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■42.死地。

 大韓民国済州島近海にて充電を終えていた『こくりゅう』は、可能な限りの高速で水中を西進した。中国人民解放軍海軍の航母戦闘群よりも、通常動力潜水艦は鈍足である。会敵のチャンスは一度しかあるまい。

 加えて『こくりゅう』は黄海・東シナ海の水深の浅さに難儀した。

 済州島の西側でさえ水深は100m程度。そこから200kmも西へ進めば水深は約50m前後と極めて浅くなる。海の忍者とも称されるそうりゅう型潜水艦であるが、三次元機動が取り難いこの浅海せんかいでは厳しい戦いを強いられる。

 そのため航行に慎重を期した『こくりゅう』は、しばし敵艦のスクリュー音を捉えるには至らなかった。


「出遅れたか?」


『こくりゅう』の発令所には、落胆とも安堵ともつかぬ空気が満ち満ちた。


 他方、航空母艦『山東』を中核とする航母戦闘群は、大陸沿岸に近い航路を可能な限り選択して航行を続けていた。ただし攻撃を受ける可能性については、考えていない。前述の通り、彼らは韓国軍に監視されているであろうことは予測していたが、まさか海上自衛隊が攻撃のチャンスを窺っているとはつゆも思わなかった。


「おっ、我が軍の哨戒機だな」


 航母戦闘群の直上を、固定翼の哨戒機がけていく。

 それを見ていた052D型駆逐艦の見張りは、呑気なものであった。大海原のど真ん中とは異なり、地上に待機する対潜哨戒機や戦闘機からの援護を受けられる。敵からすれば圧倒的不利、まさか敵が仕掛けてくるとは夢想さえしていない。

 そこに、勝機がある。


「スクリュー音は093型です」

「よし……」


 東シナ海に潜む『せいりゅう』は、無数の音響わだかまる水中に093型攻撃原潜のスクリュー音、機械雑音を捉えた。この種の攻撃原潜は艦隊の脅威となる敵潜水艦を探知・駆逐するために、本隊の先を往く。

 このとき093型攻撃原潜は、南下する航母戦闘群の南東を潜航していた。

 と、言ってもまさか海自潜水艦がこの辺りまで進出しているとは思っていないから、変針して周囲の音を拾おうとする気遣いはない。むしろ先陣を務めるために高速力を発揮せざるをえず、肝心の対潜警戒が甘くなっていた。

 これでは本末転倒である。本末転倒どころか093型攻撃原潜が撒き散らす騒音により、友軍水上艦艇の聴音を妨害している節まであった。周辺の磁気を乱すことで、味方の哨戒機の邪魔さえしている。

 つまり中国人民解放軍海軍の航母戦闘群は、アメリカ海軍のそれを規範として整備されたものの、実際の運用・戦術をマスターするには至っていなかったのである。どこか、ちぐはぐであった。

 故に海底と同化していた『せいりゅう』は、目前を横切ろうという093型攻撃原潜を確実に捉えることが出来たし、敵の対潜哨戒に引っかかることもなかった。そして一瞬の騒音とともに、89式長魚雷を水中へ送り出す。


「水柱?」


 遠方の空を飛んでいた中国人民解放軍海軍哨戒機の見張りが、海面上に白いものを目撃したが、これが093型攻撃原潜の墓標であった。


「艦体破壊音ッ――093型攻撃原潜のスクリュー音、戻りません」


 最初に093型攻撃原潜が“消滅”したことに気づいたのは、必殺の横撃を受けて撃沈の憂き目に遭った原潜の最も近傍きんぼうに居合わせた駆逐艦であった。

 そこから航母戦闘群は、混乱をきたした。とあるフネは存在しない89式長魚雷をかわすために回避運動をとり、とあるフネは『せいりゅう』が潜む海域とは見当違いの方向に対潜ミサイルを投射する。

 この混沌カオスの後に結局、航母戦闘群は踵を返した。


「航母戦闘群は存在するだけでも戦略的価値がある」


 という言い訳の下、敵潜水艦が待ち伏せている海域を進むことなく、青島総合保障基地へ帰投することにしたのであった。危ない橋は渡らない。賢明な選択であろう。

 が、ここでは裏目に出た。


「覚悟決めろ」


 前述の『こくりゅう』の発令所に、沈黙を纏った殺意がみなぎる。

 6門ある魚雷発射管すべてに89式長魚雷が装填した状態で、近づいてくる大型艦のスクリュー音をただひたすらに待つ。周囲の随伴艦は無視だ。狙いはただ1隻、敵航空母艦のみ。であるからして、最初の斉射から間もなくして敵の反撃があるだろう――そしてそれを振り切れる可能性はおそらくあるまい。


「シュート」


 しかしながら、『こくりゅう』の乗組員ドルフィンたちは躊躇わなかった。

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