や事前のヒューミントによると、敵艦隊はどうやら1個隊以上の護衛艦と、輸送艦あるいは掃海艦1隻以上を伴うということもわかった。
「護衛艦4隻でも仕留めれば、敵は海上機動運用部隊の12%を失う計算だ。チャンスを逃すな!」
政治委員からの檄を背に中天の太陽の下、復讐に燃える海軍機が出撃する。




