■41.航母戦闘群、進発す!
中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部は、宮古空港・下地島空港の被爆にも動じることはなかった。戦術的な敗北は続いているが、13日の陸上自衛隊宮古警備隊全滅を以て、予定されていた南西諸島の占領という戦略的目標はほぼ達成した。あとは航空自衛隊・海上自衛隊の反撃を退けながら、占領地の守りを堅固にしていくだけである。
だがしかし14日午前、中国共産党軍事委員会関係各所および中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部では議論が多少、紛糾した。
「人民解放軍海軍の航母戦闘群は何をしているか」
というのが、中国人民解放軍陸軍・空軍関係者の主張であった。
「南西諸島において航空自衛隊の反撃を許している理由は、大陸沿岸部に駐屯する戦闘機部隊の緊急発進や増援が、地理的要因から間に合わないからだ。だからこそレスポンスの早い航母戦闘群が必要になるわけだし、そのために巨費を投じてきたのではなかったのか。ここで航母戦闘群を南西諸島へ展開させない理由がない」
「沿岸部に配置した戦闘機部隊で、東シナ海一円に強力なエアカバーを提供できると請け負ったのは空軍ではないか。まさか予算確保のために、安易に言葉を弄したのではあるまいな」
「過去のことを掘り返してもどうにもならない。問題はいま、この瞬間も島嶼部の地上部隊と武警が脅威に晒されているという事実である。航母戦闘群による援護でこれが排除できるなら、ぜひそうして欲しい」
いま中国人民解放軍海軍の航空母艦『山東』は、直援の駆逐艦とともに北海艦隊・青島総合保障基地にいる。
中国人民解放軍海軍がこの『山東』の喪失を恐れていなかった、と言えば嘘になるだろう。東シナ海に出せば、確実に自衛隊機と海自潜水艦は執拗な攻撃を仕掛けてくることは間違いない。かつて中国人民解放軍の通常動力潜水艦がアメリカ海軍の航空母艦への肉薄に成功したように、そうりゅう型潜水艦もまた『山東』への襲撃を成功させるかもしれなかった。勿論、向こうは捨て身、刺し違えることを覚悟しなければならないが、中国側としてはたまったものではない。水中排水量でも4000トン弱に過ぎない小艦艇と、約7万トンの航空母艦の交換など考えたくもなかった。
であるから、中国人民解放軍海軍関係者は、航空母艦『山東』を中核とする航母戦闘群を青島総合保障基地に留め置くように運動した。表向きに唱えたのは、いわゆる艦隊保全主義だ。東シナ海の航空優勢は空軍が請け負うから航空母艦は不要。ならば『山東』は青島に待機させ、いつでも日本近海を攻撃できる態勢を整えておき、日本側にプレッシャーをかけようというのである。
だが、そうはなっていない。
(見送りもなく、寂しい出撃だな……)
結局、中国人民解放軍海軍関係者は折れた。
現実問題として敵の航空攻撃に中国空軍機は距離的制約もあって対応しきれておらず、水上艦艇や輸送艦がやられているのは事実である。
こうして10月14日午前9時、航母戦闘群は093型攻撃原潜を先頭に東シナ海へ繰り出すこととなった。
「ホワイトタイガー。こちらスカイレンジャー31。ネギは出荷された」
この動きはほぼリアルタイムで、陸海空自衛隊に伝わった。
航母戦闘群を捕捉したのは自衛隊機ではなく、韓国空軍のE-737早期警戒管制機である。この機は数百km先の航空・海上目標を捜索可能であり、韓国領空からでも青島総合保障基地を監視することが出来た。フリゲートのような小艦艇ならともかく、航空母艦のような大物を見逃すはずがない。
反共主義者である朴合同参謀本部議長は、即座にこの情報を日本国防衛省に提供するように指示を出した。韓国海軍の一部からは反発の声が上がったが、朴合同参謀本部議長はそれを制した。
「古川が言った通り、この戦争は日中戦争ではなく、自由主義と覇権主義の戦争だ。ならば中立はありえない。我々は常に滅共の松明を掲げ、自由主義の旗の下に立つと知れ。大韓民国国軍の直接参戦はかなわないが、自由主義を決死擁護するためであれば、日本国自衛隊に全面協力することを厭うな」
韓国政府の大部分も朴合同参謀本部議長の主張に、消極的に同意した。
主義主張はどうであれ、中国人民解放軍のシーパワーが減ぜられることは、巨大な陸軍勢力と対峙しつつも海戦に備えなければならない半島国家――そして輸出入を海上輸送に頼る事実上の海洋国家である韓国にとっては、喜ばしいことに他ならない。利害が一致しているのである。
当然ながら中国側は、航母戦闘群の動向を韓国軍に監視されていることくらいは理解していた。しかし一方で冷え込んでいる日韓関係からして、連携して事にあたってくるとまでは予想していなかった。
実際には韓国軍は国籍不明機――航空自衛隊の早期警戒機が済州島近辺まで出張ってきても、形ばかりの緊急発進を行うばかりで事実上これを黙認していたし、韓国領海近辺に海上自衛隊潜水艦隊第6潜水隊『こくりゅう』・『せいりゅう』が潜んでいても、気づかないふりをしていた(こちらに関しては、本当に気づいていなかったかもしれないが)。
「潜水艦隊司令部から」
「ついにきたか」
韓国領海付近にて潜望鏡深度で待機していた『こくりゅう』、『せいりゅう』は潜水艦隊司令部からの命令を受信し、黄海・東シナ海を渡り始めた。
無論、航母戦闘群を海底へ引きずりこむためである。